特異点技術収集機構
秋の香草
第一章:機構の論理
01(1). ありふれた技術災害(TD-1570-Ⅲ「悲願花」)
「さしずめ、私はあなたのファンといったところです」
「はあ?」
ダンカンは目の前の文書とにらめっこをしつつ、呆れた様子で返事する。
「技術」に関するあらゆる情報を収集し、「特異点」到達の一助を担う。機構の理念を実現すべく、調査官は日々膨大な量の文書業務に立ち向かっている。それはダンカンとて例外でなく、二十二世紀初頭において未だオフィスで書類仕事に忙殺される己の境遇を、今まさに呪っているところであった。
「ファンって。何のことだ」
「求める答えなど在り得ないと確信しているのに、なおもそれを探し求めるところ……。おっと、先ほどの、今日の夜飯はどこで食べるかという話ですよ」
「『鉄山楼』はこの前二人で食べただろ、物好きだな。中華以外にないのか」
この要領を得ない会話を、ダンカンはかれこれ20分もの間、目の前の男クロードと交わしていた。といっても、実際にオフィスにいるのはダンカンだけであり、クロードの姿はダンカンの認識空間上に投影されたものである。きっとクロードは自宅かこの支部のどこかにいて、業務の片手間に無意味な会話のボールをダンカンに投げつけているのだろう。
「ダンカン、いた! あと……クロードもいるのね」
しばらくして、二人の女がオフィスに入ってきた。いま声を発したのはマーガレット、赤髪をポニーテールにした新米の調査官であり、女性というよりは少女といった方が適当な出で立ちである。もう一人の方、少女の横に立っているのがセオドラ、少し髪が乱れているがきれいな黒灰色が目を引く。こちらは外見からクロードと同年代だと伺える。
「やあお二方、何か用ですか」
「あんたじゃないわよ!」
マーガレットがクロードを睨みつけるのを横目に、セオドラが口を開く。
「ダンカン、今から現地調査をお願いしてもいい?」
「かまわないが、内容は?」
「技術災害、場所はウィンドフィールド区の三番街。最初の通報は約二時間前。発見者は最初は頭部が植物に成れ果てた死体だと思ったらしいけど、その姿で動いていたからパニックになったらしくて。その間にも同じような姿の
ドキュメントをダンカンに共有しながら、セオドラが淡々と説明した。
「うん、調査員はもう現地入りしているのか? いいと言っておいてなんだが、現場指揮なら俺以外の調査官で良いんじゃないか」
調査官が現地に派遣されるケースは二つある。一つは現場の調査員を指揮して情報を収集する場合。もう一つは、調査官自らの手で業務を遂行する場合。ダンカンは後者を思い浮かべていた。
「現着したという報告があったきり連絡が来てないの。多分ミイラ取りがミイラになったんじゃないかしら!」
信じられない、呆れ果てたという口ぶりで、今度はマーガレットが答えた。
「マーガレット、そのたとえはひどいわ……」
「っとにかく、こういう場合はダンカンが一番うまく対処できるでしょう? お願いするわ」
「了解。どうせ今回も、どこかの企業だか研究所だかが、ろくな通知もせずに実験を実施したとか、そんなところだろうが」
ダンカンは気だるげに憶測を口にした。実際、ありふれた話である。技術に関する実験を行う際は必ず、機構に届け出をするのが決まりである。だが基本的に、守らないからと言って罰が下されるわけでもなく、後になって機構の調査により事の顛末が分かることも多い。
ダンカンの返事を聞き、セオドラがほほ笑んだ。
「ありがとう。今やってる報告業務なら私たちの方でやっておくから」
「さて、私も同行したいのですが、よろしいですか」
先ほどまで三人の会話を伺っていたクロードが割り込んできた。
「二人で? いいんじゃない、けどあんたの分は自分でやりなさいな」
ダンカンらが所属する機構支部はコンジェット区の一番街に位置しており、件のウィンドフィールド区とはざっと二十kmほどの距離がある。企業戦争以前は、都市内ではメトロが張り巡らされ、都市間では真空リニアが人や物を運ぶという輸送体系が整備されていた。だが今は違う。移動革命がなされた時代、各区域に整備された転送装置を介して、都市内のどこでも、あるいは異なる都市でさえ、瞬時に身を運ぶことが可能となった。
というわけで、ダンカンとクロードは、コンジェットの転送装置からウィンドフィールドに向かおうとしている。その道中、ダンカンがクロードに問いかける。
「何か気になることでもあるのか。まあ大体見当はつくが」
「もちろん。『技術』が身体に、見える形で影響を及ぼしたのであれば、興味が湧かない調査官はいないでしょう」
「直接調べたいほどの興味が?」
「ええ。おそらく今回の件、特異点技術が関わっています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます