文芸部には女子がいない!
名無し部長
第1話 日常
「秋だなぁ」
窓の外で風に吹かれて散っていく紅葉を見ながら、しみじみと一人感傷に浸る。
冬服を着るにはまだ暑いが、朝晩はずいぶん冷え込んできた。
遂に今春できたこの文芸部にも過ごしやすい季節がやってきたのだ。
今思えば長い夏だった。
部長会で「経費削減のため文科系部活はエアコン使用禁止‼︎」などと理不尽極まりない命令を出されてから、あれやこれやと暑さを凌ぐ工夫をしてきたが、やっとそれからも解放されるのだ。
ああ、本当に長かった……シクシク
「「
一人で風流な世界に浸っていた俺は、バカ二人組の声で現実に引き戻される。
「何が?」
彼らに聞こえるように大きく溜息をついてから、窓の向こうから彼らに視線を移した。
「これだよ、これ」
少し季節外れな露出の多い水着を着た女性の写真が二枚。
片方がショートボブで、もう片方がポニーテールだった。
それだけで、俺はこの後の質問を理解する。
「どっちが好みだ?」
興味津々に俺の目を覗き込む二人。いつものことだ。
こんな男子トークもたまには楽しいが、さすがに毎日はうんざりしてしまう。
俺はもう一度溜息を向いて、そっぽを向きながら答えた。
「右」
「はぁ⁉︎左だろ」
キレる山伏。
「いやー、さすが部長。分かってる〜」
喜ぶ
これがいつもの文芸部の光景である。
そして、大抵この後は下校時刻まで「理想の女性トーク」が始まるのだが————
「ふふふ、学校にグラビアを持ってくるなんて良くないね」
突然背後から声をかけられ、全員が飛び上がる。
素早く後ろを振り向くと、いつの間にか先輩がいた。
この人は忍びか何かなのだろうか。
扉に背を預けながら、凛々しく立ち振る舞うこの女性は、本学校の生徒会長の一橋会長である。文武両断、頭脳明晰。初の女子生徒会長でありながら、生徒からの信頼が厚く、会長選挙では二位と大差をつけて、勝利を収めた。そんな一見非の打ちどころがない彼女なのだが————
「会長が言えたことじゃないでしょう……」
そう、この先輩は文芸部の部室獲得を手伝ってくれた代わりに、自身のBL本を勝手に部室に置いていくような腐女子なのである。
「ふふふ。綾野君。BLとグラビアを同じと思っている君はまだまだだね」
会長は、勝手に部室内の奥の席に腰掛け、壁沿いの本棚から一冊の文庫本を取り出す……と見せかけてその奥に隠されたBL本を手に取り、読み始める。
僕は大きく溜息をつき、やれやれと言った様子で書きかけの原稿を鞄に詰めた。
この先輩がやってきた時点で、執筆が捗るはずがないのだ。
気づけば、横では山伏と村林が再び争っている。
「一橋会長、また業務サボったんですか?」
会長は本のページを捲りながら答える。
「ふふふ、サボったとは失礼だな。ちゃんと、部下を信頼して任せてきただけだよ」
最低だなこの先輩。
本当にこの会長で大丈夫なのだろうか、この学校。
「牧野がうるさくてね。やれやれ人気者は困るよ」
いや、仕事しろよ。
本当にどうして、この部活には真面目な人間が来ないのだろうか……
そんなことを会長と話していると早速、お迎えがやってきた。
「会長‼︎こんなところにいらしたんですか!」
小さな女子が息を切らしながら、部室の扉を強く開ける。
「おお、牧野。早かったな」
「探したんですよ、明日の部長会の書類でお聞きしたいことがあって」
彼女の名前は牧野さん。会長側近の生徒会役員である。この腐女子会長を立派に見せている一番の功労者であり、雑務も文句を言わずにこなす真面目な子なのだが、この先輩の腹黒さに気づいていない可哀想な子なのである。
「すまないが、少し後にしてくれ。今、明日の部長会の準備で忙しくてな」
明日の資料には、BL漫画が刷られでもするのだろうか。
「そうでしたか。お邪魔してしまい、申し訳ありません。では、また後ほどお伺いします」
牧野さんは僕達にもペコペコと礼をしながら、また走って行ってしまった。
本当に律儀な子である。
会長も少しもあの子を見習えば良くなるのだろうが。
会長に冷たい視線を送ると、それに気づいたのか、やれやれといった様子で、溜息をついた。いや、お前がだよ。
そういえば、明日は部長会議か。発表のために今晩中に活動報告書をまとめておかねば。
そんなことを考えていると、下校時刻前のチャイムが鳴る。
山伏達は、討論が終わったのか意気投合した様子で肩を組んでいた。
「もうこんな時間か。それでは、これで失礼するよ」
会長は手慣れた手つきで本を戻し、席を立つ。
「いつ入部するんですか?」
逃げる生徒会長に背中越しに問いかける。
「すぐに入部届を提出するよ」
これは絶対に出さないな。
会長は手を振って、部室を出て行った。
僕は、先輩を見送ってから山伏達と席を立つ。
外はもうすっかり暗くなっており、全員で笑い合いながら帰路についた。
*
おまけ
「このグラビア、一年前のじゃん」
「ああ、親父の書斎の中に隠れてた」
「いや、取るなよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます