第22話 匠真 人の心というのは

 それはまるで、戦闘機から発射されたミサイルだ。


 暗黒の雲の間から姿を見せた光の剣。

 何かの意思を持っているかのように、どこかへと飛んでいく……それもとんでもない速さで!



「あの剣、九条を追っていったのでは!?」


 走りながら真白に尋ねる匠真。


「こっちにも降るかもしんないだろ!?いいから逃げんのよ!!」


「あ!剣って1本じゃないのか!?」



 またしても呑気にそんな感想を口にする。


 実はレベルが8に上がってからというもの、匠真は何故か自分が死なないといった万能感を抱いてしまっていた。

 いや、正確には死というイメージそのものを忘れ去っていた。


 しかしその直後――――。



 ――ズガァアアアアンッッ!!



 凄まじい轟音と共に、走る匠真と真白のちょうど真後ろにそれは降ってきた!!


 二人は衝撃で前に吹っ飛ばされる。

 

 走ってきた道を向き直るとそこには“剣”。

 光を放った剣が、地に突き刺さっている。



 地面から見えている部分だけでも2メートルはある巨大なその剣は、その質も普通ではなかった。


 鉄や銅、そしてエデン集落の建材であるアダマントなど、匠真が今まで見てきたあらゆる物質とも違う。

 そもそも物質という分類なのかすら怪しい程に、それはただ剣であった。


 棒立ちで立ち尽くす匠真の隣で、真白は膝を曲げてペタンと座りこみながら、呆然とした表情を浮かべている。


 匠真はどんなもんかと、試しに石を投げてみた。さすがに直に触るのは怖い。すると――!



 ――ジュッ……!!



 なんと石が音を立てて消滅したのだ!


 それを見て、やっと匠真は心底恐怖を覚えた。


 こ、これが人を断罪する裁きの剣……!!


 そうだ……平定の剣とは、あの凄まじい強さを誇った九条でさえ一目散に逃げざるを得ない程の超強力なシステム。


 剣の形をした殺意の塊!


 それまで匠真が持っていた自惚れた気持ちは、もはや完全に消え去った。



 そんな戦々恐々とした気持ちのまま匠真が上を見ると、剣が出現した例の暗い雲はもう影も形もない。

 どうやら危機は去ったらしい。そして匠真は思った。


 この九条との事件は絶対にデルヴの皆に知らせる必要がある!


 そう思った匠真はひとまず真白の方を向いた。そして一つ思い出した。



「そう言えば、なんで俺の名前を知ってるんだ?俺は真白を情報板で見たから名前とか分かったんだが……」


 真白はその場を動かずに小さな声で答える。


「い、いや……私アンタが最初に島さんに紹介された時、本部にいたし……」

「あ、なるほど」


 そう言えば剣を持ってる奴がいたような気がするな。まあいい。



「今起こった事、俺達は本部に帰って報告するべきだな。できるだけ早く」


 そう伝えるも、何やら真白の様子がおかしいことに気付く。


「……」


 どうしたんだろうか?正座しながらやや前のめりになって俯いている。依然として何も喋らないままだ。


 ここで匠真は真白に対してとある違和感を覚えた。


 真白がダンジョンの先輩なことと、その偉そうな口ぶりから今まで勝手に歳上の女だと思っていたのだが、口を半開きにして呆然としたまま固まっているその様子からは何となくまだ幼さを感じてしまう。



「真白、どこか負傷したのか?」

「え、あ……ちょ、ちょっと足ひねったかも……」


 真白はやや顔を赤らめながら答える。


「そうか。じゃあ俺が運ぶ。痛かったら言ってくれ」

「ぎゃああああっ!!いい、いいから!後でゆっくり帰るからっ、アンタ先帰っててよ飛田!」


 真白を抱えようとして近寄る匠真だったが、なぜか猛反発にあってしまう。ここで匠真はこう思った。



 人の手を借りるなど屈辱的――ああ、そういうことか……!



