第2憑 パソッカに取り憑かれた友人

 僧侶の栗林くりばやし天真てんしんは妖怪の専門家。ネットで依頼を受け、人ならざる者達によるトラブルを解決している。


 前回、栗林は依頼人ウリハラから「友人のムギノが何かに取り憑かれているかもしれない」と相談を受け、解決した。


 ところが、今度はそのムギノから「友人のウリハラが取り憑かれているかもしれない」と相談がきた。


 いったい、ウリハラの身に何があったのか? 栗林は急ぎ、ムギノと連絡を取った。


「お久しぶりです、ムギノさん。その後の調子はどうですか?」

「毎日が充実していますよ。卒業後の進路も決まりましたし」

「確か、メロンパン職人でしたよね?」

「えぇ。メロメロパンダフルのバイトは続けつつ、メロンパンの専門学校へ通おうかと。ちなみにウリハラは大学でもサッカーを続けたいと、スポーツ推薦で進学するそうです」

「そのウリハラさんが何かに取り憑かれたそうですね。どうせメロンパンの妖怪じゃないですか? 彼、メロンパンを心底憎んでいましたから」


 ウリハラと同じサッカー部だったムギノは、メロンパンの妖怪に取り憑かれたことでメロンパンにどハマりし、体重増加を理由にサッカーをやめてしまった。共に、サッカーで日本一を目指すと約束していたウリハラはひどくショックを受け、メロンパンを逆恨みしていた。

 メロンパンの妖怪は、メロンパンを軽んじる人間を決して許さない。ウリハラに取り憑くのは時間の問題だった。


 ところが、ムギノは「ウリハラに取り憑いているのは、メロンパンの妖怪じゃありません」とはっきり否定した。


「どうしてそう言い切れるんです?」

「だってメロンパンの妖怪なら、俺と一緒にいますから」

「メロンパン(訳:せやで)」

「当然のように、会話に入ってこないでください」


 カメラ通話に切り替える。ソファに座るムギノの隣には、身内づらしたメロンパンの妖怪がいた。


「成仏したんじゃなかったんですか?」

「ハハッ! メロンパァーン(訳:成仏? メロンパンが人気パンランキング1位を取るまでは消えられないよ)」

「この子、うちの店のイメージキャラクター……」

「イメージキャラクターなんですか?!」

「……のパンダフルちゃんの友達、妖怪メロンパンくんとして雇われているんです。今年のゆるキャラグランプリにもエントリーしたんですよ」

「ゆるキャラじゃなくて、本物の妖怪ですけどね。しかし今この場にいるからといって、取り憑いていない証拠にはなりませんよ」

「ウリハラがメロンパンの妖怪に取り憑かれていない根拠は、他にもあります」

「まさか、他のパンにハマっているとか?」

「惜しい。ハマっているのはお菓子です」


 パンではなくお菓子にハマるとは、どういうことなのか? ムギノは現在のウリハラの状況について、詳しく話し始めた。


「一週間前のことです。街を歩いていたらウリハラが突然、パ……なんとかというお菓子が食べたいと言って、空港へ走っていきました。その日はパスポートを持っていなかったので出国できなかったんですが、次の日もその次の日も、ウリハラは空港へ走ったんです。さらに飛行機がダメなら船、船がダメなら手漕ぎボート、しまいには泳いで出国しようとすらしました。びっくりしましたよ……ウリハラがピーナッツ色の水着を着て、朝日に向かって泳いでいたんですから」

「今、ウリハラさんはどちらに?」

「病院です。泳ぎ始めてすぐに横から泳いできた鹿とぶつかって、腕と肋骨を折ったんです。しばらくは動けないでしょうが、怪我が治ったらまた出国チャレンジするつもりだと思います」

「ウリハラさんは、どこへ行こうとしたんでしょうね?」

「分かりません。どうも日本語が通じないみたいで、ウリハラの両親も参っています」

「いっそ、行かせてあげればいいじゃないですか。たかが、お菓子のためでしょう?」

「行って、帰らなかったら? 来月には期末試験があるんです。いくらスポーツ推薦でも、赤点はタブー……それまでには絶対、ウリハラを正気に戻してもらいますから」


 ムギノの目は真剣だ。メロンパンに人生を狂わされた人間の言葉とは思えない。


 栗林もそうしたいのは山々だが、ムギノのときとは違い、ウリハラは完全に意識を乗っ取られている。無理に剥がせば、ウリハラの精神もダメージを受けかねない。最悪、廃人になるかも。


「ウリハラさんが探しているお菓子を渡せば、言うことを聞いてくれるかも。最近は通販でなんでも買えますからね……よっぽど珍しいお菓子でもないかぎり、すぐ手に入りますよ」

「お願いします。ウリハラを助けてください」


 まず、ウリハラが何のお菓子を探しているのか調べなくてはならない。分かっているのは、外国のお菓子で、頭文字が「パ」ということだけ。


 栗林は海外にもお菓子にも詳しくない。自力で調べるのは諦め、SNSで「〈急募〉パから始まる海外のお菓子といえば?」と質問を投げかけた。


 するとすぐに、他のユーザーからそれらしいお菓子の名前が大量に寄せられた。パイ、パンナコッタ、パウンドケーキといったオーソドックスなお菓子が並ぶ中、ある界隈のユーザー達は共通したお菓子の名前を挙げた。


「パソッカ? なんだ、パソッカって?」

「さぁ? でも、ウリハラが欲しがっていたお菓子の名前と似ている気がします」


 調べたところ、パソッカとはブラジルのキャンディーで、挽いたピーナッツ、砂糖、蜂蜜、塩から作られているらしい。日本ではあまりポピュラーではないようで、ウィ◯ペディアのパソッカのページに日本語版はなかった。


 そういえば、ブラジルは日本から見て南東に位置している。ウリハラが目指していた方角=朝日が昇る東に近い。


「にしても、この人達はどうしてパソッカを知っているんですかね? 彼らも取り憑かれているんでしょうか?」

「かもしれないな」


 なんにせよ、ウリハラがブラジルまで泳いででも食べたかったお菓子の名前は分かった。ムギノはウリハラにパソッカを与えてみると話し、栗林もパソッカを見つけたらムギノに送ると約束した。


  🥜


 三日後。二人は経過報告とウリハラの見舞いを兼ね、栗林行きつけのシュラスコ専門店で待ち合わせをした。ランチ終了間際で、客はまばらだ。


 二人の空気は重い。理由はハッキリしていた。


「パソッカ、見つかりました?」

「それが……ネットにも店舗にも取り扱いがなくて」

「私も片っ端からカ◯ディを回りましたが、どこも在庫切れでした。パソッカかと思ったら、きな粉棒の詰め合わせだったり。一応買ってきましたけど」

「本当だ! 細いけど、色味は一緒ですね」

「どうしてもパソッカが調達できなかったら、これをジャパニーズ・パソッカとしてウリハラさんに渡しましょう。一応、段ボール箱ごと買ってきたんで」


 店長のアントニオがシュラスコを切り分けに来る。メロンパンの妖怪は一本丸ごともらい、焼き鳥のごとく串から食べた。意外と肉食らしい。


「そういえば、シュラスコもブラジル料理でしたよね? お店でパソッカを扱っていたりしませんか?」

「まさか! ここは私の行きつけですよ? あったら、さすがに気づきますって。ねぇ、店長?」


 アントニオはニカッと笑った。


「アルヨ、パソッカ! ボクの私物ダケド」

「あるの?!」

「ぜひ、譲ってください! 俺の友人が食べたがっているんです!」

「イイヨ! 来週、ジッカに帰省スルカラ、マタ買ってくるシ」


 アントニオは一度裏へ引っ込み、派手なデザインの菓子袋を手に戻ってくる。中にはネットで見たまんまのパソッカが入っていた。アントニオが食べたのか、半分ほどしか残っていない。


