私の中のお姉ちゃんが完璧超人すぎる件

@chelsea-milky

お姉ちゃんの声が聞こえるから、私だって頑張れる!

 


 私には歳の離れた姉がいた。ううん、いた。つまり過去形。

 姉妹だったのは私が小学生だった時までで、高校生だった翔子姉ちゃんは亡くなってしまった。どうして死んでしまったのかははっきりとは覚えてない。子供だった(今でもだけどね)私は、ただお姉ちゃんの死っていうのが受け入れられなくて、ずっとひたすら泣いてたから。

多分、理由なんてどうでもよくて、ただ、またいつもの様に、側にいてほしいって‥‥それだけだったんだと思う。だから聞きそびれてしまった‥‥って感じ。今さら詳細を聞くなんて出来るはずもなしで。

 同じ高校に通い始めて歳が追い付いちゃったから、そんな事をつい思い返してしまう。

 私はお姉ちゃん子だったから‥‥‥今もなんだけど。

 お父さんもお母さんも仕事が忙しかったから、私の側にいたのはお姉ちゃんだった。

 お姉ちゃんは、勉強が出来て、運動が出来て(何とかっていう武術の大会で優勝したらしい)、友達もたくさんいて明るくて。凄いなと思う。お父さんとお母さんは、今の私は、びっくりするほど当時のお姉ちゃんに似てるって言ってる‥‥。そう言われるのは、外見だけでも凄い嬉しい。髪型とか寄せてるんだけどね。

 実際の私はお姉ちゃんとは全く逆。勉強がいまいちで、運動は全くできない。友達は‥‥一人だけ、近所で一緒に遊んでいた同い年の紗久耶ちゃん。紗久耶ちゃんは私と違ってしっかりしてて、お姉ちゃんがいなくなって、毎日泣いてた私を、ずっと励ましてくれてた‥‥らしい(ごめんなさい。よく覚えてない)。

 今の私がこうして、学校に向かう途中の桜並木をお姉ちゃんと同じ制服を着て歩いていけるのは、紗久耶ちゃんのおかげ。ほんと、私って誰かに助けてもらってばかり。うん、毎日感謝してるんだよ。

 そんな紗久耶ちゃんも、お父さんの仕事の都合で遠くに引っ越してしまったのは、つい一月前の事。

「‥‥‥‥」

 だから登校中の今は一人。ちょっとだけ写真のお姉ちゃんより長くなった髪が、桜の枝と一緒に春の心地良い風に揺れてる。多分、お姉ちゃんも初登校はこんな感じだったのかなって想像してみる。

でも、お姉ちゃんの事だから、友達と一緒に登校したと思うから、私とは違うか。

=そうかな? 私もさすがに初登校は一人だったけど?=

「‥‥‥‥」

 私の頭の中に声が響く。それは翔子お姉ちゃんの声。覚えてないけど、それはお姉ちゃんの声だ。

=ここまでは紅奈と一緒。紅奈は紗久耶ちゃんが今まで一緒だったからまだ良かったでしょ? 私は一人スタートだったし=

「‥‥‥‥」

 頭の中にこうしてお姉ちゃんの声が聞こえるようになったのは、高校受験が迫ってきた中学三年の夏休み前頃。

『絶対、お姉ちゃんと同じ高校に行くから!』

 って言って、お父さん達と先生と私が頭を悩ませてた時期。自慢じゃないけど、そこまで‥‥って言うか、平均ちょっと下ぐらいの成績で、高望みが出来る状況じゃなかったんだけど。

 だから私が通う事になった高校はこの辺ではレベルが高い。

=ほら、ここの桜並木は綺麗でしょ? あと十字路曲がった先に、ラテがおいしいカフェがあるの。紅奈も帰りに時間があったら寄ってみて=

「‥‥‥‥うん」

 紅奈‥‥クレナって言うのが私の名前。なぜか私を、頭の中でお姉ちゃんが話しかけてくる。

 受験勉強‥‥その字面だけ見ても嫌になるけど、その時は私も当然頑張った‥‥と思う。

 自分の部屋で一人で勉強してたんだけど、一人じゃなかった。

=ほら、そこのXに、右下の式を参照して‥‥=

=そこの英文の構文、間違ってるから‥‥そういう場合は‥‥=

『んんー‥‥‥‥』

=もう、紅奈、真剣にやって=

『えーっと‥‥えへへへ‥‥』

 困る事があると、こうやって笑ってしまうのは悪い癖だとは分かってる。

 お姉ちゃんの声が、どんどん教えてくれるから助かったんだけど、最後の方は、もう頭の中が、ボールペンでグチャグチャに線を引かれて真っ黒になったみたいになってた。

 それが大体、半年‥‥奇跡的と言うか‥‥。その短い六か月という期間で、私の学力は飛躍的‥‥って言うのは大袈裟かなー。よくテレビの経済番組で、下げとまりの傾向から、緩やかに上昇しつつある、みたいな表現をしてるけど、だいたいそんな感じ。

 それでね。受験日当日はもう自信満々で会場に行ったの。

 模擬試験では大体合格圏内だったし、もし何かあればお姉ちゃんの声が教えてくれるから絶対大丈夫だって。

 向かってみれば私一人で意外に簡単に解けたので、ここはもう鼻高々。校門から出てきたとき、真っ先に誰にこの感動を伝えたいかと言うと、もちろんそれは、紗久耶ちゃん、それから頭の中のお姉ちゃんの声。あとお父さんとお母さん(後まわしでゴメン)。お姉ちゃんは見てたはずだから、言わなくても分かってるとは思うけど、とりあえず、ありがとうってだけは言ってみた。

 合格の通知が家に来た時、私は一人で部屋の中で大喜びしてた。

=子供じゃないんだから=

『嬉しいから仕方ないの!』

 そんな経緯で私はお姉ちゃんと同じ、進学高に通う事になったってわけ。

 春休みが長かったから、私は図書館とかに行って、この声の正体が何なのかいろいろと調べたんだけど(私はインターネットとか苦手。紗久耶ちゃんは得意だったけど、聞くと引かれそう)。

 アナログを駆使して調べた結果、どうも私に聞こえるこの声は、イマジナリーフレンドとかいう現象が近いのかな。心の喪失感を埋める為に、脳がつくりだした虚像だとか、不具合だとか云々。虚像?‥‥私はそうは思えない。だってこんなにはっきりと話してくれるし、私の知らない事でも言ってくれる。

 結局、本当の所は分からないまま、私は入学に至ったってわけなの。

 うん‥‥もう別に理由なんてどうでもいいかな。

=もうちょっと速く歩かないと遅刻するよ=

「え? あ、ほんとだ」

 こうやってお姉ちゃんを側に感じられるんだから。

 ただ、話してる所は他の人には見られないようにしないとね。

 初日は短いホームルームとクラス分けの説明だけで、先生とクラスメイトとの顔合わせが目的だったのかも。周りの人達はあっちこっちでお喋りしてるグループがあるけど、私は知り合いがいないので、一人ぽつんと座ってる。

 一人でいる時は何とも思わないけど、大勢の人の中にいる時は、すっごい孤独を感じる。嫌とかそういうわけじゃないんだけど。

=お姉ちゃんは、こんな時、どうしてたの?=

 私から聞いてみる。これは心の中の私の呟き。

=そうね。クラスに知り合いはいなかったけど、別クラスにはいたから、そっちに顔出してた。紅奈はいないの?=

「うーん‥‥」

 思いつかない。いつもおまけの様にお姉ちゃんとか、紗久耶ちゃんの後ろについていってて、話してる相手とたまに相槌をうったり、笑ったりするぐらいで、その人がどこの誰かはさっぱり覚えてない。

=中一の時、同じクラスだったコがいるよ=

=え? どこ?=

=ほら、紅奈の右後ろ=

「‥‥‥‥」

 びっくりして後ろに急にグリ!って振り向いたものだから、真後ろにいた男子がビクっとして驚いてた。

「あ‥‥すみません」

 ヘヘ‥‥と笑ってごまかして改めて後ろを振り返る。

 ショートカットの小柄な女性徒。見覚えがあるようなないような。

 誰だっけ?

