たった1mしかテレポートできない落ちこぼれ、超難関魔法学院で勇者を目指す!〜地味能力少年の学園×冒険ファンタジー!
成田勝平
1話 魔法学院への挑戦
「……1メートルだけテレポートできる? それ、歩いたほうが早くない?」
このセリフ、いったい何度聞かされてきただろう。
村の広場で遊んでいた時も、学校の練習試合の時も、そして今日、家を出る時も。
ハルは、生まれつきテレポートの能力を持っていた。
テレポートと聞くとカッコいい響きがあるかもしれない。
しかし、その能力は「1メートル先へ瞬時に移動できる」だけ。
いくら訓練を重ねても、移動距離が2メートルになることもない。
しかも「1mテレポートを使ったら、1秒間は再度使えない」という制約つきだ。
あまりに地味で使い道が見つからず、周囲からはいつも馬鹿にされていた。
それでもハルには、どうしても諦められない想いがあった。
幼い頃、祖父が読んでくれた一冊の本がきっかけだった。
***
「この本には、300年前に世界を救った勇者アシュレイの物語が書かれているんだ」
祖父は古びた本を開きながら、ハルの隣で静かに微笑んだ。
――"深淵の軍勢"と呼ばれる魔物の群れが、世界を覆い尽くそうとしていた時代。
そこに立ち上がったのが、アシュレイ・ブライトソードと呼ばれる一人の勇者だった。
彼は仲間と共に戦い、ついに魔物たちを封印。世界に平和をもたらしたのだという。
「ハル、おまえにも、きっと大切な誰かを守れる力がある」
本を閉じた祖父は、そうつぶやいた。
「でも……おじいちゃん、僕の力、地味だよ。他の子みたいに火とか雷とか使えたらよかったのに……」
弱気な声を出すハルに、祖父は静かに首を振った。
「力の大きさじゃない。それをどう使うか、誰のために使うか――そこに意味があるんだよ」
***
あれから何年も経った。
でも今でも、ハルの胸には勇者アシュレイへの憧れが強く残っている。
いや、正確に言えば「勇者アシュレイ・ブライトソード」みたいに、"世界を救う英雄"になりたいという夢が。
絵本や物語で何度も目にした勇者の姿。
最初は「かっこいいな」という憧れだけだった。でも今は、もっと強い気持ちがある。
いつか自分も弱き者を守れるような英雄になりたい。誰かの笑顔を取り戻す力になりたい。
たとえその力が、"1mテレポート"という地味なものでも――。
そう思うと居ても立ってもいられず、とうとう彼はこの場所へやって来た。
***
「すっごい人の数……」
ハルは初春の肌寒い風を受けながら、揺れるマントを押さえつつ前を見上げる。
そこには城砦のような荘厳な門がそびえ立っていた。
尖塔が幾重にも重なり、青灰色の石壁は百メートルはあろうかという高さ。
その門の先には広大な敷地が広がり、石畳の広場だけでもいくつもの競技場が入りそうなほどの広さを誇っている。噴水や庭園まであり、まるで一つの街のようだ。
ここは世界最高峰の名門――セイクリッド・ブライトソード魔法学院。
今日から一週間、この学院の入学試験が行われる。
合格枠は数十名。受験者数は数万人。倍率にしておよそ千倍……。正真正銘の超難関校だ。
その受験生たちが、今まさに広場にひしめき合い、まるで祭りのような熱気を放っている。派手な魔法のデモンストレーションがあちこちで繰り広げられ、かき鳴らされる喧噪が石畳に反響する。
「ようこそ、若き精鋭たちよ!」
広場の中央、試験官らしきローブ姿の男性が数名立っていた。そのリーダー格と思われる、長い白髪を後ろに束ねた壮年の紳士が杖を掲げ、朗々と声を張り上げる。
「私は本校校長のグレゴリ・クラウディスである! ここは伝説の勇者アシュレイが創立した学び舎、セイクリッド・ブライトソード魔法学院。己の力を示し、正しく使う術を学ぶ意思ある者のみが門をくぐれる。言わずもがな、狭き門だ。合格を勝ち取るために、全力を尽くすがいい!」
高らかな校長の宣言が広場にこだまし、受験生たちの緊張を一気に引き締めた。
ハルはというと、むしろ怯んだ気持ちで尻込みしてしまう。周囲には火や氷、雷、光などの派手な魔法を見せつける者ばかりで、自分の地味な“1mテレポート”がいよいよ霞んで見えるのだ。
「うわあ……やっぱり、すごいな」
呟くハルの耳に、急にかん高い笑い声が飛び込んできた。
「はっはっは! この俺様が次の勇者となるのだ。見届けるがいい!」
