2話 試練の魔力測定

「はい、次の方――こちらへどうぞ! 魔力測定ブースです!」


白衣の女性試験官が、列に並んでいる受験生たちをやや急かすように呼び出している。

検査ブースでは、魔法の力を数値化して判定する簡易的な機械が用意されているようだ。


ハルは列の後方に並びながら、前方の様子をぼんやりと眺めていた。

受験生たちは次々とブースへ向かい、それぞれが自慢の魔法を披露している。


「ええいっ! ――ファイア・ブラストッ!」


ある受験生の掛け声とともに、火柱が派手に上がると、試験官が慌てて結界を張った。


「おお……結構な火力ね。次!」


試験官は慣れた手つきで防御を施し、そのまま点数をつけている。


続いては氷の槍を何本も顕現させる者や、風のブレードを放つ者など、華麗な魔法を連発。激しい衝撃音や眩い閃光が続き、ブース周辺はまるで見世物のような賑わいだった。


「なんなんだよ、あれ……みんな派手すぎないか?」


ハルはその光景に思わず視線を泳がせ、小さく呟く。


ちょうどそのとき、ハルの斜め前に並んでいた小柄な少女が、突如大きな声を上げた。


「イオ・トールノです! いきます!」


オレンジ色の髪を肩より少し上で切りそろえた、元気そうな雰囲気の少女だ。

彼女は両手をぶんぶん振り回しながら、試験官に向けて一気に突撃していく。


「お、おいおい、まだ測定開始の合図を――」


「おりゃああー!」


試験官の声も空しく、イオは拳に青白い電光を纏わせる。

バチバチと火花を散らす雷のオーラが一瞬で辺りに充満し、髪の毛が逆立つほどの魔力が広がる。


「わわっ! 威力の調整をしなさい!」


試験官が警告を発するが、イオはまるで聞こえていないかのように雷鳴の一撃を放った。


「派手にいくよー! 雷神風車蹴りー!」


ドゴン、と轟音が響き渡り、青白い稲妻が石畳を焦がす。

電撃の余波で飛び散った破片が、近くにいた眼鏡姿の受験生めがけて飛んでいく。


「うわわわっ!」

「あ、危ない――!」


ハルはとっさに身体をかがめ、その眼鏡の少年の肩を掴むようにして1メートルテレポートを使った。

わずか1メートルの瞬間移動だが、それでも破片の軌道をギリギリ外れる位置へ二人ともずれさせることに成功する。


「ひぅっ……あ、ありがとう……」


青白い顔で胸を押さえる眼鏡の受験生。どうやら無事のようだ。


「ご、ご、ごめんなさいー!」


イオが慌てた様子で駆け寄ってきて、すごい勢いで頭をペコペコと下げる。


「いや、まあ、怪我人は出てないから……」


ハルはそう言って胸をなで下ろす。

眼鏡の受験生も「僕は平気だよ。ちょっと驚いたけどね」と笑顔を見せ、改めてハルに向き直った。


「本当に助かったよ。ありがとう、えっと……ハル、さん? 僕はヴェルン・ヴェルプレインっていうんだ」

「い、いや、こちらこそ……あ、ハル・アスターブリンクです」


お互い名前を名乗り合ったそのタイミングで、イオが申し訳なさそうにまた頭を下げる。


「ふたりとも、本当にごめんね。私、つい張り切りすぎちゃって……」


「大丈夫だよ、イオさん。結果的に誰も怪我しなかったし」


ハルがそう言うと、イオはほっとした表情を浮かべ……次の瞬間、すでに興味津々の顔つきに変わった。


「でも、キミ、いま避けるとき、なんかキラッってしなかった? もしかして、あれがあなたの魔法なの!?」


イオの目が好奇心で輝くのを見て、ハルは少し気圧されながらも「そうなんだけど、全然大した能力じゃなくて……」と控えめに答える。


そこへヴェルンが「じゃ、ハルさん、また後で」と言い残してブースへ呼ばれていった。


ヴェルンが手のひらを前にかざすと、空気がかすかに揺らめいて視界が歪む。


続いて地面から無数の木のツタが絡み合いながら生えてきて、それらが編み合わさり巨大な盾のような形を作り上げる。


他の受験生が炎や雷を派手に炸裂させる中で、ヴェルンの魔法はどこか穏やかで、それでいて確かな力強さを感じさせた。


「なるほど……植物を使う魔法使いか。見た目はおとなしそうだけど、かなりの実力者かも」


ハルは心中でそう思い、試験官も満足げにうなずいているのを視界の端で捉える。


「次の方! えーと、ハル・アスターブリンクさん。そちらへどうぞ!」


呼び出されたハルが、今度は列を抜けてブースへ進んだ。足がすくむような緊張感を覚えながらも、「今できることを」と自分を励まして中央へ立つ。


「魔力測定ですね。何か攻撃魔法や属性魔法をお持ちですか?」


試験官の男性が淡々とこちらを見つめる。


「え、ええと……攻撃魔法というか、僕の能力はテレポートで……」

「ほほう、テレポートですか」

「はい。移動系の魔法なので、派手さはないんですが……」


周囲の受験生からの視線が、一気にハルへ集まるのが分かる。先ほどイオやほかの受験生が雷や炎の大技を連発していた分、期待されているのか面白がられているのか、よく分からない空気だ。