=竹中詠葉ちゃん。陸上部だったコよ。紅奈も何度か話した事があるじゃないの=

=よく覚えてるね=

 さすがはお姉ちゃん。でも私の中では、彼女はお初な人なんだけど。

=さ、立って。エイハちゃんに挨拶に行くの=

=え?=

 いや、それはちょっと‥‥初体面の人と何を話せば。

=いいからいいから=

「‥‥‥‥」

 こうなるとお姉ちゃんは何も聞いてくれなくなるのを知ってるから、私は渋々と竹中さんの席に近づく。

「あ‥‥あの‥‥私‥‥昔々‥‥」

「?」

 しまった。緊張のあまり、昔話の語り口みたいになってしまった。エイハちゃんは首を傾げてる。私の事も憶えていないみたい。

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

 しばらく無言の間があって。

「じゃ、じゃあ、そういう事で‥‥」

 笑っていつものように逃げ出そうとしたけど。

=しょがないなあ=

=!=

 突然体が動かなくなったの。目とか耳とか‥‥五感はあるんだけど、それだって、どこを見るとか、体の自由が全くきかない。

「こんにちは、竹中さん」

=え?=

 私が急に勝手に話しだしてる。うん、私は何も言ってないよ。言ってるけど。

「私、中一の時、同じクラスだった、柊紅奈」

「え? ああそうか、思いだした。そう言えばいたような気が‥‥」

 エイハちゃんも記憶を手繰っているみたいだけど、私は目立たなかったからなあ。

「また一緒のクラスになったみたい。これからよろしくね」

 ニコって笑って私は手を出してる。もちろん、それは私の意志じゃないんだけど。

「私こそ!」

 エイハちゃんも笑って握り返してくれたとき、その体温があったかくて、こうして握手できて良かったって、ほんとに思ったの。

 手を振って別れて私は自動で席に戻った。そして何の前触れもなく、体のコントロールが戻ったんで、対応なんて出来ずにガクっと頭を机にぶつけそうになった。

「痛あ‥‥」

 いや、ぶつけてた。

=ほら、こうやって友達を作っていくの。分かった?=

=うーん‥‥=

 どうやら体がお姉ちゃんに乗っ取られてたらしい。

 おでこをさすりながら(絶対、赤くなってる)思う事は、さすがって事だけ。

 まだ友達じゃないけど、知り合いは一人出来た。それもあっと言う間に。

=これから休み時間になったら、こっちから遊びに行くの。いい?=

=うん=

 お姉ちゃんの言う通り、それから私はエイハちゃんの席に行って、お話を始めた。話が途切れると、その度にお姉ちゃんが変わってくれたから、そこはスムーズだった。

「クレナってさー」

「うん」

 知り合って一週間で既に呼び捨て、最近の女子高生のコミュ力は恐るべし(あ、いや私も同じ女子高生なんだけど、汗)。私の方はと言えば、やっと(エイハちゃん)って、下の名前で呼べる程度。まだまだだねー。

「クレナってたまに、表情ががらっと変わるよね」

「そうかな?」

「何て言うかさ。急に目力が強くなるって言うか、実際、釣り目になってるし」

「そ、ソンナコトナイヨー」

 いけない。キョどってしまった。

 そうか、自分では分からなかったけど、お姉ちゃんに体を貸してるときはそうなるのか。

「今は、真夏に車内で放置したチョコレートって感じだけど」

「え?‥‥それは‥‥」

 もしかして、でろーん‥‥って感じなんでしょうか?

 猫ではないから、そこまで液体ではないと思うんだけど。

 そんな感じで、クラスで孤立する事もなく、無事に高校デビューは果たす事ができたわけで、つまりそれは、次なるミッションが発生する鍵でもある。そうして終わる事のない試練の連続が人生なのね‥‥などと、頬杖をついてもうとっくに葉桜になった校庭を眺めながら、そんな事を考えてみる。

 このままやっていけるかな‥‥って自信が、いや、そんなものは最初からないけど、難しいって思ってた矢先の事。

「では次に体力測定、百メートル走を始めます!」

 体育の時間。怖そうな体育の男の先生がそう言った(いや、ほんとに怖いの。怒ると眼鏡がキラっと光るの)。

 ああ、ついにこの時間が来てしまった。運動音痴の私にとっては、皆の前でその醜態を晒されるだけで、ただの処刑時間でしかないのよ。別に走るのがちょっとぐらい速くたって、これから生きていく上でそんな問題はないじゃない‥‥って、終わってからいつも負け犬の遠吠えを心の中で叫んでたりする。それでもって、終わってから、見ていた他の人は、ゆっくりとゴールする私にパチパチと乾いた同情の拍手を送るまでがセット。

「はあ‥‥」

「紅奈、ファイトぉ!」

 エイハちゃんはそんな事を言ってるけど‥‥。陸上部の人はいいなあ、と、こんな時だけは思う。普段は練習大変そうだなって思ってるくせにね。

=お姉ちゃん、変わってくれないかな=

=別にいいけど=

「え、本当に⁉」

 思わず声が出てしまった。

=全く、仕方ないんだから。いい? よく見てなさいよ!=

=うん! ありがとう!=

 変わった所で元は私の体。どうしようもないかと。

「では、位置について!」

 十人程並んでるこの状態の時、私の体は既にお姉ちゃんがコントロール中。

 両手をついて後ろ足を後ろに伸ばして踏ん張ってる姿勢。

「用意‥‥スタート!」

「!」

 ダッシュして抜け出したのは何と私。低姿勢で両手を振って颯爽と駆けていく。ほんの百メートル‥‥数秒の事なんだけど、それがとても長い時間に感じる。

 私は確かに自分では体を動かしてないけど、それでも疲労とか苦しさは感じる。それでも、私は‥‥お姉ちゃんの操る私の体は走る事を止めない。私ならもうギブアップして歩いてるのに‥‥。

 お姉ちゃんは諦めない。

=‥‥‥‥=

 ゴールした途端に、コントロールが戻る。

「ぐはっ!」

 もはや立つ事も出来なくてその場に倒れる。

 先生達が駆け寄ってきたのだけは何となく見えた。

「もう‥‥やりすぎだって‥‥」

 意識を失って倒れた‥‥らしい。

 それでね、しばらくして目を覚ましたんだけど、最初に見えたのは、見た事のない天井の模様だったから、ここが何処か分からなかったの。

「‥‥‥‥」

 誰か椅子に座ってこっちを見てる。

「目を覚ました?」

 その人は聞いてきた。若い男の声。多分、学生だ。

「えっと‥‥はい、おはようございます」

 ‥‥などと、寝起きだと、わけのわからない事を口走ってしまうのが私の悪い癖。

「保健の先生は外出中で、保健委員の僕が代わりに留守番してたんだ」

 体育のジャージの上にフード付きのパーカーを羽織っている彼は、保健委員には見えなかったけど、笑みを浮かべながら、静かに話すその口調は、耳にすると心が安らぐ気がする。

 さすが保健委員。

「そうなんですか。すみません」

 ベッドから降りようとしたけど、まだフラっときて慌てて手すりを掴んだ。

「まだ休んでた方がいいよ、柊さん」

「‥‥‥‥えっと」

 何で私の名前を‥‥それは保健委員の人なら知ってるものなのかな?

