第8話
体育祭。
いよいよというか、来てしまったというか。
私の思いは無情にも届かず、非常に天気が良い。快晴という天気の観測は一部を除き無くなったらしいが、もし未だにあったならばこれはそう言っても過言ではない晴れやかな空だった。
にしても暑い。それはただ天気だけのせいではなくて、周りの空気というか、雰囲気が熱い。それら二つが合わさって余計暑く感じるのだ。
「絶対優勝するぞー!!」
「おー!!」
組みたくもない円陣。無駄に腕を捲ったりして筋肉を見せびらかしている男子。校則上ではダメだけど、こういう日ぐらいなら、ってバッチリ化粧をきめた女子。
別にダメとは言わない。勉強が得意じゃなく、こういう時ぐらいでしか活躍のない彼らも、オシャレをしたいのにやけに厳しい学年主任の目を掻い潜って楽しんでいる彼女らも、不満や鬱憤は晴らせるときにやらないといつかめんどくさいことになるのだから。
問題は、その青春に私を巻き込まないでほしいということ。例えば体育祭の練習期間は本当に憂鬱だった。口を開けば優勝優勝、勝ったところで何か貰えるわけでもないのにどうしてそこまで情熱的になれるんだろうか。競技の練習だけじゃなくて応援の練習まで放課後残ってやらされている時は流石に呆れた。
私からしたら十分上手にできているような踊りや声援は、彼らにはまだ何か足りないらしい。練習のしすぎで声が枯れている奴もいたが、いくら練習で沢山声が出ていても本番にそれじゃあ意味がないと思うのは私だけなのだろうか。
「ラジオ体操第一!」
聞き馴染みのある音楽と共に体を動かす。これから運動をするというのだから体を十分にほぐすのは大事なことだ。しかしこうも天気が良すぎるとこの段階で熱中症が出てもおかしくない。
その代表格でもある私が一刻も早く日陰に戻りたいと願っている中、私を苦しめている太陽と同じくらいの熱気を放っているクラスメイト達は今すぐ競技を始めたくてウズウズしているように見える。野球部なんて前の方に体操の見本として全員が行ってしまったからうちの科は他の科より特にガラガラだというのに、そんなことを微塵も感じさせないくらいには圧があった。
色々な熱に苦しめられながらもなんとかラジオ体操が終わった。早速競技が始まるので参加者以外はそれぞれの休憩場所に戻って行く。残念ながら玉入れは一番最初の競技であり、私は未だに太陽の元に晒されたままなのだ。
玉入れの準備が終わるまで入場口に待機していないといけない。先程までとは打って変わってさっさと競技が始まってほしいと思っているのは私だけではないはずだ。何故なら玉入れをやるのは基本的に運動が苦手な子、そもそも体育祭に興味が無い子などがほとんどだ。
周りを見渡せば今にも日陰に戻りたくてしょうがないっていう顔がズラリと並ぶ。きっと私も彼らと同じ顔をしているだろう。今か今かと競技が始まるのを待つ気持ちはクラスメイト達と同じ筈なのに、何故か休憩所に居る彼らの方がウキウキしている。なんなら自分達が競技に参加するのでは無いかと思うほど前のめりだ。
額に汗をかき始めた頃、太陽に苦しめられ非常に長く感じた準備時間はようやく終わり、入場のアナウンスがかかった。うちの学校は学年別で優勝が決まるので、当然学年別で競技をする。幸いなことに、玉入れは一年生が初めに行うことになっているのでさっさと入場し持ち場へ着く。
全員が持ち場へついてようやく競技が始まった。ぼーっと立っているわけにもいかず一応足元のボールを適当に投げ入れる。籠の方を見ないのはあんまり上を向くと日差しで目がやられてしまうから。籠があるだろう場所に拾っては投げ、また拾っては投げを繰り返しているうちに終了の合図がかかった。すぐさま計測員がやってきて玉を数える準備をする。
ところで、玉入れという競技の見せ場は正直玉を入れている間ではなく、その後のカウントダウンにあると思う。リレーや綱引き、騎馬戦といった主要な競技たちと違い、明確に誰が勝った負けたが数え終えるまで分からないからだ。そして一つ一つ籠から出して大きく玉を投げるカウント方式もまた目を引くだろう。特に籠の中身が見えず一体自分達がどれくらい入っているのか、また他のチームもどれくらいまであるのか分からないというのもまた一つドキドキ感をもたらせている。
延々と玉入れという競技の魅力について考えながら現実逃避していたが、今はまさにその見せ場の真っ最中であり、また、憎き太陽と睨めっこをしながら籠の周りで体育座りをさせられている。六科あるうちの三科は二十を超える前に玉がなくなり、今また一つの籠から玉が無くなった。残りはうちの科と電気科だ。もうすぐ四十近くまで数えられたが、この時点で私達が玉を入れていた時間よりも数えている時間の方が遥かにかかっている。
そういえば電子機械科と電気科がうちにはあるけれど何が違うのだろう。他にもデザイン、情報、普通科とあってそれは名前からしてイメージがつくけれど電子機械も電気も似たようなものではないか。機械は電気が無いと動かないし。電気科をより専門的にしたものが電子機械科なのだろうか。まあ、どうでもいいけど。
五十を超えたカウントは、電気科が五十二で全ての玉がなくなったようだった。結局うちの籠には五十八の玉が入っていたらしく、最後の一つを思いっきり高く投げて大歓声が上がったところでようやく玉入れは終了した。
朝からずっと望んでいた日陰に入り、水筒の中のお茶を一気に飲む。久しぶりの水分に身体中が喜んでいるのが分かる。玉入れが終われば暫くは休んでいられる。具体的には前半の間はずっと。応援合戦と学年種目はお昼休憩の後だからそれまでは涼しい場所に避難しよう。
かといっても流石にずっと陽に晒されていたので少しだけ休憩してから校舎の方へ移動することにしよう。しばらく手で自分を仰ぎながら雀の涙程度の涼しさを謳歌していると次の競技が始まった。どうやら借り物競走のようだ。これも運動が苦手な人たちがやりがちな競技だ。競争と言いつつも借り物を探す時間があるため足が速い必要性はそこまで無いからだろう。
もう十分休んだので移動しても良かったけど、なんとなくそのまま見ていた。三レース目くらいでここ一ヶ月の間よく見るようになった人物を発見した。彼女はお題の紙を拾い、そして開いた後少し止まった。どうやら頭を悩ませているらしく、つまりはそれなりに難しいお題だったのだろう。そんな彼女を見て真っ先に思い浮かぶのはあの教室。
「そうだ」
思わず声に出てしまったが、皆んな競技に夢中で誰も聞こえていない。あの教室だったら、丁度いいサボり場所になるんじゃないか。つくかは分からないけどエアコンはあったし、最悪窓でも開ければそれなりに涼しいだろう。
そうと決まれば早速、と重い腰を上げようとした時、レンと目が合った。彼女は一瞬だけこちらに向かう素振りをしたが、すぐ電子機械科のいる待機場所に体を向けて走っていった。もしかして私に何か借りようとしていたのだろうか。一応ルール的には他の科の人や物を借りるのはありだったはずだが。
まあ、どうでもいいか。どうしても私じゃなくてはいけないお題だったら来るだろうし、そうじゃなかったというだけだ。ますます強くなってきた太陽の陽から逃げるように校舎へと向かう。
その時、丁度レンがおそらくクラスの男子らしき人とゴールへ向かっていくのが見えた。足を止め、ゴールを見届けようか迷ったが、そうしたことで何かあるわけでもないと今度こそあの教室へと向かうため歩き出した。
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