「じゃ、じゃあ、お見せします」


ハルは意を決して身体を軽くかがめ、集中する。

足元からうっすらと光が立ち上り、次の瞬間スッと1メートル先に瞬間移動した。


「……えっ」

「お、おい、今動いたか……?」


あまりに地味なため、近くにいる試験官ですら、何か見間違えたかのように首を傾げる。


「えーっと……すみません、もう一回見せてもらえますか?」

「は、はい」


ハルはさらに1メートル先に瞬間移動。


周りがざわめいているのが嫌でも耳に入ってくる。

先ほどまで火柱があがり、雷鳴が轟いていた。そのあとに、たった1メートルの移動。

見映えはゼロに等しい。


「えーと……以上ですか?」

「は、はい……」


ハルは消え入りそうな声で答えるしかなかった。

試験官は苦笑いしながらメモを書き終え、「結果が出るまで待ってください」とハルを促す。


ブースを出ると同時に、あちこちからクスクス笑いが聞こえてきた。


「なんだよ、あれ……しょぼすぎるだろ」

「ふざけてるわけじゃないんだよな……?」

「よくあんなので受験する気になったよなあ」


ヒソヒソ話が嫌でも耳に入り、ハルは悔しさで拳を強く握る。

顔が熱くなるほどの恥ずかしさで、逃げ出したい気持ちに駆られた。


「はっはっは、マジかよ……歩いたほうが速いってやつ?」


不意に、金髪を後ろでくくった長身の青年がハルの肩を叩いてきた。

呆れたように笑いながら、さっきから見ていたらしい。


「なによー! そんな言い方ないじゃない!」


先ほどの雷の女の子――イオが横から口を挟む。


「たしかに、思ったよりちょびっとしか移動してなかったけど、いろいろ便利じゃない! 授業中に隣の友達が持ってるお菓子をパッと奪って戻ってくるとかできるじゃない!」


「いや、そんなことしたらダメだろ……」金髪の青年は苦笑する。


「あと、あと、部屋の端にあるリモコンを取るとき"ガシュン!”って近づいて取ったら、いちいち歩かなくていいじゃん! それに犬のフンを踏みそうなときに――」


「ありがとう、イオ。でも、もういいよ…」


ハルはイオの奮闘に胸が痛むほどだが、却って情けない気持ちになってしまう。

金髪の青年が急に真顔になり、雑に肩をすくめた。


「……まあ、そんなに落ち込むなよ。俺は意外と嫌いじゃないぜ、そういう地味なの。悪くはねぇかもしれないしな」


あまりフォローになっていないような気もするが、少なくとも悪意はないようだ。


「次の方ー!」

「お、俺の番か」


金髪の青年はそう言い捨てると、ツカツカと試験官の前に進み出た。

いかにも軽薄そうな態度で、襟元をはだけたまま片手をブラブラ振っている。


「ふっ。見てなって、俺の華麗な魔法を――」


名乗りもしないまま、左手をかざす。すると空気中の水分が光の粒子のように集まり始め、手のひらの上で小さな球体を形成していく。


やがて青年の全身ほどの大きさになったかと思うと、刀のような形になり、さらに何本もの水流に分裂して螺旋を描く。まるで水に意志が宿ったかのように踊りながら、クリスタルのように煌めいていた。


「すげえ……水をあんなに自在に操れるのか……?」

「まるでダンスしてるみたいだ……」


周囲の受験生からは感嘆の声が漏れる。


青年は片手でそれらをくるりと操り、一気に結界へ叩きつける。水飛沫が散ってブースの結界を濡らし、攻撃力というより“自在さ”で魅了した印象だ。


「名前は?」


試験官がメモを取りながら問うと、青年は軽い調子で答えた。


「ルーク・バスティオン。これでも水使いにはちょいと自信があってね。ま、よろしく~」


ルークはふんぞり返るように歩き去り、列から外れる。

ハルはあまりの差に、ただ唖然としてしまう。


「ふう、やれやれ。レベルが低すぎて話にならんな」


そんな軽蔑めいた声が背後から聞こえた。


振り返ると、先ほどの“光の剣”を掲げていた青髪の少年――ヒュレグ・エルヴェインが、鋭い目つきでハルを見下ろしている。


「特にさっきの1メートルのテレポートの奴は一体なんだ……? ふざけるのも大概にするんだな。学院の名を汚すなよ」


投げ捨てるような言い方で、鼻で笑う。

周囲の受験生たちも、ヒュレグの存在感に気圧されて黙り込む。


ヒュレグは右手を軽く振り上げ、再び光の剣を呼び出した。


「これが真の実力というものだ――はああああ…!」


眩い閃光を帯びた剣が、試験官の結界へ突き立つ。


カシュウッ……!


大きな衝撃波が周囲の空気を震わせ、ほんの数秒だけ広場を照らした。


「う……うわあ……」


その強烈なオーラに、後ずさりする受験生も出るほどだ。

試験官たちも一瞬手を止めて険しい表情でうなずく。


「これぞ貴族の名門にふさわしい力量……」

「やっぱりヒュレグ様の光剣はすごいな……」


ざわざわと人々の驚嘆の声が湧き上がる中、ヒュレグは満足そうに光の剣を消し去った。


「ふん、くだらん。超難関と聞いたが……雑魚が必死になったところで結果は変わらん。俺様こそが、この学院の頂点に立つのだからな」


高々と宣言すると、ヒュレグは悠然とブースを離れていく。その背中を見送りながら、ハルは改めて“世界が違う”という感覚を痛感した。圧倒的な才能、そして自信。そんな連中の中で、1メートルテレポートなど足元にも及ばない。


「……やっぱり、派手な魔法と才能が当たり前なのか」


場内を呼びかける試験官の声が、春風に乗って広場へと響く。ハルは地面を見つめながら、拳を強く握り締めたまま、その試験結果を待つしかなかった。

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