「あ、さっきの百メートル走で話題になってたからね。柊さんは一躍、時の人だよ。校内新記録どころか、日本新記録に迫る速さだったらしいし。多分、陸上部のスカウトが来て、これから忙しくなるんじゃないかな」

「えー‥‥」

 想像するだけでげんなりした私は、もそもそとベッドの中へと戻った。

「あはは‥‥でも、十二秒は本当に凄いね。僕の兄さんも陸上の選手だったから、その意味が分かるんだ」

「そうなんだ」

 私は顔を上半分だけ外に出す。

「じゃあ、僕はそろそろ行くから。十分に休んでいってね」

「あ」

「‥‥何?」

「えっと‥‥」

 そうだ、こんな時は、お姉ちゃんが教えてくれたアレを思いだせ。

 初対面の人と接するにはどうすればいいかって? エイハちゃんと同じ台詞を言えばいいのだ。何だ簡単な事じゃないか。

「私、中学の時は一緒じゃなかったし、同じクラスでもなかった柊紅奈です」

「え?‥‥それは‥‥そうだね」

 彼はちょっと首を傾げた。

 あれ、何か間違えた?

「一緒のクラスではないけど、これからよろしくね」

 あとは‥‥笑顔‥‥。あれ‥‥あの時、どんな感じで笑ってたっけ?

 私はニタ‥‥と、多分、不気味に笑って手を彼に差し出したの。

「え?‥‥うん、もちろん」

 彼は私の手を掴んでくれた。

 その瞬間‥‥何だろうか‥‥心臓がドキっと‥‥。

「僕は二年Aクラスの長谷部礼司」

「ありがとう」

そこでどうしてお礼の言葉が出たのか分からず、私はまたヤドカリのようにベッドの奥にズルズルと戻っていったの。

 それから数日‥‥それはもう大変だったのよ。

「ねえ、本当に陸上部に入らないの?」

 エイハちゃんがしつこく誘ってくる。一時は顧問の先生まで来て大変だった。

 それはそれとして別の問題が‥‥。

「あ痛たたた‥‥」

全身が筋肉痛。歩く度に足が笑ってて(ほんとに笑ってるわけじゃないよ、フルフルって震えてる感じ)学校から帰る途中も、、どっこらしょっと言って休憩しながら帰る感じ。

 いつか私も歳をとったら、こんな感じになるのかもしれないなーって郷愁に耽る。

「‥‥ふう」

=なあに? その格好‥‥。とてもうら若き十六歳の乙女には見えないんだけど=

=お姉ちゃんのせいじゃないの?=

 他人のせいにしてるようだけど、もちろん本気じゃない。

あんな苦しい状況でも走り続けたお姉ちゃんには、何と言っていいか分からないけど、

私もいつか‥‥あんなふうに乗り越えていけたらいいなって思ってる。

 でも、自信ないなあ。

=それよりもさ‥‥フフ‥‥=

「‥‥‥‥」

 お姉ちゃんが笑ってる。こんな時は何か含みのある事を言う前触れなのだ。なんか怖いよ。

=保健委員の彼‥‥長谷部君。かなり紅奈は気に入ったみたいじゃない?=

=まあ‥‥普通ぐらいには=

=そんな事ないでしょ。ねえねえ=

=もう‥‥=

私の頭の中のお姉ちゃんには、もちろん隠し事なんかできるはずもなく、全てが筒抜けなわけで。とりあえず正直に話す事にする。

 彼(二年なので先輩ね)の事はあれからずっと気になってた。

 何がどう気になるのかって、改めて聞かれても分からないんだけどね。

先輩の話し方とか、笑い方とか云々。全部が心地良いのよ。例えるなら、今年、入学式に歩いた桜並木の雰囲気かな。側にいたら多分、幸せな感じがするのは確定。

そんな事を考えながら、自分の部屋でお気に入りの紅茶(関係ないけど、紅奈と紅茶は似ているね♪)を飲む。今日はお母さんが近くの喫茶店から買ってきてくれたアールグレイティー。学校帰りに飲むこの一杯はまさに至福の時‥‥。

=‥‥で、いつ告白するの?=

「⁉ぶうふうううう!」

 ああ!‥‥口から至福の一杯が噴き出して、机の上が大惨事に!

