だって女神じゃもん

へるきち

吾輩は女神である、まだ名はない

森の中、樹々の合間から穏やかに差し込む陽ざしと、穏やかな暖かい風に包まれ、メイドさんに膝枕されている全裸の幼女。


その様は、宗教絵画のようにも見える。


どんな宗教かは知らないが、きっと邪教だろう。


実際、これは宗教絵画に描かれるようなシーンなのである。何故ならば。全裸の幼女は、この世界に転生したばかりの女神なのだから。女神誕生の図、である。


どんな女神なのかは知らない。戦の女神なのか、あるい音楽の女神なのか、まさかの水の女神なのか。


ただの幼女にしか思えないのだが。先程も、小川で溺死しかけた。くるぶし程度の浅さの小川で。実に非力な幼女だ。メイドさんが居なければ転生して5分で死んでいた。


その貧弱女神が、他ならぬ我が身なのだ。なお、この世界、というのは地球とか現代日本といった視点から見れば、いわゆる異世界というやつである。


昨日まで50過ぎのおっさんであったはずが、目が覚めたら幼女で異世界転生。


初期装備は、ワンピースとパンツにサンダル。それだけ。「明日のパンツさえあれば生きていける」と言っていたのは誰だっただろうか?今のわしには、明日どころか、今はくパンツすらない。川で濡れてしまったので、すべてメイドさんに脱がされて木の枝に干されている。故の全裸。


メイドさんの方はというと。こちらもメイド服とパンツとブーツのみで、明日のパンツは無いそうだ。


明日のパンツも無ければ、小銭の1枚も持ち合わせて居ない。ここがどこなのかも分からない。人里を遠く離れた山の中ではあるようだけど。


メイドさんと相談の結果、まずは山を下りることにした。幸い目の前には川があるので、下流に向かって行けばよいのではないかと。服も乾いたようだし、行動を開始しよう。


メイドさんに服を着せられた後、その腕に抱きかかえらえた幼女は今、風を感じている。それも、ごうごうと強い圧力を感じる、超高速な風だ。進むうちに、樹々の密度はどんどん深くなり、昼なお暗く足元も荒れた森の中、凄まじいスピードで駆け抜けるメイドさん。


メイドさん曰く、この森には危険な獣の気配があるので急いで抜けます、とのこと。確かに、ぐおおお、とか、きええええ、とか不吉な鳴き声がそこかしこから聞こえてくる。


そんな、人の近寄らぬであろう森の中、地面に横たわる人の形をしたものが。


「力尽きた旅人でしょうか?何か役に立つをお持ちかも知れません。」


そう言って、スピードを落とし、それに近づいて行くメイドさん。この危機的状況においては、その合理的な発想は、頼もしい気もするけど。幼女の情操教育に良くないのでは?中身は、おっさんだけども。


近づいて見れば、大人と子供の2人連れの模様。既に白骨化して、身に着けたものもボロボロである。獣に荒らされたのだろう。案外、ここで倒れたのは最近なのかも知れない。大人は武装しており、鎧と腰に剣が確認できる。メイドさんは躊躇なく、腰の剣を剥ぎ取った。続いて、背中の革袋を奪い取り、中身を確認。


袋の中には、金貨や宝石がぎっちり詰まっているのが見える。まずは金策をどうしようかと小さい頭を悩ませていたのだが、一瞬にして解決してしまった。盗賊のような行いをしている気がするが、もうお亡くなりになっているのだし、落としものを拾ったようなものだろう。十分、犯罪である気がするが、背に腹は代えられないよね。


「せめて、埋葬しましょう。何があって、この地で果てられたのかは知りませんが。相応の事情があったのでしょうね。」


確かに、ここは到底人の来るようなところとは思えない。かなりの金品をお持ちだし、ただならぬ背景があるのだろう。もはや知る由もないが。


メイドさんは、幼女をそっと地面におろすと、「絶対に動かないでくださいね」と、言いつけて、鞘に納まったままの剣で地面を掘り返し始めた。用途に適した道具ではないと思うだが、さくさくと掘り進んでいく。やがて出来上がった穴に、2人をおさめると、土をかけ、少し盛った上に、子供の方が装備していた短剣を立てる。伝説の剣のような風情だな。


そんな簡易的なお墓に、ふたりで手を合わせる。


そして、再び幼女を抱いて走り出すメイドさん。やがて、樹々の隙間から開けた場所が見え隠れし始め、ついに街道らしきものが通った空間に出た。どうやら無事に森を抜けられたようだが、不穏な喧噪が聞こえる。


街道の先を見ると馬車が止まっており、その周囲で鎧で武装した護衛の兵士らしき数名が、悲鳴にも似た叫びをあげている。その視線の先では、熊らしき大型の獣が暴れている。獣は、丸太のような巨大な腕で、兵士を薙倒す。あっという間に、2人倒され、残り1名となった。陰になってよく見えないが、馬車の御者も既に倒されているようだ。


残りの1名と獣の間には馬車がある。回り込まれる前に逃げられると判断したのだろう、兵士は全力で走り出した。雇用主に対する忠誠心とかは持ち合わせていないのだろうか。見事な逃走っぷりである。


「お嬢様、アレスが逃げました」


馬車の中には、メイドさんがいる。金髪縦ロールだ。


「こうなったら、あなたが何とかするしかないわ」


幼女もいる。こちらも金髪縦ロールだ。金髪縦ロールの主従。初遭遇の異世界人、キャラが強いな。


「そうは言っても、武器が。」


「包丁があるじゃない。」


「熊を捌いたことは無いのですけど。」


助けよう。同世代の異世界人に遭遇できたのだ、是非とも有効を深めたい。あと、あの馬車に乗せて欲しい。


メイドさんも同じ想いらしく、こちらを見て軽く頷くと、獣に向かって走り出した。馬車に気を取られていた獣は、背後からの急接近に気付くのが遅れた。その頭が、こちらを振り返った時は、もう体とお別れしていた。


噴水のように血しぶきを上げ、倒れ伏す獣。もう動かないのを確認すると、幼女は地面におろされた。


「え?何ですか今の。太刀筋がまったく見えませんでしたが。」


縦ロールメイドさんが、驚いている。うちのメイドさん、こちらの世界の基準においても、どうやら規格外っぽい。


「ありがとうございます。お陰で助かりました。」


縦ロール幼女が、こちらに深々と頭を下げている。


「私は、クリーム・カステーラと申します。こちらは、メイドのアン。」


そう言って、じっとこちらを見る縦ロール幼女。お前も名乗れよということなのだろうが。そういえば、自分自身の名前が分からないぞ。わしの名は?メイドさんを見るが、首を振られた。どうやら知らぬらしい。


「わしの名は、わけあって明かせぬのじゃ」


結果、痛い子になってしまった。

しかし、縦ロール幼女のこちらを見る目は、痛々しいものというより、珍獣を発見した、というかのような。これはどういう反応なの?


「のじゃロリだわ。まさか実在するなんて」


え?この世界にも、のじゃロリなんて概念があるの?


「違うのじゃ。これは、わしの地元の方言なのじゃ。のじゃロリではないのじゃ。」


あれ?のじゃロリかな?十分のじゃってるね。のじゃロリ転生だよ。


「そうなの?そういえば、そんな言葉でしゃべる二人組のピエロが出てくる物語があったわ。確か、スシサンカン、だったかしら?」


え?なにそれ?この世界には寿司があるの?


「でも、のじゃロリが分かるなんて!そんな人に初めて会ったわ。本は、とても高価だから、読んでる人が少ないでしょ」


とても高価なのに、のじゃロリ出てくんの?どんな本なのそれ。


「私達は、首都ワワンサキに向かっているのだけど。あなた達は、どちらへ?」


どちらへ、と言われても。この世界の地理は全く分からないので、ここは乗っかっておこうか。


「わしらも、ワワンサキに向かっておるのじゃ」


「え?徒歩で?馬車でも、ひと月はかかる距離よ」


そんな道のりを、幼女とメイドが近所のコンビニにでも行くような軽装。不審者じゃないの、わしら。


「もしかして、あなたたち、、、」


何やら、勝手な解釈をしてくれている模様。メイドさんの腰の剣の鍔にある家紋らしき紋様を、じっと見ている。不審過ぎて、一周回って、妙なところに着地したのかも。


「そういえば」


と、メイドの方の縦ロールが口を開いた。


「北方の小国で、民主派による革命が起きたそうです。王族はみな粛清されたとのことですが、王女が1人、近衛騎士の手引きで逃げ延びた、という噂が」


その噂、おそらく事実だね。


この縦ロール主従は、我々をその王女と近衛騎士だと見なしたようだけど。ご本人達は、この森の奥で眠っていらっしゃるのではないだろうか。


その誤解は訂正しない方がいいだろう。我が実態は、王女よりもやばいシロモノだし。訂正したところで、事実を伝えることが出来ない。


「お願いなのだけど。ワワンサキまで同行していただけないかしら。見ての通り、護衛を全員失ってしまったし。報酬も渡せるわ」


話題を変えてきた。これ以上追求しないわ、ということなのだろう。


「こちらとしても助かるし。もちろん、いいよ」


報酬はともかく、足を得られるメリットは大きい。ひと月かかるのであれば、道中にこの世界の事情などを教わることも出来るだろう。


「では、早速だけども。アンと一緒に、遺体の片づけをお願いできるかしら。火葬は無理でも、せめて埋葬しておきたいわ」


これに頷く、うちのメイドさん。


「私達は、馬車の中で待っていましょう。」


縦ロール幼女に手を引かれ、馬車に乗り込むわし。


金品を得て、馬車という移動手段も得た。何よりも、同世代の友を得た。

ここまでは順調な気がする。

この先、一体どうなるのだろうか。

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