第3話
イアンは脱いだ軍靴を洗ってもらう間、ズボンのすそを膝まで捲り上げた姿で木箱に座り、街の人間と話していた。そうする間に騒ぎを聞きつけたスペインの軍服が数人やって来て、「将軍、ここにおられましたか」と上官を見つけて安堵したようだった。
彼らはイアンから話を聞き、三人の警邏隊を駐屯地に連れて行くように命じられると、速やかに実行した。その様子を見た街の人々はこれまであまり見かけたことのないスペイン将校を、話の分かるいい人だと思ったのか、すっかり安心したようだ。
「あいつらいつもあんな感じ?」
などとイアンが話を聞きたがると、口々に横暴な警邏隊への不満を聞かせてくれた。
「あかい」
すっかり打ち解けて話していると、小さな少年が寄って来て、イアンの赤い軍服の裾を引っ張った。
「これ!」
母親が注意しようとするが、イアンは「ええでええで」と言って少年の頭を撫でてやった。
「赤い軍服が珍しいんかな。これはスペイン軍であることを示す色やで」
「すぺいん?」
目をくりくりさせている。
「そや!」
イアンは笑った。
「これからこの街でこの赤い軍服見ても、怯えたりせんでええで。俺たちは気のいい奴やから。街の人間にはくれぐれも優しくするよう、俺が言っといたるしな。言いつけ守らんかった奴は……鉄拳制裁したる!」
拳を握って、殴りかかるような仕草をしたイアンにびっくりしたのか、少年が目を丸くしたあと、わーっ! と泣き出した。
「ああああああやりすぎた! ごめんごめん。びっくりしたな! 泣かんでいい泣かんでいい! ごめんごめん!」
イアンが少年を抱え上げて優しく撫でながら膝の上であやしてやると、少年はすぐ泣き止んでくれた。それを見ていた周囲にいる人たちからまた温かい笑い声が生まれる。
「スペイン海軍って言ったらすごい強いって噂だからどんな人が来るかと思ってたけど、お兄さんみたいに話が分かるひとで良かったよ」
ねえ? と主婦たちが顔を見合わせて頷き合っている。
「それに比べてうちの警邏隊と来たら……老人、女、子供を苛めてばっかりで。嫌になるね」
「あいつらこのへんで見かけたことあるか?」
「見かけたことあるも何も、ここら辺うろつくゴロツキだよ。成敗してくれて助かった」
「そうなのか……」
「イアンさん、良かったらうちの食堂で食べて行って下さいよ。今丁度メシ出す所ですから」
「ほんまに? そういやいつの間にかええ匂いしとるな。ほな、ちょっとだけ……」
腰を浮かしかけて、イアンは思い出す。
額を押さえた。
「あかん……そやった。これから城に呼ばれてるんやった。折角誘ってくれたのにごめんなあ。今日は無理やわ。ホントは食べて行きたいけど。時間ないねん。でも、今度絶対食べに来るわ。分かんねん! 匂いで美味しいか美味しくないか。これは美味しい匂いや!」
イアンが膝の上の少年に笑いかけると、彼は今度はきゃっきゃ、と楽しそうに笑った。
母親が受け取りに来る。
「ぜひ。いつでもお待ちしてますんで!」
「うん。ありがとう」
「イアン様、靴、綺麗になりました。これでどうでしょうか?」
「おわ~! ありがとなぁ! 新品のピカピカや! おおきに。ほんまありがとう! 助かったわ!」
靴を履き直しながら、イアンは尋ねた。
「悪いけど馬借りられへんかな。ちょっと早めに出て来たんやけど約束の時間危ういねん。
あとでちゃんと返すし」
「どうぞ! うちの使って下さい!」
「おおきに。助かるわあ。あと、もう見えとるんやけど、一番王宮への近道ってどう行くかな?」
「あ、良ければ僕が案内します」
ネーリが声を掛けた。
「お医者さんに見てもらわなくて平気か?」
「はい。擦り傷だったので平気です。血も止まったし」
「そうか。ほんなら世話になるわ」
「イアンさん、【夏至祭】、良かったら来てくださいな。今日のお礼に美味しいお酒振る舞いますし」
「おおきに。時間あったら見に来るわ」
イアンは立ち上がり、引いて来られた馬に乗った。
「ほな、みんな祭り楽しむんやで」
集まっていた民衆から拍手があがり、彼らは手を振って見送ってくれた。
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