第3話

上司に呼び出されて向かった会議室には、すでに数名の同僚が集まっていた。部屋の中央に設置された大きなテーブルには、資料が整然と並べられ、プロジェクターが準備されている。いつもの定例会議とは違い、今日は新しいパートナーとの顔合わせが予定されていた。

佐藤が席に着くと、上司の田中部長が資料を配りながら話し始めた。「今日は、エリックソン社との共同プロジェクトについて話をする。これが我が社にとって非常に重要なビジネスチャンスとなる。しっかりと対応してくれ。」

エリックソン社は、外資系の大手企業で、日本市場への進出を積極的に進めている。彼らとの共同プロジェクトが決まったことで、社内の期待も高まっていた。会議の内容がいつも以上に緊張感を帯びているのを感じた。

しばらくして、会議室のドアがノックされ、田中部長が「どうぞ」と言うと、エリックソン社のスタッフが入ってきた。数名のビジネススーツ姿のスタッフの中に、一人、見覚えのある女性がいた。佐藤は瞬間的に心臓が跳ね上がるのを感じた。

彼女だった。あの夜、酔いつぶれて階段の裏で裸でいたあの若い女性。彼女の名前はリー。彼女はエリックソン社の担当者として、このプロジェクトに関わるために日本に派遣されてきたのだ。リーは淡いグレーのスーツに身を包み、堂々とした態度で会議室に入ってきた。

「はじめまして、エリックソン社のリーと申します。今回のプロジェクトを担当させていただきます。」彼女は流暢な日本語で自己紹介をした。まるで、あの夜の出来事が幻だったかのように、その姿は冷静で落ち着いていた。彼女が佐藤に視線を向けるとき、その目には何の感情も浮かんでいなかった。

佐藤は内心の動揺を必死に抑えながら、平静を装った。田中部長がプロジェクトの概要を説明し、リーがそれに続いて具体的な計画について話し始める。彼女の声は落ち着いていて、プロフェッショナルな響きを持っていた。その言葉一つ一つが、彼女のエリートとしての自信を感じさせた。

「我々の目標は、日本市場でのブランド認知度を高めることです。そのために、皆様との協力が欠かせません。」リーのプレゼンテーションが進むにつれて、会議室の空気が引き締まるのを感じた。彼女の言葉は的確で、資料の説明も論理的だった。同僚たちも彼女の話に引き込まれ、メモを取る手を止めない。

佐藤は、心の中で何度も問いかけた。彼女は本当にあの夜のことを覚えていないのだろうか。あの衝撃的な出来事を、彼女が完全に忘れてしまったというのか。それとも、ただのビジネスの場面として、あの夜のことをなかったことにしているのだろうか。

会議が終わりに近づいた頃、リーが突然、佐藤の方を向いて話しかけた。「佐藤さん、この部分についての詳細を後で教えていただけますか?」

佐藤は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。「はい、もちろんです。」

会議が終わった後、他のメンバーが退室する中で、佐藤はリーに声をかけられた。「佐藤さん、少しお時間をいただけますか?」

彼女に誘われて、佐藤は会議室を出て廊下の一角に向かった。心の中では、彼女が何を話すつもりなのか予想もつかなかった。廊下の隅に立ち止まると、リーは軽く笑みを浮かべて佐藤に向き直った。

「今日はありがとうございました。初めての顔合わせで少し緊張しましたが、皆さんのおかげでスムーズに進められました。」彼女の笑顔はどこか人懐っこく、プロフェッショナルなものだった。

佐藤は、彼女があの夜のことをまったく覚えていないことを悟った。彼女にとって、あれはただの一夜の出来事に過ぎなかったのかもしれない。もしくは、意識を失っていたために記憶がないのかもしれない。どちらにしても、彼女がそのことに触れる様子は一切なかった。

「こちらこそ、ご協力ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。」佐藤はできるだけ平静を装い、リーに応じた。

その瞬間、佐藤の心にわずかな安堵が広がった。同時に、あの夜の出来事が本当に夢の中の出来事だったのではないかと、彼自身も思い始めていた。リーが再びプロフェッショナルな笑顔を見せると、佐藤は深呼吸し、彼女と共にプロジェクトの次のステップについて話を続けた。

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