=な‥‥何で急にそんな事を?‥‥=

=だって、紅奈が認めるような人、他の人が放っておくわけないでしょ?=

=んー‥‥それは‥‥そうかな‥‥=

 惨劇の中心にあったエイハちゃんから借りたノートをタオルで拭く。

 明日、何て言い訳したら‥‥。

=変な事を言うと長谷川先輩に迷惑がかかるんじゃないかなって=

=またそんな事を言って!‥‥ちょっと借りるね=

「!」

 前触れもなく、突然お姉ちゃんは私の体を乗っ取った。

「柊紅奈はね! この完璧超人、柊翔子の妹なの!‥‥だから絶対大丈夫! もっと自信を持ちなさい!」

腰に手を当てて鼻息荒く、鏡に向かってVサイン。なるほど、こうして見て見ると、ちょっと釣り目になってて雰囲気が違うかも。

=そ、そうだね。私、頑張ってみる=

「分かったならよろしい!」

「‥‥‥‥」

 体が戻った。途端に印象は夏場のチョコレートへ。

 って、言うかいつの間にか、告白するのが前提になってる。待って待って、まだそこまでは考えてないから。ゲージはライク寄りのライクとラブの中間? 

 もっと時間が必要だと思う。

 そうか、愛に時間をって、こういう事なのか。

=じゃあ、さっそく告白の準備するからね=

=う、うん=

=まず、段取りとして‥‥=

 それからは長谷川先輩への告白作戦の段取り。と言っても全部、お姉ちゃんの計画なんだけど。

 計画は簡単。

 日曜日にショッピングに付き合ってくれませんかと、長谷川先輩に言う。OKが出たら、朝からショッピングモールでデート。近くの喫茶店でお茶をしながらお喋り。帰り際に、告白タイム‥‥。

「!」

 聞いてた私は顔が真っ赤になったの。

 デート?‥‥でーとって、あの恋人同士の男女が楽しく過ごす、伝説のアレ? それを私と先輩が? ‥‥からのー、喫茶店で向かい合ってお喋り? 何を話すの? もしかして同じ飲み物を二人でハートのストローで飲むとかする? ‥‥からのー告白?

=ハートのストローって‥‥紅奈って、たまに年寄り臭い事、言うのね=

 ため息が聞こえた気がする。

=大丈夫、危なくなったら、ちゃんとお姉ちゃんがフォローするから=

=‥‥まあ、それなら、何とか‥‥=

 その前に当日着ていく服とか買ってこないとね。予算は‥‥お年玉貯金を崩して何とかなるかな。

 コーデもお姉ちゃんに全任せ。自慢じゃないけど、家では中学の時のジャージとかでいるし、普段は制服があるし、お出かけは中学の時の服をそのまま着用というリーズナブルな生活。

=子供か!=

 などと言われた。

「日曜日? いいよ何処にでも付き合うよ」

 拍子抜けするほどあっさりと先輩はデートを了承してくれたけど。それってデートだって認識してますか? 伝説のあのデートですよ?

 土曜日に一日かけて服屋関係をまわって購入したらもう、ぐったり。

「疲れた‥‥」

両手に紙袋を持ったままベッドに倒れ込んだ。

そして決戦の日は日曜日。何かの歌にありそうなそのフレーズがぴったりな気持ちの良い青空じゃないですか。

=では出発!=

「おお!」

 もう私も完全にその気になってる。

 待ち合わせは近くの公園。私の家からは近いけど、先輩はバスで向かってきてる‥‥そんな距離。面倒をおかけします。

「‥‥ほう」

 先についた私はそこにあった白鳥の銅像を見上げる。前はお姉ちゃんとこの銅像で遊んだ気がする。もちろん、子供の私をお姉ちゃんが遊ばせてただけだけど。

 あれから幾年月‥‥今、こうしてここに立っているのは不思議な巡り合わせだよね。

 ちなみに今の私の格好‥‥。

 上は薄い緑と白色のチェックのブラウス、下は白のラインの入った黒の釣りスカート。黒のニーソックスとブラウスと同じ薄緑色のピンヒールといういで立ち。うーん‥‥一式全部新品だと緊張する。いや、これからもっと緊張する事が起こるんだぞ。

 それにしても一時間前は早すぎたかな。 

 で、そんなこんなで先輩が現れた。

 先輩はグレーのジャケットにベージュのパンツ、真っ白なスニーカー‥‥もう好青年過ぎる!

