騎士道なき世界で、武士道を語る

@SINNKAISAKANA

第1話 プロローグ あるいは エピローグ 

「俺は生まれる時代を間違えた」

竹刀が空気を切り裂く音が、静かに、そして力強く繰り返す。

幾度なく振るう竹刀に、頬から伝ってきた汗がかかっては、振り払われる。

物心がつく前から剣を握り、齢20にして彼に勝てるものはいなくなった。

天賦の才に愛され、そこに胡坐をかかずに磨き上げた剣の道。


それを焦がれるように■■■は見ていた。

病に侵された身では振るうことが叶わないと知っていて。

兄のようにはなれない分かっていて。


「俺には、武士道というのはよく分からない。仁、義、礼、誠、忠義、勇、名誉。これらで武士道は成り立っているという話は以前したな」


孟子に曰はく、仁は人の心であり、義は人の路、と。

他人を思いやる心である礼。

自らの言動に対して偽ることとがない誠。

自分の原点を知り、それを重んじる忠義。

義(正しいこと)を実行するための勇

名を尊び、恥じぬ生き方を求める名誉。


それら全てを兄はもっているように見えた。

何一つもっていない自分とは違って。


「俺はそのどれもをもっていない。俺がこれを振るっているのは、これしか道がなかったからだ」


「それは違うよ!兄さんは、兄さんは…!」

力強く否定しようとした結果、気持ちに体が追い付かず、咽てしまう。

言いたいことは纏まらず、喉の奥で絡まったまま。


落ち着いてから、言葉を紡ぐ。

「兄さんは、最高にかっこいい僕の理想の武士だよ」

何処までも真っすぐな憧れを抱いて。



そんな僕を、兄は■■■■■に見ていた。

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