山麓の市場町
山麓の市場町は、夏の陽気に賑わっていた。露店が立ち並ぶ通りには、旅商人の威勢のよい声が響いている。
「私は交渉の達人です」
ヒノメの唐突な宣言に、ソラは足を止めた。彼女は水晶を並べた露店の前で、どこか懐かしそうな表情を浮かべている。
「達人、この前大枚で買った偽物の宝石はどうされました?」
「おいしくいただきました」
「おー、達人の対応」
水晶を見つめるヒノメの横顔に、一瞬だけ鱗の煌めきが走った。ソラは黙って様子を見守る。
「これ、実家の近くにある水晶と似てるんです」彼女は丁寧に言葉を紡ぐ。「でも、ちょっと違う。この中に渦を巻くような模様が見えます」
店主が身を乗り出してきた。「お嬢さん、目が確かですな。これは山奥の古い鉱脈から出た特別な品ですよ」
「へえ」ヒノメは水晶を手に取り、陽に透かして見る。「私の里の近くにも似たような鉱脈があるんです。でも、こちらのほうが純度が高いようですね」
店主の表情が変わった。「お嬢さん、もしかしてドラゴンの里の方で?」
「はい。東の尾根にある」
「あちらの水晶なら、確かに目が肥えているはず」店主は急に真剣な面持ちになった。「実は、この水晶、新しく見つけた鉱脈のものなんです。まだ掘り出したばかりで、どこに売り込むべきか考えていたところで」
「東の里なら、きっと職人たちが喜びますよ」ヒノメは水晶を優しく置きながら告げる。「この純度なら、魔術増幅の素材として重宝するはずです」
「そうか、そうか!」店主は興奮気味に手帳を取り出した。「是非、取引の相談を」
ソラは黙って二人の会話を聞いていた。偶然の出会いが、新しい商機を生み出そうとしている。
「計画通りでした」
市場を後にする頃、ヒノメは誇らしげに胸を張った。
「本当に計画があったのか?」
「私の直感こそが、最高の計画です」
夕暮れの市場町で、ソラは小さくため息をつく。露店の間を縫うように、涼やかな風が通り過ぎていった。
「そういえば」ヒノメが不意に立ち止まる。「お昼に見つけた廃屋のことですけど」
「なんだ?」
「あそこにも、確か魔術増幅用の水晶が使われていたはずです」
ソラは黙って頷いた。朽ちかけた建物に残る古い紋章と、市場で見つけた新しい水晶。偶然は時として、不思議な糸で結ばれている。
「でも、私たちには重要な任務がありますから」ヒノメは軽やかに歩き出す。「寄り道はほどほどにしておきましょう」
「任務の内容、まだ確認してないだろ」
「細かいことは気にしません」
夕陽が市場町の屋根を染めていく。二人の影が、ゆっくりと長くなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます