12話 転送陣での帰還
青白い光に包まれ、足元がふわりと浮くような感覚を覚えた次の瞬間――ハルたち四人は、ダンジョンの外へと転送されていた。
そこは島の拠点として設営されている広場の一角。受験生を待機させるための簡易テントや応急処置スペースが並び、先に帰還した者たちが三々五々集まっている。
「ふう……なんとか、戻れた……」
ハルはまろび出るように地面へ膝をつき、荒い息を吐いた。
迷宮探索に罠突破、そしてミノタウルスとの死闘。全身が疲労に覆われているが、無事に紋章を手に帰還できた安堵感が大きい。
「死ぬかと思ったぜ、あのミノタウルスって化け物。まあでも、この俺様たちが華麗に帰還したからにはバッチリ合格ってことだろ?」
「ルーク、“華麗に”って言うにはボロボロになりすぎてない? その襟元、焦げてるし」
ハルが苦笑いしつつ指摘すると、ルークは「最初からこういうデザインなんだよ!」などと苦しい弁解を始める。その横でヴェルンが肩をすくめた。
「でも……合格証である“紋章”はしっかりゲットした。そこはちゃんと誇っていいんじゃないかな」
ハルは自分たちがダンジョンで得た“学院の紋章”をそっと握りしめる。
周囲を見渡せば、他にもダンジョンをクリアした受験生たちが数組ほど帰還しているようだ。みな体中に傷や汚れを負っている者が多く、苛酷な試験を物語っていた。
その中でも、ひときわ目立つ存在がいる。
青い髪を後ろへ流し、貴族然とした豪奢な衣装をまとった少年、ヒュレグ・エルヴェインだ。しかも彼の服装は汚れ一つなく、まるで撮影用に着飾ったかのように完璧なままだ。
「ほう……お前はあのテレポートの奴か。お前のような低レベルでも通過できるとはな。随分と緩い試験らしいな」
遠巻きに見ていたルークやイオが「なんだよ、あの態度!」とむっとする。
しかしヒュレグは気に留める様子もなく、フッと嘲笑して続ける。
「こんな程度で受験者を選考できるのか? 俺様には理解しがたいが……ま、貴様らは真の勇者たるこの俺様の邪魔だけはしないようにな」
「相変わらず嫌なやろーだね……」ルークが低くつぶやく。
しかし、ヒュレグの服がまったく乱れていない事実を見れば、その圧倒的な実力も納得するしかない。余裕綽々でダンジョンを攻略したのだろう。
さらにもう一人、銀髪ロングヘアのアリア・シルヴァリーフも近くにいた。アリアもまた傷らしい傷はなく、ほとんど疲弊していない様子で合格したようだ。
「やっぱり……すごいな。ヒュレグもアリアも、“上位合格”組って感じだね」
ハルは痛感する。自分たち四人があれだけ苦戦したのに、彼らはまるで散歩でもしてきたかのような雰囲気だ。
「ハル! あそこ――」
イオが指差した先には、小柄な少女・ペネロペ・クレイベルの姿。ピンク色のツインテールにフリルたっぷりの服装が愛らしく、人形のような印象を与える。
だが、ハルはあの裏切りを思い出して、思わず拳を握りしめる。
「ペネロペ……! よくも、あんなひどいことを……」
声を荒らげるハルに対し、ペネロペは大きな瞳を潤ませ、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「ハルくん! 無事だったんだね♪ もう、心配しちゃったよ。あのときは私も必死で……ごめんね? でも、ハルくんなら絶対大丈夫って信じてたんだ」
「え……」
あまりに自然な態度に、ハルは言葉を失う。
「私もね、ハルくんのおかげで合格できたよ。ありがとう♪」
愛くるしい笑顔に、ハルの心は一瞬揺さぶられる。
(あれ……? 本当は悪い子じゃなくて、追い詰められてああするしかなかったのかな……?)
そんな考えが脳裏をよぎるが、横からルークが「おいおい、嘘に決まってんだろ。騙されんなよ……」と突っ込み、イオも「あんなに可愛いのに、ひどい子だね!」と声を上げる。
「ふふっ、それじゃあまたね~♪」
ペネロペは名残惜しそうに手を振り、そのまま足早に立ち去っていく。ヴェルンはその背中を見送りながら、眉をひそめた。
「今は試験だから、みんな必死だろうけど……彼女はほんと油断ならないな……」
***
一方、ダンジョンから無事戻ってきた受験生たちのデータを集計するため、教師たちはテントに詰めて書類の山と格闘していた。
「第二試験、なんとか終了みたいね。怪我人は出たものの、想定の範囲内。去年の”受験生狩り事件”のような異常事態は今のところ起きてないわ」
スーツ風ローブをまとった女性教師、エリザ・ハークウィックが書類をめくりながら安堵の息をつく。
隣で腕を組んだままの中年の男性教師マティアス・ラスコレインが、鼻を鳴らすように言い返す。
「だが油断はできんぞ。去年、事が起きたのも、最終試験だからな」と鼻を鳴らす。
マティアスはふと資料の端に目を留める。ハル・アスターブリンクの名がある。
「ん……? おいおい、こいつまだ残ってるのか。あの地味テレポートで、どうやって第二試験を突破したって言うんだ」
「そうそう、わたしもさっき合格リストで見たわ。意外ね。しかも、あの『定員四名』の厳しいダンジョンを突破したなんて」
「ふん、他の受験生にくっついて、棚からぼたもちを得たってところか。運だけはいい奴かもな。ま、いずれ第三試験で実力が試されるだろう」
マティアスはペンで書類をトントンと揃え、外を見やる。
茜色に染まった空が、やがて夜の帳に覆われようとしていた。
「そうね。次はいよいよ最終試験……変な事件が起きなければいいけれど」
エリザが小さく息をつき、また書類へ視線を戻す。
***
一方のハルたちは、仮設カウンターで合格証を正式に発行され、第二試験合格を確定させた。
「やったね! あたしたち、ホントによく頑張ったよ~」
イオは大きく背伸びをしながらも、腰を押さえて「いてて……」と顔をしかめる。
「お前、さっきから腰腰言ってんな。無茶すっからだろ」
ルークが苦笑しつつも、彼自身も魔力の使い過ぎで顔色は優れない。
ヴェルンはツタ魔法で酷使した腕をさすりながら、落ち着いた口調で言った。
「でも、まだ喜んではいられないよ。第三試験が明日からだって……どんな内容なのか、全然わからないし」
ハルも合格証を見つめながら、不安と期待を胸に息をつく。
ふと周囲を見れば、治療テントの隅で他の受験生が苦しそうに腹部を押さえていたり、友人同士で歓声を上げたり、様々な光景が広がっている。
「なあ、次の試験って、また別のダンジョン攻略なのかな?」
「もしかしたら対人戦かもしれないぜ。学院上層部が“実践力”を見たいとか言い出しそうだし」
ルークとイオが憶測を飛ばし合う。
ヴェルンはそんなやりとりに軽く笑みを浮かべ、「もし筆記試験だったらどうする?」と小さく冗談を交えると、イオが「やだよ、そっちもキツいって!」と即座に拒否する。
「でも、どんな試験でも、きっと大丈夫だよ。今回もなんとか乗り越えられたんだしね」
ハルは心の中の不安を振り払うように言葉を紡ぎ、短剣の柄をそっと握りしめた。
そこへ、試験官が通りかかり、「明日の早朝までに飛行船に乗船してください」と声をかけていく。
どうやら最終試験は、また別の場所に移動して実施するらしい。
「よーし、それじゃ早いとこ船に乗って休もうぜ。下手すりゃ明日は今日よりもハードかもしれないしな」
ルークが軽い調子で言い、イオは「うう……次はもう少しマイルドにしてほしいよ……」と肩を落とす。
ヴェルンは微笑みを湛えつつ、「お互い、最後まで頑張ろう」と静かにうなずいた。
そうして四人は、それぞれの疲労感と合格証を胸に抱えながら、灯りのともる桟橋を渡って巨大な飛行船へ向かう。
頭上には星々がきらめき、夜風がひんやりと頬を撫でた。試験はまだ終わらない――だが、それでも確かな一歩を踏み出したのだと、ハルは空を見上げて思うのだった。
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