14話 荒野を駆ける鳥

大地が震えるほどの足音と、鳥たちの低いうなり声が入り混じり、空気が一気に熱気と興奮に満たされていった。


「はっはっは、これぞ俺様の舞台だな!」


鋭い手綱さばきでガロカリスを操るヒュレグ・エルヴェインは、すさまじいスピードで先頭集団をさらに抜き去っていく。


彼の乗騎は周囲の個体より筋肉の張りがあり、見るからに俊敏そうだ。

主であるヒュレグの覇気に気圧されているのか、まるで“最強を証明する”ことを理解しているかのように、迷いなく前へ前へと突き進む。


荒野はまだ序盤。だが陽光はすでに強烈で、身体をじわじわと蝕んでくる。

それでもヒュレグはまったく意に介さないまま、後方をわずかに振り返った。


「ほう……あのシルヴァリーフの娘も、まだついて来るか……」


十数メートル後ろ、アリア・シルヴァリーフがヒュレグに匹敵するスピードで疾走していた。

落ち着いた表情のまま槍を背負い、ガロカリスの首筋に片手を添えて独特の姿勢をとっている。風魔法をわずかに使い、空気抵抗を抑えているのだろう。名門“天空の守護者”の血筋が示すように、その乗りこなしには気品すら漂っていた。


(私も、ここで負けるわけにはいかない)


アリアは自らに言い聞かせる。祖先・ルフェリアの名を冠した砦が二日目の目的地だと知り、絶対に自分が先頭を掴んでみせたいという思いが募る。名門シルヴァリーフ家のプライドもあるが、それ以上に「自分の力を証明したい」という純粋な意地がある。


後ろからほかの受験生の怒号が聞こえるが、猛スピードを維持できずに脱落していく者が多い。

結果、先頭争いはヒュレグとアリアの二人が抜け出す形に落ち着いた。


「ふん、俺様を抜けるものか。シルヴァリーフよ、貴様に先を譲る気はない」


ヒュレグが舌打ち混じりに呟くと、アリアはわずかに眉をひそめながら前方を見つめる。

数キロ先、砂礫のうねりが不穏に揺れ、地面がかすかに震えていた。


(あれは……?)


アリアが警戒するのを尻目に、ヒュレグは馬鹿にしたように鼻で笑い、手綱をさらに引き絞った。


荒野の砂礫がこんもりと盛り上がった次の瞬間――巨大なワームのようなモンスターが地中から頭をもたげた。


体長は五メートル以上。ねっとりとした粘液を垂らしながら、牙の並ぶ口をがばりと開く様は圧巻の凶暴さだ。


「くっ……サンドウォームね……!」


アリアが思わず槍に手を伸ばしかけたが、先頭を走っているヒュレグは一切スピードを緩めない。

むしろ馬鹿にしたように鼻で笑うと、光の剣を片手に顕現させ、一気に振りかぶった。


「消え失せろッ!」


シュン、と鋭い閃光が砂塵を切り裂き、サンドウォームを真っ二つに断ち割る。

怪物の体液が撒き散らされるが、ヒュレグは涼しい顔でその脇を通過し、余裕の笑みを浮かべた。


「たわいもない。時間の無駄だ!」


さらに加速するヒュレグに、アリアも驚愕を隠せなかったが、すぐに表情を引き締めて続く。こうして二人はあっという間に先行集団に大差をつけ、遥か前方へと姿を消していった。


***


そして少し後方――


ハル、イオ、ルーク、ヴェルン、そして多くの受験生が入り乱れる大集団が走行を続ける。


大集団といってもガロカリスに乗ったまま、それぞれが最適に動かそうと必死だ。まだレースは始まったばかり。焦る者もいれば、体力を温存しつつ徐々にペースを上げようと考える者もいて、進む速度もまちまちになっている。


「おーい、ハル、なんか地面が揺れてないか?」


ルークが声を張り上げ、周囲を見回す。イオは「やだなあ、もしかしてモンスター?」と嫌そうな顔を浮かべるが、荒野を選り好みできるはずもなく、ひたすら走るしかない。ヴェルンは黙って前方を睨み、ガロカリスの手綱を操りながら軽く唇を噛んでいる。


案の定、しばらくすると先行したグループから悲鳴や怒号が響き渡った。


地面を割って出現するのは、複数のサンドウォーム。

しかも一体だけではなく、二体、三体……。


「うわああっ、でかいっ!」「助けてくれ!」


視界の先で数名の受験生が混乱し、ガロカリスごと砂の中へ引きずり込まれそうになっている。

何とか自力で逃げ出そうとする者もいれば、仲間と合流して応戦しようとする者もいる。


「うわわわわ! ハル、どうする!?」


イオが声を張り上げる。ハルは必死に頭を働かせた。

ここで足を止めれば日没までにガルヴァン砦へ間に合わなくなる可能性が高い。


「まとまって抜けるしかない! ルーク、イオ、ヴェルン、みんな協力してやり過ごそう!」


サンドウォームの一群がうねうねと姿を現している地点に近づくと、地面の振動がじわじわと足元に伝わってきた。ガロカリスたちも怖気づいているのか、興奮して鞍の上で跳ね回るように動く。


