二つの夢
夕暮れの工房で、ソラは帳面の新しい記録を確認していた。青い魔術の光と銀色の夢見の輝きが、穏やかに紙面を照らしている。
「実験記録の整理は大変でしたか?」
窓辺に腰掛けたヒノメが、夕陽に照らされながら尋ねる。その横顔に、うっすらと鱗の輝きが浮かんでいた。
「ああ」ソラは静かに頷く。「魔術ギルドへの報告書も、いつもより手間取った」
帳面には、通常の魔術記録の合間に、不思議な夢の痕跡が織り込まれている。青い光の中に銀色の輝きが混ざり、まるで生きた模様のように揺らめいていた。
「でも」ヒノメが得意げに言う。「新しい記録媒体として正式に認定されましたよ。私の監修の成果です」
「監修とは?」
「夢を見ました」
「はあ」
「立派な仕事です」ヒノメは真剣な表情で続ける。「ドラゴンの夢は、未来への道標なんですよ」
ソラは黙って帳面を見つめる。確かに、ヒノメの言葉は的を射ている。この帳面に記された夢は、時として驚くべき示唆を含んでいた。
先日も、若い魔術師が記した実験の失敗記録に、思いがけない可能性が浮かび上がった。通常の魔術記録からは読み取れない「夢の残響」が、新しい研究の方向性を示していたのだ。
「ねえ」ヒノメが不意に言う。「昨日の夜も、不思議な夢を見たんです」
「また山の夢か?」
「いいえ」彼女は柔らかな笑みを浮かべた。「今度は、海の夢でした」
帳面が、かすかに光を放つ。
「青い波の上を、誰かと一緒に歩いているんです」ヒノメは目を細めて遠くを見るような仕草をする。「その波は魔術で作られていて、その下には古い時代の記憶が眠っているの」
「海底遺跡の調査記録か」ソラは考え込むように言う。「確かに魔術ギルドでも、そういう話が出ていたな」
「きっと」ヒノメは静かに頷く。「私たちが見つけるべき記憶が、そこにあるんです」
工房の窓から、最初の星が瞬きを見せていた。
「結局」ソラが言う。「お前の計画は何だったんだ?」
「それはまだ」ヒノメは楽しそうに笑う。「進行中なんです」
「いつまで進行してるんだ」
「それこそが」彼女は立ち上がり、夕空を見上げる。「私たちの新しい物語の始まりなんじゃないでしょうか」
帳面の中で、青と銀の光が静かに交わる。それは確かに、まだ見ぬ夢への誘いのように見えた。
「魔術と夢が混ざり合うなんて」ソラは溜め息まじりに言う。「ギルドの古参たちは、まだ納得していないようだけどな」
「大丈夫です」ヒノメは優雅に髪をかきあげた。「私が説明しますから」
「それが一番心配なんだが」
「失礼ですね」彼女は真剣な表情で告げる。「夢を信じることは、未来を信じることなんです」
夕暮れの工房に、優しい風が流れ込む。帳面のページがそっとめくれ、新しい記録のための空白が現れた。
「ねえ」ヒノメが言う。「次はどんな夢を見ましょうか」
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