攻略者視点で自分の恋を思い返すのは恥ずかしいなんてものじゃない

 初めての体験を終えて、その翌日。両親が帰ってくる前にウミには帰宅してもらい、満ち足りたまま寝よう……というわけにもいかなかった。

 行為を思い出されるベッドから離れて、勉強机の椅子に深く腰掛ける。白い壁紙にフローリング。物は少なく、年頃の男子高校生にしてスッキリとした見慣れた部屋が、どこか他人の部屋のように見える。

 手を見る。開いて、閉じる。自分の意思で動くのに、どうしてか違和感が拭えなかった。ダブって違うが見える。そんな感覚がある。


「主人公、だったのか」

 しかもエロゲの。

 実感は湧かないが、エロゲなんてやったこともないのにPCモニターに映るゲーム画面が頭の中に鮮明に思い描ける。はたから見ると自分はこう映っているのかという、なかなかない体験だった。


 18禁の恋愛シュミレーションゲームとして発売された『Summer♡Kissサマー・ラブ・キス』。

 タイトルにある通り、ヒロインたちと夏の一時を過ごし、恋仲になっていくというストーリーで、通称は『サマキス』。夏休みの終わりに恋仲となり、その後の高校生活を恋人として過ごすというものだった。


 秋入ってるじゃんと思うかもしれないが、恋人になるまでが物語としてのゴール。その後は基本的にヒロインとイチャイチャ、つまりエロいことしたりエロいことをするだけだ。話なんてないようなものである。


 まさか自分がそのエロゲの主人公である『浅木あさぎサク』になっているとは思いもしなかった。前世の俺の名前が『さく』で親近感はあったけど、主人公になりたいと思うほど感情移入をしていたわけじゃない。どちらかといえば、主人公とヒロインを見ている壁になりたかった。


「でも、意外と混乱はないな」

 前世の記憶を思い出しても、俺は『浅木サク』だという自意識がちゃんとある。ただ、同時にサマキスをプレイしていた『咲』という自覚もある。

 どっちも俺で、なのに性格は全然違う。大きな違いは、エロゲどころかその手の物をまるで持っていないこと。

 それでも自分というどちらも俺なのだから、不思議な感覚だった。


 最初から前世の記憶があったのか、それともあの瞬間に魂のようなモノが俺の中に憑依したのかはわからない。

 でも、どうしてあのタイミングだったのかはわかる。

「……あのままゴムを付けてたら、死んでたんだよな」

 俺ではない。

 ウミが、だ。


 闇乃ウミはサマキスのヒロインだ。ただし、隠しという単語が前に付く。

 あらゆるヒロインと仲よくなりつつも、誰とも恋人にならなかったルートでのみ登場する。最初は主人公に対しても壁があり、まともに話せるようになるまで何度も接触を繰り返す。けれど、好意を自覚した途端に態度は反転し、その極端なデレっぷりは堕ちたと表現できるほどに強烈だった。

 ……ウミのこととはいえ、自分の恋愛事を攻略者目線で思い返すというのは、恥ずかしいどころの話ではないのだけど、一旦は忘れておこう。


 そうしたギャップも相まってか、隠しヒロインながら人気投票で2位以下のメインヒロインたちとダブルスコアの差をつけ1位を獲得したほどに、ユーザー人気が高かった。けど、そこまでの得票数を獲得したのは、なにもウミの人気だけが理由というわけではない。


「まさか、自◯系ヒロインだったとは……」

 頭を抱えたくなる、というか実際抱えている。勉強机に打ち付けそうになる頭をどうにか手で押さえて、必要なこととエロゲの中のウミ情報を前世の記憶から引っ張り出していく。


 自◯系ヒロイン。もしくは地雷系ヒロイン。つまるところヤンデレ。

 それがウミというヒロインのいわゆるヒロイン属性だった。


 付き合うまではそこそこの難しさではあるが、他のヒロインと同様、普通にプレイしていれば恋人になれる。

 他ヒロインをすべて攻略した段階でCGスチルが100%になるので、気付けるかどうかが明暗というぐらいで、他は大差ない。

「付き合うまでは、な」

 正確に言うならば、初夜を迎えるまでというのが正しい表現だろう。


 まるでそこからゲームジャンルがラブコメからホラーに堕ちるように、すべてが変わる。というか、ここからがユーザーから自◯系ヤンデレヒロインと称された闇乃ウミの真骨頂だと断言してもいい。


 関係を持ったが最後、あらゆる行動に選択肢が現れるようになる。それは、ウミと一緒にいる時は当たり前で、いない時ですら。

 そして、現れた選択肢の正しい方を選ばないと、

『本当は私のことは好きじゃなかったんだ……っ』

 と、なぜか常に持ち歩いているマイカッターで…………バッドエンドを迎える。


 その選択肢の多さといったら10や20ではきかず、事あるごとに画面が血に染まる。1つ正解を選んでほっとしたのも束の間、1分も経たず出現した選択肢でバッドエンドになって心折れたユーザーも少なくない。

 そして、残念なことに、

「……俺も心の折れたユーザーだったんだよなぁ」

 抑えきれなかったため息がこぼれる。

 隠しヒロインだったのでスタッフの悪ノリが全開だった。ライターが酒飲んで、3日寝ないで書き上げたなど真相不明の噂が広がっているが、俺にとってはどうあれもう少しマイルドにならなかったのかと嘆きたくもなる。


 もしくは、せめて前世の俺に頑張って最後までクリアしてほしかった。初夜シーンの選択肢を知っていたのは、そこが最初のバッドエンドだったからで後の話は心が折れて投げている。全クリした友人からセーブデータを貰って、シーンだけを見るなんて卑怯で怠惰な真似がどうして許されると思ったのか。

 来世の俺が絶望で泣いているぞ。


「このまま進めば、間違いなくウミが死ぬ」

 ヤンデレだが、その殺意は自分に向く。俺が愛してくれないのは自分が悪いのだと責めるタイプ。俺は死なない。

 それならいいか、なんてならない。なるはずがない。

「俺はウミが好きだ」

 前世がどうだとか関係ない。俺は咲だが、ウミを好きなった浅木サクでもあるのだ。この気持ちは作られたものではなく、確かに俺の心で感じているものだ。

 

 たとえ、この先にウミの死がどれだけ多く待ち受けていても、絶対に死なせない。

「絶対に」

 俺はウミの恋人だから。

 呟いて、拳を握る。


 ……それがどんなに困難で無謀なことだったのか。知るのはそう遠くない未来。というか、週明けの登校日のことだった。

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