「気持ちは分かるが今はそれどころじゃない。そんな立てもしない状態で放っておけるか」


 真白の膝と背中に腕を回しすくい上げる。いわゆるお姫様抱っこの状態である。

 かつての匠真からは考えられないぐらい積極的な動きだ。


「ひゃああああ!?ちょ、ちょっとぉ!?」


 そこで匠真は気が付いた。彼女の下半身からが漏れていることに!


 顔を真赤にして必死で股を手で隠すようにする真白を見て、失禁したという事実にやっと気が付いた。

 どうやらさっきの剣の衝撃を肌に感じた恐怖からそうなったようだ。

 だが、匠真はそれをただの生理現象としか感じていなかった。負傷して流血――とかより数倍マシだ。


 恥辱にまみれて悶絶する真白とは対照的に匠真は淡々と言い放つ。


「このまま本部に帰るのは嫌だろうから、この先の川で下着とか洗ってくれ。夏だしすぐ乾く」


 そう声を掛けて匠真は走り出す。


「~~~~~ッッ!!!!」


 その途中、真白は顔を伏せたまま恨めしそうなうめき声を上げ続けた。



 ……。



「もー!バカァ!お前ヤダ!!」


 そして川で衣服を洗った後、半乾きの服を着て自然乾燥させていた真白は案の定激怒していた。

 匠真はなんとかそれをなだめようとしてまた頓珍漢な解説を始めてしまう。


「女は膀胱ぼうこうから尿道口までの距離が短く男の5分の1ぐらいしかなく、かつ直線的な形状をしているから漏らしやすくて当然で別に恥じる必要はない」


「そういう問題じゃなぁぁーーい!!ってか、なんでそんなこと知ってんだよアンタ怖いわ!信じらんない、もーーーーっっ!うぅぅーーっ!」


 真白は、再びボルテージを上げていく。


 なんだろう、せっかく良いことをしたつもりなのにさっきから罵られてばかりだ。

 そんな一時的な恥じらいより身体の無事を喜ぶべきだと思うのだが、どうもお互いの感覚が違いすぎて空回りしている……。


 釈然としない匠真だった。


 ――仕方ない。奴の気が収まるまで待つか……ん、そういえば!



 匠真は凛達が情報板で連絡を取り合っていたことを思い出した。早速試してみよう。


 だが匠真の情報板で見れたのは自分のステータスとマップ、そしてランキングだけだ。どうやって通信したら良いんだ?


 ――真白に聞けばいい。


 そう。この場にいる同じ組織の仲間に聞く!それが一番早い。それは理解している。

 しかし奴は今カンカンに怒っている。ならば取るべき道は一つしかない!


 匠真は真白を振り向き、真剣な顔で頭を下げた。



「真白。恥をかかせてすまん」



「え……えっ……!?」


 唐突な謝罪に驚く真白。目をパチパチさせている。


「どうも俺は人と上手くやれない性分らしい。ごめんな」


 すると、さっきまで拒絶されていたのが嘘のように真白は態度を変えた。


「い、いや……そんなマジなトーンで謝んないでよ!ってゆーか誰だってあんなの見られたら恥ずかしいじゃん普通!?」


「俺にとって生理現象は特に恥ではなぃ……ほらな。もうこの時点で感覚が違うんだ」


「……」


 そのときの真白はまるで不思議な生き物を見るかのような顔をして、しばらく匠真を見つめていた。

 ……と思ったら彼女はいたずらっぽく笑い、いきなり自己紹介を始めた。


「あははっ。なんか飛田ってすっごく誤解されそうだよね。あ、そういえばウチ、アンタに助けられたのに文句ばっか言ってごめん!同じデルヴの仲間なのに。ちなみにウチはアンタと同じ高校生だからよろしく~。1年生だからね!いぇい」


 なんかノリの軽い奴だな……と思いながら匠真は、真白に尋ねるなら今だ!と直感した。


「真白、一つ聞きたい」

「え?なになに??」


 人懐っこい犬のように笑顔で近寄ってくる。かなり感情豊かだな。


「他の人との通信?みたいなのはどうやったら出来るんだ?情報板でできるみたいだけど……」


 すると真白は情報板で匠真のステータスを確認してから、キョトンとした顔で逆に聞いてきた。


「え?飛田ってまだ連絡とれないの!?てか今見たらレベル8じゃん。私レベル5で通信機能使えるようになったよ?」


「へえ……」


 普通の人間から見れば何ということもないこの一連の会話の流れに、匠真は心の中で大いに感動していた!


