それでも私は間違える。
久米鱈 鯛子
第一章プロローグ 焼殺
――――私は今、生きながら焼かれている。
広々とした何もない白い空間に、台座が置かれただけの処刑場。そこで私の手足は鎖で固定され、四方に引っ張られながら寝かされていた。
初めは腰辺りからの着火だった。原理も分からず発現した火の玉が降ってきて、その火種は徐々に火力を増した。めらめらと、高く、広く、燃え上がっていく。それでも私はその場から動くことを許されず、制服に燃え移ってしまった炎の熱を直に感じていた。
――そう、制服。私は今、日々着慣れた高校の制服を着ている。線の細いチェック柄のスカートに学校指定のワイシャツを着て、その上から茶色を羽織るブレザータイプ。胸元には大きなリボンを携えて、そこにローファーやカバン等を合わせれば立派な女子高生の完成である。この辺りでも屈指の名門と呼ばれるその高校の制服が可愛くて、私は多大なる勉学と共にその学校への入学を決めたのだ。
……だが、そんな私の汗と努力の結晶であるそれはいとも容易く灰になっていく。シャツとスカートの繫ぎ目から広がる熱はどんどんと勢力を拡大し、その布の下にあった私の皮膚を爛れさせた。多分な水分と油分を含んだ女子高生の肌を犯し、熱と乾燥と言う名の針で無限回に突き刺される感覚を味わう。
熱い、熱い痛い、熱いッ――――。
全身の筋肉を強張らせ、私を責め立てる真っ赤な火。それによる痛みは永遠に感じられる程長く、されど火炎自体はあっという間に全身に駆け巡った。下半身もさることながら、より苦しさと恐怖を感じたのは私の上側。腹から急速に立ち込める熱気と煙に煽られ、即座に食道と肺が焼かれる。しかも私の長い髪が体の下に敷かれているからか、それに移った火がちりちりと音を立てて自身の背中を更に焼く。
「っ――ッア…かはっ……」
急激に舞い上がる火の手によって、私は炙られる。燃え始めはあんなに声を上げて、泣き叫んでいたのに。今では喉を焼かれ、加えて発火による酸素不足で声も上げられない。燃えているのに、まるで溺れるような体験。引っ張られる四肢に反抗するように身体を必死に反らせて、私は苦しさと痛みから逃れようと藻掻いた。途中失禁し、また熱による皮膚の急激な収縮により発射された体液がぴゅっと弧を描いた。
だが、その場に置いて恵みとも取れるそれらの水気は瞬時に蒸発し、無慈悲にも消え去って行く。
なんで……何で私が、こんな目に……。
耐えがたい苦しみ。悶える程の痛み。そんな恐怖が自身に降りかかることへの理不尽を、彼女は嘆く。されどその声は誰にも届かず、音にもならない。聞こえるのは少女の微かなうめき声と、ごうごうと火が猛っている音だけ。加えて柔らかくジューシーな肉が焼ける匂いであるが、それも段々と深みが増して最後は苦くなる。臭い。
私は……何が、いけなかった。何をすればよかった。何で、何が、なんで――――早くして。
既に炭化し始めている自身の身体を自覚し、彼女は思う。どうしてこんなに苦しいのに、痛いのに、”死ねない”のか。もうとっくに終われている筈なのに、どうしてこの地獄は続くのだ。これもまた、アイツの仕業か――いや、今はそんなことはどうでもいい。もう、この熱から逃げることも、意識を失うことも許されないならば……せめて、早く殺して欲しい。
そう、切に願った彼女は水分を失いもはや何も映さぬ眼球で見据える。ぼやけた視界の先で、何やら文字のようなものが浮かび上がるのを。神の意志か、それとも誰かの悪戯か。どっちにしたってタチが悪い。性格が悪い、境遇が悪い、世界が悪い。悪い悪い悪い、全部あいつが、アイツが悪い!!
もはや何故悪意が生まれるのか、その理由すら定かでは無い。しかしそれは無慈悲にも突き付けられる現実で、避けようのない真実。だが、その真意を理解する前に彼女……
――――――『次は、違えるな』
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