01(2). ありふれた技術災害(TD-1570-Ⅲ「悲願花」)
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結局、人はつながりから逃れられない生き物なのだと思う。
私は人づきあいが苦手だった。といっても人と関われないという意味ではない。私は他の多くの人と同じように、人と相対する中で、自分が何を口にし、どんな言葉を投げかけ、どんな心情を作り出し、どんな顔を表に出すことを期待されているのか、その場の空気から読み取る術を持っていた、と思う。実際、友達は数こそ多いとは言えないにしてもそこそこ親密な関係を築いていたし、両親ともよくやっていたと思う。
それでも時々、相手が何を期待しているのか探り合うコミュニケーションが、とてつもなく煩わしく感じることはあった。相手にとって心地の良い「私」を作り出す努力が苦痛に感じられた。なぜならそれが、ありのままの私など存在しない、無の上に作られた虚像であったから。どうせ人が感じる違和感や苦痛など他人に理解できるわけがないのに、さも分かっているかのように寄り添うふりをするのが、罪深い欺瞞であるように感じたから。
私がその技術道具を手に入れたのは、ちょうど高等教育学校の受験が迫った時期だった。文脈転写機と呼ばれる、いわゆるテレパシーを可能にするものと言ってよいだろうか。技術としてはそれほど真新しいものではないらしいけど、脳内で紡いだ言葉を直接、相手の頭の内に伝達する感覚が新鮮だった。
その頃私は、端的に言うと、悩んでいた。進路選択というのは、誰しもが自分の将来を決めることを否応なく迫られるイベントだと思う。この国で、いや、他の国でもそう変わらないだろうけど、幸福で満たされるための確実な選択の一つは、一級高等教育学校を卒業し、一級研究所で特異点技術を開発することとされる。友達は皆金銭あるいは社会的名誉を求めていたし、たぶん私もそうなのだと思う。それでも勝手なもので、親や先生、友達が、一級研究所を当然の目標であるかの如く口にするたび、もやもやとした感情が広がった。この選択は本当に私を満たしてくれるのか。人に相談することはついになかった。私だって人並みの憧れは抱いていたし、それより優れた進路が思いつくわけでもなかったから。
それでも、文脈転写機は私の虚しさを満たしてくれるように感じた。寝静まった夜、転写機の受信機能をオンにする。すると、夜の漆黒の中をたくさんの文脈が行き交っているのが分かる。多くは取り留めのない話、その中から適当なものを選んで会話に参加する。話すのは世間話や愚痴、せいぜい日頃の些細な悩みであったが、取り繕った笑顔も、大げさな感嘆も排した、人間同士が直接やり取りする感覚が心地よかった。
……分かってる。所詮は幻想だった。テレパシーとて、言葉で伝わるものはそれほど多くない。その時々の心情は、私が言葉にしようとした途端、原型を失ってしまう。結局のところ本質は変わらず、人は自分自身をあまねく表現することなど決してできない。
それでも、伝えてみたかった。私が確かに抱いているこの悩みと苦しみを。そして知りたかった。人が何に苦悩しているのかを。
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「これ、本当に封鎖されているのか? 人気は全くないが」
ダンカンが辺りを見回しつつ、疑問を呈す。規制用のホログラム投影機が無造作に置かれているのを見つけたが、肝心の治安当局の姿が見えない。先に到着しているはずの調査員も、一向に連絡が取れない。
「職務の半ばで何処かに消え失せた、といった様子ですね」
「三番街はこの先だよな。とりあえず近づいてみるか」
足を踏み入れるや否や、ダンカンは違和感に気づいた。自我が霧消するような、自分が自分でない何かに変形する感覚。自分の身体が、言葉で言い表せない、苦々しい何かで満たされる感覚。ダンカンはそれらが、精神汚染の類であることを知っていた。
頭の中で自分の行動を巻き戻す。支部を発つ前に、汚染防止フィルターの動作はチェックしたはずである。名前とは裏腹に、精神汚染を引き起こす諸々を取り除くにはやや心許ない代物ではあったが。それよりも、ダンカンはある技術道具の存在を思い浮かべていた。
「これか。うーん、どういうことやら」
文脈転写機。頭の中で作り出した文脈を他人の頭の中に直接伝送する技術道具。人の精神を符号化し、他人の精神に転写する特異点技術を用いている。尤も、現状は精神の転写には問題が多く、文脈の転写に限定して製品化された。一応は市販品だが、専ら量子通信に代わる手段として、機構や現地の治安当局者に利用され始めている。それを今、ダンカンは停止させた。
「おい、クロード……」
クロードが精神崩壊する前に今しがた発見したことを伝えようとしたが、何ともなさそうである。
「文脈転写機、切っていたのか」
「え? ああ、はい」
気づいているなら教えろよと、ダンカンは心の中でつぶやく。
さらに進むと、二人は例の
確認のため近づこうとする。直後、オブジェクトがその根をダンカンに向けて射出した。あわや串刺しにならんとする瞬間、切断された根が地上に転がった。
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