魔術街道綺譚 ―気ままな竜と几帳面魔術師―
風見 悠馬
気ままに届かない重要書類
出発の朝
朝もやの立ち込める街道沿いで、ソラは呆然と立ち尽くしていた。魔術師駐在所の玄関には、三日前に施した結界の光が青く滲んでいる。これは街道筋の定期点検の一環で、通行する商人や旅人の安全を守るための基本的な務めだった。
「すごく重要な任務ですよ。私が選ばれたんです」
ヒノメの声に、結界が微かに反応する。彼女の中に流れるドラゴンの血が、魔術を刺激したのだろう。街道沿いの結界は、人やドラゴン、そして物流の安全のために張り巡らされた魔術ギルドの誇りだった。
「封筒開けたの?」
「細かいことは気にしません。重要なのは任務の本質です」
「本質とは?」
ヒノメは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに優雅な仕草で封筒をしまい込んだ。
「私が任されたということは、それだけで十分な価値があるということです」
魔術師駐在所を兼ねた自室の窓から差し込む朝日を見上げながら、ソラは深いため息をついた。昨日までの穏やかな日常が、突然の来訪で崩れ去ろうとしている。
「飛んでいけばいいだろ。お前なら一時間もあれば着くじゃないか」
「面倒ですよ」ヒノメは首を横に振り、人の姿のまま椅子に深く腰を下ろした。「任務には相応しい品格が必要です。馬車での旅こそ、重要書類を運ぶ正統な手段ですよ」
「正統って何だよ」
「私もよく分かりませんが、きっと立派な意味の言葉です」
ソラは黙って旅の準備に取り掛かった。着替えを収め、魔術の道具を確認し、保存食を詰める。一方のヒノメは、窓辺で朝日に照らされながら、どこか遠くを見つめている。その頬に朝陽が映えると、うっすらと鱗のような光沢が浮かび上がった。
「完璧な計画があるんです」
「ああ、そうだな」ソラは諦めたように頷いた。
魔術師駐在所の玄関に鍵をかけ、二人は街道へと足を向けた。
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