 二人はパソッカを譲ってもらうと、早々にランチを済ませ、病院へ急いだ。「ウリハラに取り憑いている妖怪がブラジル出身なら、通訳になれるかもしれない」と、ディナーまでヒマなアントニオも連れて行った。


  🥜


「ウリハラ、入るぞ」


 ムギノが声をかけ、病室に入る。暴れるため、他の患者の迷惑になるからと、個室に入院させられていた。


 ウリハラは痩せこけていた。水以外、何も口にしたがらないらしい。全身は包帯でぐるぐる巻き、脱走しないようベルトでベッドにくくりつけられている。


「ウリハラ、今日はおみやげがあるんだ」


 栗林達が病室に入ると、ウリハラは動物のようにうなり、威嚇した。ところが、ムギノがパソッカを差し出すと、目の色が変わった。


「Paçoca! Paçoca!」


 ベッドを破壊しそうな勢いで暴れる。拘束を解いてやると、パソッカに飛びついた。


 床に座り、手づかみで爆食する。目には涙すら浮かんでいた。


「Pa……çoca……!」

「コレ……コレだヨ……! 言うてるネ」

「アントニオ、分かるのか?」

「発音のいいパソッカを連呼しているだけな気がしますけど」

「アレ、ボクの村ノ方言。パソッカー語。Paçocaダケで会話スル」

「へぇ。パソッカだけで会話する村があるなんて、世界って広いんですね」

「よく分からんが、今がチャンスだ!」


 栗林はウリハラの背中に両手を添えると、大声で叫んだ。


「アイドル握手会式・剥がしスタッフ流憑依体解除術『お時間です』!」


 見えざるナニかをグッと握り、思いきり振り降ろす。ベリベリッ! という異音と共に、ウリハラの背中から、えらく痩せ細ったピーナッツ色の生物が剥がれた。


「パソッカー!(鳴き声)」

「な、何だこいつは!」

「パソッカみてぇな色してやがる! ……いや、パソッカみたいな色ってなんだ?!」


 現れたのは、パソッカに手足が生えたような生き物だった。さしずめ、パソッカの妖怪とでも呼ぶべきか?


 パソッカの妖怪は、メロンパンの妖怪と目が合い、びっくりして飛び上がった。


「パソッカー?!(訳:何コイツー!)」

「メロンパーン?!(訳:こわー!)」

「お、新旧妖怪対決」

「しませんよ」


 メロンパンの妖怪も怯えている。同じ妖怪だが、コミュニケーションは取れないようだ。頼りになるのはアントニオしかいない。


 栗林はアントニオに視線をやった。


「アントニオ、訳してくれ。お前は何者なんだ? どうしてウリハラに取り憑いたんだ? 何が目的なんだ? と」

「パソッカー。了解デース」


 アントニオはパソッカの妖怪に、パソッカ語で訊ねる。


 が、パソッカの妖怪は再びウリハラに憑依し、パソッカー語で何やら脅してきた。


「アー……ウリハラ返シテ欲しくバ、モットパソッカ寄越セ。さもなくバ、コイツをパソッカで窒息死サセル……ダッテ」

「悪いがパソッカはない。代わりに、これを食ってくれ」


 栗林はパソッカの代わりに、大量に買い込んだきな粉棒をウリハラに渡した。


「Paçoca?(訳:何コレ?)」

「ジャパニーズパソッカだ。見た目も食感も原材料もまるで違うが、れっきとしたパソッカだ」

「ソレ、もう別モン……モガモガ」


 指摘しようとしたアントニオの口へきな粉棒を押し込む。パソッカの妖怪は恐る恐る、きな粉棒を口にした。


「Paçoca、Paçoca……Paçocaー!(訳:ふむ。たしかに見た目も食感も味も、我が故郷のパソッカとはまるで違うが、これはれっきとしたパソッカだ。なんだか雅さを感じる……おいしー!)」