 今まで反発しまくっていた真白を上手くなだめられたこと、そして聞きたい情報をすんなりと入手できた(話してくれた)こと。

 話の内容より、そういった真白の態度や答え方の変化に匠真は感動した。



 ――人の心というのは面白い!



 自分の言葉で人の心を動かす……それができた時の感覚というのは、匠真にとってはとても新鮮で、達成感すら感じられる。

 それまで一人ぼっちだった匠真にとって、今回の出来事はまさに青天の霹靂へきれきであった。


 ――ピロン♪


 一瞬、変な音が鳴ったような気がしたが、感動の余韻に浸っていた匠真は放っておいた。



 一方、真白は楽しそうに話しかけてくる。


「あ!なんかさー、情報板のスペックって個人差あるっぽいよ。同じレベルでも発現する機能が人によって違うんだって。スキルも同じでダンジョン入りたてみたいな低レベルのうちからスキルに目覚める探索者もいれば、レベル50でやっと目覚めるのもいるって」


「それは……どういう理屈で決まるんだろうな?」


 すると真白は不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「そりゃあやっぱ夢に対する思いの強さっしょ!?ダンジョンって“夢が叶う場所”って言われてるぐらいだしー……ロマンチックじゃーん?」


「聞こえはいいが、あの九条って奴を見る限りもっと血生ぐさい場所だぞ」

「うっ……ま、まあ……」


 真白は大げさに顔を顰めて軽く目を逸らした。



「あ!」



 ここで何かに気付いたようにハッとした真白が、すぐさま情報板を出した。なんだ?


「あ、島さんから連絡が来てる……今の平定の剣のことで話があるからすぐにエデンに戻れって!飛田。帰ろ!?」


「……ああ」



 本部に向かって走り出す二人。


 レベルは真白が匠真の倍近く高いが、走る跳ぶといった身体能力にそこまでの差は感じられない。


 これも個人差、という奴なのだろうか?



 また、通信機能については連絡が取れるというのはありがたいが、頻繁に干渉されたりすると面倒だな……とも感じてしまった。


 ――ん?これ、もしかして未だ通信出来ないのは俺の性格のせいでは!?


 などと邪推しているうちに渋谷エデンが見えてきた。



 ……。



 デルヴ本部の建物の前に人が何人か集結していた。

 島や凛達以外に知らない顔も数名いる。おそらく全員、島からの連絡で集まったデルヴの仲間達だろう。


 この時匠真は、一々他人と喋ることに以前ほど億劫おっくうなイメージはなくなっていた。


「あー!来た来た、飛田が帰って来たぞ皆!ん、真白も一緒か!?」


 真っ先に見つけた水原に騒ぎ立てられるが、なんか少し嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?



 皆の元へ歩いていくと、ニヤッとした顔の島からポンと肩を叩かれた。


「おう、飛田匠真!良かったわ、お前だけ通信出来てなかったからな」


「ウチが飛田に教えたの!えへへー」


 匠真の背中に手を置いて、少し体を預けながら真白が口を挟む。


 そして匠真は皆の前で堂々と事の経緯を説明した。



「えーーっ!?」



 その場の皆は例外なく驚きの表情を浮かべ、やがて島からはこんな言葉が飛び出した。



「やっぱな。九条は殺さなきゃダメか」



 ――――――――――――――――――――



 ストックが無くなりました。今後は週1〜2本ペースで連載していきますのでよろしくお願いします。(^_^;)

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