「大丈夫、落ち着いて……」


ハルはガロカリスの首元を優しく撫でながらテレポートの魔力をスタンバイする。

だが、乗騎から離れてしまうと移動手段がなくなるため、やみくもにテレポートするわけにもいかない。あくまで最悪の場合の保険だ。


「行くぞ、ルーク! 水の魔法で牽制してくれない?」

「わかった! どこまで効くかは知らねえが……」


ルークが放ったウォーターカッターがサンドウォームの顔面をかすめ、怪物は痛みに身をよじる。


「今だ、抜けて!」


ハルが叫ぶと、イオがガロカリスの腹を蹴って一気に加速する。

しかし、タイミングを見計らったように別のワームが砂の中から跳び出し、ガロカリスの脚を狙


「危ない――!」


咄嗟にハルはテレポートの魔力を解放。自身と乗騎をわずか1メートル先へと瞬間移動させ、かろうじて噛みつき攻撃を回避した。


「はあ、はあ……ギリギリだった!」


ハルは冷や汗を拭いつつ、胸を撫でおろす。


「さすがハル! その調子!」


イオが安堵の笑みを浮かべるが、すぐ近くでまた砂地が盛り上がり、砂煙が巻き起こる。


「きりがないよ……!」


「深追いは危険だ! 少し遠回りでもいいからワームの数が少ないところを探そう!」


ハルがそう提案し、四人は再び騎乗モンスターを走らせる。

だが大集団が乱戦になっているせいか、どこへ向かってもワームの気配が絶えない。


そこへ突然、荒野を吹き抜ける風がぐんと強まった。ゴウッ、ゴウッと耳を裂くような音を立て、砂粒が無数に舞い上がる。


「まずいな……こりゃ砂嵐になるかもしれねえぞ……!」


ルークが声を張り上げるが、強風にかき消されかける。


一瞬で空気がザラつき、肌を刺すような痛みにハルたちは思わず顔をしかめた。大きな砂煙の渦が何本も発生し、人馬の姿が視界から次々と消えていく。


「くっ……みんなは……!?」


ハルが後方を振り返ろうとするも、砂粒が目を襲い、まともに見渡せない。


「――ハル! そっちじゃ……!」


誰かの声が聞こえた気がする。イオかルークか……それさえ定かではない。


――そのとき、ハルのガロカリスが何かに驚いて横っ飛びし、思わぬ方向へと走り出してしまう。


「うわっ……待て、落ちるって!」


必死で手綱を引いても、乗騎はパニック状態に陥っているようで止まらない。


砂嵐とサンドウォームの振動が重なり、まさにカオス。


気づいたときには、ハルのガロカリスが何かに驚き、急に横へ跳ねるように逸れてしまった。おそらくまた別のサンドウォームが近づいたのかもしれない。


「イオ! ルーク! ヴェルン……!」


声を張り上げるが、仲間の反応は届かない。音も視界も、すべてが砂にかき乱されている。


(くそっ、完全に引き離された……!)


まもなくガロカリスが岩陰らしき場所を見つけたのか、そこへ突っ込み、ようやく失速した。


「はぁ、はぁ……お、落ち着いて……」


ハルはガロカリスの首をさすり続け、バタバタする脚をなだめる。砂嵐の風切り音がゴウゴウと響く中、岩が盾代わりになり、多少は視界が確保できる。


(いったい、どれくらいの時間が経ったんだ……?)


ハルはざらつく唇を噛みしめながら、懐から懐中時計を取り出す。しかし、文字盤には砂がこびりつき、視界も悪いせいで針が見えづらい。


「くっ……」


焦りが胸を締めつける。いったん手の甲で砂をぬぐい取り、ようやく時計の針を確認する。


(まだ朝のうちはずいぶん残ってるはずだけど、日没まで何時間もあるわけじゃない)


砂嵐のせいで太陽が隠れている以上、正確な方角もつかみにくい。日没を過ぎれば即不合格という厳しいルールを思い出し、ハルは歯を食いしばった。


(イオ、ルーク、ヴェルン……みんな無事かな。もし怪我していたら……)


思考が不安に飲まれかけるのを、ハルはなんとか振り払う。


(焦るな、落ち着け。こんなところでじっとしてても砦には着けない。かといって、この砂嵐の中を無闇に走ればワームの餌食だ。どの道、悠長にしてる余裕はないけど……)


岩陰の隙間から見えるのは、相変わらず荒涼とした砂の世界。遠目にサンドウォームらしき巨大な突起が、砂上をうごめいているのが見えた。ゴウン、ゴウン……と地鳴りのような振動が足元まで伝わってくる。まるで獲物を探すかのように、こちらを脅かしているようだ。


(焦るな、落ち着け……絶対に、砦へたどり着いてみせるんだ)


岩陰から一歩ずつ出て、砂嵐の状況を見ながら進めるところまで進む。

それが今できる精一杯の策だった。


ごうごうと渦巻く砂塵の中で、視界は一面の淡褐色。

遠くでは受験生の断末魔か、サンドウォームの雄叫びか分からない、不吉な音がかすかに響く。

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