 最後の「Paçoca」で歓喜し、きな粉棒を爆食する。どうやら気に入ってくれたようだ。


 パソッカの妖怪はお腹いっぱいきな粉棒を食べると、自らウリハラの体から抜け出た。


「パソッカ(訳:もう思い残すことはない。さっさと研究所へ連れて行け)」

「研究所? 何のことだ?」

「パソッカ! パソッカパソッカ!(訳:知らないとは言わせないぞ! そこの薄緑色のやつも、研究対象なんだろ!)」

「メロン? パン(訳:は? 違うが)」


 パソッカの妖怪は怒りをあらわに、自分の身に何が起こったのか語った。


 パソッカの妖怪はブラジルのジャングル奥地に住んでいた。そこはパソッカの妖怪達の楽園で、彼らのエサとなるパソッカが豊富に自生していた。


「パソッカって工場で作られているんじゃ……もがもが」

「それで?」


 ウリハラに憑依したパソッカの妖怪も、仲間達と共に何不自由なく暮らしていた。


 ところがある日、ジャングルを探検しに来た研究員に捕まってしまった。彼らは日本にある未確認生物研究所の人間で、世界各地で未確認生物を探しては、それらしい生物を日本へ持ち帰っていた。


 パソッカの妖怪も未確認生物として、ブラジルから遠く離れた日本へ密かに連れてこられた。どうにか研究所から脱出したものの、ブラジルに帰ることも、パソッカを食すこともできず、行き倒れ寸前だった。


 そんなとき、偶然ウリハラとすれ違った。ウリハラからは懐かしいピーナッツの香りがした。後日確認したところ、最近ウリハラがハマっていたおやつがピーナッツだった。


「パ、ソッカ……(訳:そうだ……人間の体を乗っ取れば、故郷に帰れるかもしれない)」


 パソッカの妖怪は最後の力を振り絞り、ウリハラに取り憑いた。弱った体は時間の経過と共に癒えたが、ブラジルに帰ることも、パソッカを食べることも叶わなかった。


「そんな事情があったなんて……」

「意外と悲しい過去を背負っていたんだな」


 パソッカの妖怪の話が終わると、アントニオは号泣しながら、パソッカの妖怪の手を握った。


「パソッカ妖怪サン! イッショニ、ブラジル帰りまショウ! ボクの実家、パソッカ妖怪サンのジャンゴーの近く! パソッカ、いっぱい食ベラレマス!」

「パ、パソッカ?!(訳:マ?!)」


 🥜


 その後、パソッカの妖怪はアントニオと共にブラジルへ帰国。無事、故郷のジャンルへ帰った。


 アントニオはパソッカの妖怪達を守るべく、集落の人達にジャングルの見回りを依頼。

 実はパソッカの妖怪はパソッカ村の守神のモデルとなった妖精だった。村の人達は「神様を守るためなら」と喜んで引き受けてくれた。


 肝心のウリハラは、パソッカの妖怪が抜け出たことで劇的に回復。期末テストが始まる前に退院し、赤点を回避した。


 そしてムギノがそうだったように、ウリハラもパソッカにハマった。長期休みのたびにブラジルへ飛び、パソッカを仕入れている。ついでに、パソッカ村を訪問し、アントニオの家族とパソッカの妖怪にきな粉棒をお土産に持って行っているそうだ。


「実はそれ、パソッカじゃないんだ」

「パソパソ……(訳:美味しければなんでもいい。お前も、美味しいからパソッカを食べるんだろ?)」

「……うん。何言ってんのか全然分かんねぇ」


 奇しくも、ブラジルはサッカー大国。ウリハラも地元のサッカー選手に刺激を受け、いずれはサッカー留学をしたいと考えているらしい。


 ウリハラが新たな一歩を踏み出した一方、ムギノは憤慨していた。


「ウリハラ、最近付き合い悪いんですよ! サッカーとパソッカに夢中で、全然俺に構ってくれないんです! 栗林さん、どうしたらいいと思いますか?」

「ムギノくんだって、メロンパンに夢中だろう? お互い様じゃないか」

「メロパ(訳:それな)」

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ネット僧侶・栗林天真の憑き物落とし 緋色 刹那 @kodiacbear

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