第3話(著:花優いのり)
お姉ちゃんの喫茶店が定休日だったある日のこと。
今日は、いよいよお客様に売るクッキーを作ってみる日だ。
お姉ちゃんとお母さんは、私がクッキーを作るところを見たいということで側にいる。
お料理のできない私がキッチンに立つ姿をお母さんたちにしっかりと見られるのは初めてかもしれない。
お父さんは今日もお仕事で、私がクッキー作りをするところを見れなくて残念がっていたけど、お姉ちゃんやお母さんに好評だったクッキーを今回は食べれると非常に楽しみだと言って仕事へ向かった。
今まではひとりで気楽に作っていたけど、今回はふたりの視線が気になって少し緊張するけど、やるしかない......!
前回はしっかり上手くクッキーを作ることができたんだから、もう失敗したりしないはず......失敗を恐れずに頑張るのだ。
先に用意していたクッキーを作る材料を手にとって、今まで作ってきた手順通りに作り始める。
何度もひとりで作ってきたから、作る手順はもう頭の中に入っていてしっかりと覚えていた。
最初にバターや砂糖、卵黄、薄力粉をボールの中に順番に入れながら混ぜる。
今まで失敗してきた中で、よくかき混ぜすぎたことがあったから、そうならないように意識して粉っぽさがなくなるくらいで混ぜるのをやめて、次にしなければいけない行動へと移っていった。
「朱里、私に手伝えることってある?」
混ぜて出来上がった生地を二等分に分けていると、ずっと側で見守ってくれたお姉ちゃんが声を掛けてきた。
お菓子作りが得意なお姉ちゃんに手伝わせるなんて、恐れ多い。
「うんん...いつも一人で作ってきたから慣れているし大丈夫だよ」
「そっか......でも、ただ見守っているのもなんかなぁって思えて。朱里と一緒に今まで料理をすることなんてなかったし、朱里の楽しそにしながら作っている姿を見ていると私も何かしたくなってきちゃって、なんかごめんね」
この言葉を聞いて、お姉ちゃんが私のクッキーを作っている姿を見てそう思ってくれていたことにびっくりした。それと同時に嬉しい気持ちが溢れて、クッキーを作るためにずっと動かし続けていた手がぴたりと止まる。
「そう思ってくれていたなんて...とっても嬉しい。お姉ちゃん、ありがとう。えっと......その、お姉ちゃんにもクッキー作り手伝ってもらおうかな」と告げた後、お姉ちゃんの反応を見る前にクッキー生地の方へ視線を戻す。
私なりの不器用な照れ隠しとお手伝いへの誘い。本当なら、お姉ちゃんの目を見ながらしっかりと告げればいいのに、少し遠回しになってしまった。私のいつもの癖だった。
「じゃあ、なにをしたらいいかな」
嬉しそうな顔をして私の隣へとキッチンに立つ。
ふたりで横の並んでキッチンに立つのは小さい頃に数回あったか、ないか、のそれぐらいだったから自然と嬉しさが込み上がってきた。
「うんん...と、生地を半分に分けた片方の方を棒状の形にしてからラップに包んで冷蔵庫の冷やさないといけなくて、私がこの生地を棒状にするからお姉ちゃんはラップを切って、広げて置いておくのをお願い」
「うん、任せて!」
ふたりでそれぞれ慣れた手つきでスムーズにやっていった。私がクッキーを作って、お姉ちゃんがそれをサポートしてくれる。
「朱里、もう半分はどうするつもりなの?」
「これは、めん棒で生地を平らに伸ばして、型抜きしていこうと思って」
お互いに息がピッタリに動いてどんどん生地を伸ばし終えると猫やハートの型抜きなど今まで使ってきたものを用意する。
そうしていると、お姉ちゃんが笑顔で「朱里、良いものがあるから、ちょっと待ってて」と言って一旦キッチンから離れていった。
突然のことでびっくりしながら一体何なんだろうと少しの間待っていると、私の隣へお姉ちゃんが走って戻ってくる。
「実はクッキー作りと言えばと思ってこっそり用意していたものがあったんだ。じゃーん!」
声とともに私の目の前に置かれたものは『喫茶 ルミエール』とお姉ちゃんの喫茶店のロゴが書かれたクッキー型だった。
私に内緒で用意してくれていたことに驚くと同時に私が作ったクッキーを本当に喫茶店で販売しようと考えてくれていると思えて、すごく嬉しい。
「すごい......ちゃんとお姉ちゃんの喫茶店のロゴだぁ〜! これで型抜きをすれば、このロゴクッキーができるって言うことだよね。嬉しい...嬉しい」
「そう言ってくれて私も嬉しいよ。このクッキー型は、お母さんと喫茶店で一緒に働いてる人と相談したりして、クッキー型を作っているところにオーダーメイドでお願いしていたの」
「そうだったんだね。それじゃあ、さっそくこのクッキー型を使ってみてもいいかな?」
「もちろん」
こっそりオーダーメイドで作られたクッキー型を使うのに、だんだんと少し緊張してくる。
クッキー型をそっと持ち上げて、生地の上にそっと置いた。そしてクッキー型を生地に押し、輪郭をしっかりと抜く。
その後、慎重にクッキー型からそっと生地を押し出した。
無事に上手く成功したようで、うまくロゴの模様が生地に付いている。
「できた」
「すごい。上手くいったね」
お姉ちゃんとふたりで喜んでいると「ちょっと、私の存在を忘れないでよ。私にも少しだけよく見せて」とお母さんが私とお姉ちゃんの間から顔を覗かせる。
「本当に上手くいったわね。綺麗だわ」嬉しそうな笑顔を見せて私たちで一緒に笑い合う。
その後、今まで使っていた型抜きやお姉ちゃんの喫茶店のロゴのクッキー型を使ったりして楽しく型抜きをした。
型抜きができたら、冷蔵庫で冷やして寝かしたりしてオーブンで実際に焼いていく。オーブンが焼き終わったよと音がして、遂にクッキが完成した。
「上手く焼けたかな」
「朱里、そんなに心配しなくても絶対に上手く出来上がっているよ」
お姉ちゃんたちと無事にちゃんとしたものが完成したのか、そわそわしながら、オーブンから取り出して、キッチンの上に置く。
「上手く焼色がついていて、良いんじゃない」
「お姉ちゃんが言った通りに上手く出来てる。やった!」
「あとは実際に食べてみましょう」
三人でそれぞれ出来上がったクッキーをひとつ手にとって、口に運んでいった。
どうか成功していますように。
少し不安を抱えながら味を確かめた。
――すると
「「「美味しい」」」
声が上手く揃いながらも、無事に上手く作れた達成感で満たされる。
「美味しすぎる。最高じゃん」
「朱里、よくやったわ」
「上手く出来て良かった!」
できたクッキーの美味しさに満たされながら、笑い合う。
「これに、ココアパウダーとか抹茶とか入れると違う味になるんじゃない?」
「確かに。良いかもしれない」
そういうアイデアなんて、今までクッキーを作ることしか考えていなかったから、さすがはお姉ちゃんだ。
もうひとつだけと、クッキーを取って食べていると、次々と色々なアイデアが浮かんできた。
お菓子作りにも奥が深い。
その日の夜、お父さんが仕事から帰って来ると私が作ったクッキーを食べてくれた。
「美味しい。良い焼き加減じゃないか。朱里、本当に作れるようになったんだな」
と満面の笑顔で言う。
料理が出来なかった私が何度も失敗してもクッキー作りを諦めずにやってきて本当に良かったと強くそう思えた。
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