弾の補給場所はすべて敵に押さえられているので、現在の残弾だけで決着をつけなければならない。カイは自分のハンドガンを差し出すと、ヒカルの肩にかかっているアサルトライフルを意味深に指差した。

「どういうこと?」

「俺のハンドガンはお前が使え。その代わり、お前のアサルトの残弾を全部よこせ」

 カイの考えはすぐにわかった。ジャッカル狩りを達成するには、どうしてもオハラがいる敵の本丸に飛び込まなければならない。激しい交戦が予想されるが、そうなってしまうと残弾に余裕がないヒカルたちの勝機は皆無だ。だからこそカイは、非常に危険だが今の残弾でも充分可能な、超短期決戦という大博打に出るつもりらしい。

 彼は単身、アサルトライフルを派手にぶっ放しながら敵陣に突入する腹づもりだろう。そうやって敵を引きつけておいて、ジャッカルを狩る決定的な隙を作り出す。ハンターは息を潜めて敵陣に忍び寄り、隙に乗じて一瞬のうちにジャッカルを仕留める。それが二挺拳銃を携えたヒカルの役目というわけだ。

「渡せないよ。そんなことをしたらカイは確実に蜂の巣だ」

「じゃあ他にどうしろと? ここは浄化の炎に包まれた煉獄。こうするしかないことくらい、ジャッカル狩りを決めた瞬間からわかっていただろ?」

「それなら僕がやる。ジャッカルはカイが仕留めろ」

 そう言って怖いくらいの真顔になったヒカルを見て、カイは小さく吹き出した。

「だったらアリサはどうする。お前は蜂の巣になったあと、どうやってあいつを守ってやるんだ?」

 返す言葉もない。カイのさりげない優しさに胸がよじれた。

 ヒカルとアリサと、そしてカイは、幼稚園に通っていた頃からの長い付き合いだ。そうやって男女が共に長い時を過ごせば、友情はときに恋心に発展することもある。

 ヒカルとカイも御多分に洩れず、成長して自分たちと同じではなくなったアリサに恋をした。二人は一年前、どちらがアリサにふさわしいかを決めるためのある約束を交わした。それは一か月後に雌雄を決し、その勝者がアリサに想いを打ち明けるという取り決めだった。

 アリサにふさわしい男の条件。二人にとってそれは、どんなことがあっても彼女を守り抜くという信念と愛情、そしてそれを可能にする力を備えていることだった。勝者を決める戦いの種目はアームレスリング。種目はもちろん二人でよく考えて決めた。

 目に見えない心の部分は当然二人とも持っているし、そもそも比較して勝敗を決められるようなものでもない。それなら残る条件である力で決着をつけようとなったのは、当然の流れだった。

 一か月後、二人は限界まで鍛え抜いた片腕に己の運命を託した。そして見事に未来を勝ち取ったのは、生まれつき身体が大きく体力で優っているカイだった。

 自身の無力を呪う自分の前で、カイは狂喜の笑みを弾けさせているに違いない。ヒカルはそう思い、俯いたまましばらく身じろぎすらできなかった。しかしようやく顔を上げた彼の前に立っていたのは、口を真一文字に結び、神妙な顔をして自分を見つめている幼馴染だった。

 カイはたった今打ち負かした無二の幼馴染に、自身の覚悟を伝えようとしている。ヒカルはすぐにそう察した。今回の勝者は勝ち取った自分の未来と共に、叶えられなかった友の思いも背負うことになる。笑顔を見せず一度だけ小さく頷いたカイは、そうやってこの澄み切った静寂にヒカルの思いを受け取った証を刻んだに違いなかった。

 しかし運命とは皮肉なものだ。満を持して告げたカイの想いは、受け取られないまま永遠に彼の胸の中にしまわれることとなった。ではアリサにはすでに意中の人がいたのかといえば、どうもそういうわけでもないらしい。カイは自分にとっていつまでも仲の良い幼馴染であり、それ以外の目で見ることはできない。それが彼女の答えだった。

 アリサの真意はどこにあるのか。それは本人以外、誰にもわからない。カイに伝えた返事は嘘偽りない気持ちだったのかもしれないし、何か意図があって固辞したとも考えられる。ただ、彼女がカイの想いを退けた返事は、同じ幼馴染であるヒカルにもそっくりそのまま当てはめることができる。そのことだけは紛れもない事実だった。

 カイは自分がフラれたあと、しきりにヒカルの後押しをするようになった。しかしヒカルはいまだに、彼女に想いを告げられずにいる。無理もない。同じ幼馴染の自分が、カイと同じ言葉を突きつけられない理由などどこにもないのだから。

「心配すんな。俺はカトリック教徒の息子だぞ。母ちゃんが毎日熱心に祈ってくれているんだ。煉獄だってきっと乗り越えられる。だから頼む。お前はアリサと、俺たちの大切な領土を守り切ってくれ」

 ヒカルは時を惜しむかのようにゆっくりと頷くと、カイに手を差し伸べた。

「必ず、無事に戻ってきてくれ」

 照れ臭そうに頭をかいたカイは、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべてヒカルの双眸そうぼうを見据えた。カイの両手がおもむろに伸びてきて、ヒカルの手を熱く包み込む。二人は固い握手を交わしたまま、澄み切った視線を重ねて互いの無事を祈り合った。

 ヒカルのアサルトライフルを受け取ったカイは、手際よく弾の補充を済ませて立ち上がった。これで少なくとも十五秒は掃射し続けることができる。それだけの隙があれば、身軽なヒカルが人知れずジャッカルを仕留めることも不可能ではない。


 そのとき、遠くから女性の悲痛な叫び声が聞こえてきた。落雷のような衝撃がヒカルの全身を貫く。教会の裏に座り込んでいた身体が、激しい痛みを感じたときのようにびくりと波打った。

「あの声、まさか……」

 ヒカルがそう呟いたとき、二人はすでに教会裏を飛び出して路地を疾走していた。叫び声の主と、その理由は見当はついている。だとすると、向かう先はあそこ以外には考えられない。

 二人は町の中心にある公園の入り口で足を止めた。広々とした敷地内に様々な遊具が設置されている、この辺りでは最も規模が大きい公園だ。

 こんもりとした植え込み越しに公園内を覗き込むと、大きな東屋の前で小競り合いをしている数人の男たちが確認できた。そして視界の端には、敵兵に囲まれて連行されていく白いワンピースの女性。ヒカルの血の気がみるみる引いていく。あのワンピースには見覚えがあった。敵兵に囚われているのは間違いなくアリサだ。先ほどの叫び声の主も彼女で間違いない。

 屋根付きの立派な東屋の奥では、満足げな笑みを浮かべたオハラが踏ん反り返っている。アリサはそこに連れ込まれ、オハラの傍に座らされたようだ。明らかにヒカルたちをおびき出すための拉致。自責の念が濁流のように押し寄せる。今は黙って奥歯を嚙み締めるしかない自分があまりに恨めしく、一刻も早く狩りをやり遂げなければ頭がどうにかなってしまいそうだ。

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