雪の日の不思議なタクシー

@anzurabu

第1話

 冬の街は静寂に包まれていた。銀色の雪が音を吸い込み、まるで時間そのものが止まったようだった。そんな街に、不思議なタクシーが現れるという噂があった。

そのタクシーは、雪の日だけに現れ、どこか普通のタクシーとは異なっていた。車体は真っ白で、積もった雪と見分けがつかないほど。窓には霜が降り、ぼんやりとした光が車内から漏れている。ドライバーは年配の男性で、深いシワが刻まれた顔には優しさとどこか懐かしさが漂っていた。


 大学生のかおりは、その日も夜遅くまで図書館にこもっていた。課題に追われ、時計を見た時にはすでに終電が過ぎていた。外に出ると、いつの間にか雪が降り始めており、足元は薄く積もった雪で覆われていた。

途方に暮れていると、一台のタクシーが静かに近づいてきた。まるでかおりを待っていたかのように止まり、窓が少しだけ開いた。

「どちらまで行かれますか?」

低く落ち着いた声に、かおりは思わず目的地を告げた。ドライバーは無言でうなずき、かおりを乗せたタクシーは静かに走り出した。

車内は暖かく、柔らかな音楽が流れていた。どこか懐かしい旋律に、かおりは少しずつ心を解きほぐされていく。窓の外を見ると、雪が深々と降り積もり、街並みはぼんやりとした白い世界に溶け込んでいく。

「こんな雪の日に、どうしてこんな時間まで?」

ドライバーがぽつりと尋ねた。

「課題が多くて、つい遅くなってしまいました。」

かおりがそう答えると、ドライバーは静かに笑った。

「若い頃は何かに夢中になるものだ。それでいい。」

その言葉に、不思議と胸が温かくなった。ドライバーは多くを語らず、ただ雪道を慎重に進んでいく。その間、かおりはいつの間にか居眠りをしてしまった。

「着きましたよ。」

ドライバーの声で目を覚ますと、かおりの自宅が目の前にあった。驚いたことに、道は雪で埋もれているはずなのに、タクシーが通った跡だけがくっきりと残っていた。

料金を払おうと財布を出したが、ドライバーは手を振ってそれを断った。

「雪の日の特別サービスです。また必要な時に呼んでください。」

そう言って、彼は静かに車を発進させた。かおりが振り返ると、タクシーは雪の中に溶け込むように消えていた。


 翌朝、かおりは昨夜の出来事を友人に話した。しかし、友人たちはそんなタクシーを見たことがないと言う。さらに調べてみても、その特徴に当てはまるタクシー会社は存在しなかった。

それでも、かおりは確かに覚えている。暖かな車内、優しいドライバー、そして不思議な安心感。あの日以来、雪の日になるとかおりはふとあのタクシーのことを思い出し、街を見渡すようになった。

そのタクシーは、きっと誰かが助けを必要とする時に現れるのだろう。まるで雪が運んでくる一夜限りの奇跡のように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪の日の不思議なタクシー @anzurabu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画