視線を向けると、豪華な衣装に身を包んだ少年――青い髪をオールバックにした美形が、光の剣らしきものを掲げている。
「我が名はヒュレグ・フォン・エルヴェイン! エルヴェイン家第三位当主にして、北方四州を統べる光の魔導士の血を継ぐ者なり!」
その少年、ヒュレグ・フォン・エルヴェインの一振りによって、まばゆい光線が空高く放たれる。遠目にも強大な魔力が注ぎ込まれているのがわかった。
「光魔法か……あれはすごい」
「ヒュレグ・エルヴェインだぞ! 貴族の名門出身で、めちゃくちゃ強いって噂だ」
「いや、本当かよ……もう派手すぎて笑えるわ」
周囲の受験生も、みんな口々に感嘆や冷やかしの声を上げている。
ヒュレグは周囲の反応に満足げな表情を浮かべると、剣を大きく振りかぶった。
するとその一振りから、まるで日の光のような眩い光線が放たれ、空へと伸びていく。
「ふん、これくらいの魔力制御など朝飯前。この学院にふさわしいのは、生まれながらにして才能を持つ、このヒュレグ・フォン・エルヴェインのような者だけだ! なにしろ俺は五歳にして光の剣を具現化し、七歳で北方魔法大会ジュニアの部で優勝、そして――」
延々と続く功績の列挙に、周囲からため息が漏れる。
「そして九歳の時と言えば、祖父から受け継いだ光魔法の秘伝書を暗記し、さらには――」
「まだあんのかよ…」「誰か止めろよ……」
ヒュレグ本人は周りの反応など気にも留めず、むしろ誇らしげに胸を張って語り続けていた。
さらに、その少し離れたところには、また別の人だかり。
銀髪のロングヘアの少女が静かに立っている。
「見ろよ。あれ、アリア・シルヴァリーフじゃないか?」
「うわあ、あの名門"シルヴァリーフ家"の…!」
「噂じゃ幼い頃から槍術の達人らしいぞ。去年の王都大会でも優勝したんだとか」
アリアは噂話に気付いたのか、一瞬だけ目を閉じ、小さくため息をついた。
「そんなに注目されるようなことではありません」
アリアは、周囲の視線に気付きながらも、淡々とした声で言った。凛とした声が響き、周囲の空気が一瞬で変わった。
「私も、皆さんと同じ受験生です。ただ…この学院の名に恥じぬよう、全力を尽くすだけです」
飾り気のない鎧風の制服を着こなし、風を纏った槍を手にしている彼女。
姿勢がピシッとしていて気品がある。その礼儀正しさの下に、確かな自負が感じられた。
「シルヴァリーフ……!」
ハルは思わず息を呑んだ。歴史書や物語で何度も目にした名前。
勇者アシュレイの信頼する仲間の一人、「天空の守護者」と呼ばれた風魔法と槍の使い手、ルフェリア・シルヴァリーフの末裔――。
「あ……れは別格だ……」
ハルはますます場違い感を覚え、すとん、と肩の力が抜けていく。
(これが……世界トップクラスの魔法学院か。みんな才能の塊みたいな人ばっかりじゃないか)
ハルの頭には、故郷で聞かされた声が蘇る。
「やめとけやめとけ。落ちるに決まってる」
「地味能力でそんな名門受けるとか勇気あるね」
……そんな偏見や嘲笑が、胸にズシリとのしかかる。
それでも、彼は唇を噛みしめ、小さくつぶやいた。
「……それでも、僕は諦めたくないんだ」
***
「それではただいまより、第一試験を始める!」
広場の中央で、白髪の壮年紳士――グレゴリ校長の声が高々と響き渡った。周囲の受験生たちが一斉にざわつき、緊張感が広がっていく。
「君たちには数日間にわたる試験を通して、それぞれの適性を見極めてもらう。まずは第一試験で魔力測定をはじめる! ここで大きく基準を下回った者は、その時点で不合格となる。各自、心して臨むことだ!」
バサッ――と鳶色のローブを翻して、試験官たちが何列ものブースを設営し始めた。
どうやら受験者たちは、各ブースで魔力の強さや精度を簡易的に測定されるらしい。
「うわあ……始まっちゃうんだな。早いな……」
ハルは人ごみの中で、しきりに鼓動が速くなるのを感じていた。
「おい、聞いたか? 第一試験だけで半分以上落とされるんだってよ」
「だよなあ……ここは世界最高峰の名門だもんな。甘くないってわけか」
周囲の会話が耳に飛び込んできて、ますます不安が募る。
だが、自分で決めた道だ。考えても仕方ない……今は前に進むしかない――そうハルは心の中で言い聞かせる。
「よし、行こう……!」
重い緊張感を抱えながら、ハルは列が進むままに一歩を踏み出した。
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