初参加

 凌たちと昼食を共にした後、遥はアップがてら走って寮へと戻りウェアとトレーニングシューズを手に取ると再び学校のグラウンドへと戻った。

 凌から事前に伝えられていた場所へ向かうと、グラウンドでは上級生と思われる生徒がウォーミングアップを始めており、新入生と思わしき集団はグラウンドの端のほうに集まっていた。その中に凌を見つけたため、遥は声をかける。


「お待たせ――今どんな状況?」

「早かったな――さっきキャプテンに新入生はここで待つように言われた。もうすぐ監督も――」


 そんなことを話していると校舎のほうから監督と思わしき教師と、ポニーテールが似合っている女生徒がこちらにやってきた。


「お待たせしてしまったかな――朱里じゅりさん、キャプテンを呼んできてもらってもいいですか?」

「わかりました!」


 朱里と呼ばれた女生徒は快活そうに返事をするとグラウンドへ駆けていき、上級生の中でもひときわ体が大きな生徒を引き連れてこちらへ戻ってきた。

 そして遥ら新入生の前に3人が立つと、まずは体のひときわ大きな上級生がその体躯に違わぬ大きな声で話し始めた。


「みんな!まだ仮入部期間も始まっていないというのにこうして練習に参加してくれてありがとう!俺は3年でキャプテンの牧村康太まきむら こうただ。こちらが監督兼顧問の数原かずはら先生、それからこっちがマネージャの牧村朱里だ――苗字でピンときたかもしれないが、俺の妹だ」


 康太は数原と朱里をそれぞれ手で指しながら遥たちに紹介する。康太の簡単な説明が終わると今度は数原が一歩前へ出て新入生に対して自己紹介を始めた。


「今キャプテンから紹介に預かった、顧問兼監督の数原です。知っている方もいると思いますが、私は経験者ではないので練習は皆さんが主体で行ってもらいます。私はデータを集めそこから最適な練習でしたり、戦術を皆さんに提供する――そのような役割分担となっています」


 数原はそこで一呼吸置くと話を続ける。


「そして、キャプテンである牧村くんをはじめ、今の2、3年生と一緒に決めた今年の目標は東海プリンスリーグへの出場です。つまり、G1リーグを2位以上で終了し、その後のプレーオフで勝利することが求められます。そのためには君たち新入生の力も当然必要になります」


 数原の言葉に新入生は多種多様な反応を浮かべる。緊張や恐怖心を浮かべるもの、不敵な笑みを浮かべるもの、闘争心溢れるもの――そんな中遥と、もう一人の新入生は高校サッカーに関する知識が足らなさ過ぎて、数原の言う目標の意味がよくわからず頭に疑問符を浮かべていた。


「春休みの間に来てくれている子も何人かいるけど、改めて自己紹介をしてもらってもいいかな? 仮入部期間が始まったらもう少し入ってくるかもしれないけれど――今ここにいる君たちはすぐにでもデータを取って戦術の計算に組み込みたいからね」


 すると真っ先に凌が一歩前へ出ると、教室での自己紹介とはうって変わって大きな声で自己紹介を始めた。


「山田凌です!名古屋FCのジュニアユース出身、ポジションはゴールキーパーです。目標は――東海プリンスリーグで名古屋FCのユースに勝つことです」

「山田くんね――よろしく。ところでなんでその目標を掲げたのかな?」


 凌の自己紹介を受けて数原が問いかける。


「……俺は身長の低さが理由で名古屋FCのユース試験に落ちました。俺を落としたことを後悔させてやりたい――ただそれだけの理由です」

「ご説明ありがとうございます――動機としては十分だと思いますよ。我々の目標とも方向は一致しているので、一緒にその目標を達成しましょう」

「よろしくお願いします!」


 凌は深々と一礼すると一歩下がって元の位置に戻る。すると順次他の生徒の自己紹介が始まった。


武藤恭平むとう きょうへいです!凌と同じく名古屋FCのジュニアユース出身、ポジションはセンターバックです。目標も凌と同じく名古屋FCユースに勝つことです!よろしくお願いします」


甲斐悠里かい ゆうり――俺も同じく名古屋FCジュニアの出身です。ユースの昇格試験には合格したんですけど、凌たちとサッカーがやりたくてここを選びました」


「す、杉浦誠すぎうら まことですっ!瑞穂西みずほにし中でサッカーやってました。ポジションはミッドフィルダーです!目標とかは特にないんですが……精一杯頑張ります!よろしくお願いします」


 彼らをはじめ、総勢11人の自己紹介が終わる。残りは遥と、遥の隣にいるもう一人の生徒だけだった。順番的に遥が先に並んでいたため、一歩前に出る。


「七海遥です。坂之内中のサッカー部でしたが部員が僕一人だったので、試合はしたことありません。あ、社会人のフットサル大会は何度か出ました。壮絶な田舎で暮らしていたため、高校サッカーを含めサッカーのことはあまり知らないですが……試合への渇望は誰よりあると思っています。よろしくお願いします」


 遥の自己紹介を皆それぞれ興味深そうに聞いていた。特に数原の琴線に触れる何かがあったようだ。


「七海くんね、君のことは職員室でも話題になっていたよ。何十年ぶりかの寮生ってことでね――春休みは来ていなかったようだから君のプレーを見るのを楽しみにしているよ」

「……ありがとうございます」


 遥は素直に礼を言うと元の位置に戻った。そして最後の生徒が前に出た。


丹羽新太にわ あらたです!小学校は野球、中学はバスケをやってました!高校ではまた別の協議をやってみたいと思ってサッカーを選びました。初心者になりますがよろしくお願いします!」


 新太の自己紹介には皆が目を丸くしていた。高校からサッカーを始めるというのは珍しいためだ。新太は皆に人のよさそうな笑顔を振りまくと元の位置に戻った。


「これで以上ですね――13名ですか。よろしくお願いします。それでは本日は時間もあることなので、新入生と上級生で紅白戦をしてみましょうか。新入生は今から15分でスターティングメンバーやフォーメーション決めてください」

「2、3年はどうしますか?」


 数原の提案に対して康太が問いかける。


「再来週から始まるG1リーグの調整も兼ねて、ベストメンバーでいきましょう」


 数原の言葉に新入生はざわめく。それを見た数原が説明を付け足す。


「この試合は勝敗というよりは個々人のパフォーマンスを見るためのものです――なので、結果は気にしすぎずベストなプレーをしてください。それでは新入生の皆さん、作戦会議を始めてください」


 数原は手をパンと叩きながらそう言うと上級生の方へ向かってしまう。取り残された1年は暫し唖然としていたが、凌の声かけを皮切りに円を作り作戦会議を始めるのだった。

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