「待った?」

「あ、今、来た所だから」

「‥‥‥‥」

 先輩は私の事、じーっと見てる。さてさて、判定は?

「いや‥‥凄い‥‥素敵だね」

「あ、ありがとう‥‥」

 もうこれ以上もない誉め言葉。

=やったね!=

 お姉ちゃんに肘でつつかれてる気がする。

「じゃあ、早速行こうか」

 そうだ、買い物に付き合うという名目だった。エイハちゃんの誕生日プレゼントという事で。

 屋根付きの商店街にはいろんな店が並んでる。それがこの町が住みやすい点でもある。今日はそれを痛感した。

最初はアクセサリー屋さん。女性客が多い中、先輩はちょっと困ってるみたい。あれでもない、これでもない‥‥いろいろ見回ってみたけど、今一、ピンと来ない。で、次に陸上部で使うタオルとか、デオドラント製品を見回ってみた。でもさ、誕生日にそんな部活用品を送られても困るんじゃないかなあ。もっと走れと言われてるみたいで。

うーん困った。

=お姉ちゃん、どうしたらいいと思う?=

=私じゃなくて、彼と相談しなさいよね=

=むう=

 意地悪‥‥仕方がない。

「‥‥先輩は何がいいと思いますか?」

「そうだね。そのコは部活以外に何か興味のある事があるのかな?」

「‥‥‥‥えーっと‥‥」

 何だろう。そうだ!

「猫を飼ってたかも」

「じゃあ、決まりだね」

 ペットショップに直行。

 店内にはたくさんのワンちゃんと猫ちゃん。あと、よく分からないペットグッズ多数。

「これがいいんじゃないかな?」

 先輩はちっちゃな布団みたいな物を指さした。

 猫用の布団‥‥こんなに本当の布団そっくりでなくてもいいような‥‥。

「ふふ‥‥」

 布団から顔を出してる猫ちゃんを想像したら思わず笑ってしまった。先輩も笑ってる。

「じゃあ、これにします」

 思っていたほど高くなかった。綺麗にラッピングしてもらって、最初のミッションは終了。

「ちょっと寄ってきませんか?」

 珈琲ショップに入る。もちろん上にあるメニュー表を見てもサッパリ。

 仕方ないので、適当に言ってみるけど。

「えっと‥‥ペベロンチーノを一つで、大きさは‥‥」

「は?」

 仕事がテキパキと出来る店のお姉さん(働いてる女の人は皆、有能に見える)は、口を開けてる。

 違った、フラペチーノだった。パスタを頼んでどうする!

「じゃなくて‥‥えっと‥‥」

 恥ずかしさに頭がパニクってる。

=グアテマラコーヒーのグランデにしなさい。あと店内で=

 お姉ちゃんのアドバイス通りに注文したら。

「え?」

 トレーに出てきたのは超巨大なカップと、並々と注がれた珈琲。

 しかも店内でお召し上がり。これ全部飲めるの?

 やられた‥‥。

「紅奈ちゃんて、結構、大きいの頼むんだね」

「えっと‥‥えへへ‥‥」

 もう笑うしかない。

 そう言う先輩はなんか普通のサイズ。なんだかこれだと私っていつもコーヒー、がぶ飲みしてるって思われるんじゃ‥‥。

 そうして私は、先輩が飲み終わった後も延々と飲み続ける事に‥‥げふ。

 用意していた会話のネタが尽きてどうしようって感じ。

 何か話題を探さないと‥‥。間が持たないよ‥‥。

 えっと‥‥。

 って、してる間にちょっと沈黙。

「何かで聞いたんだけどね‥‥」

 先輩が話し始める。

「こんな瞬間は、天使が通った‥‥って、言うらしいよ」

「天使が‥‥通った?」

「そう‥‥何かのタイミングで沈黙の空気が流れた時の事を、そう言うんだってさ」

「へえ」

 おしゃれな言い方だ。

 あ、天使様が時間を稼いでくれたおかげで、話すネタを思いついた。

「先輩って、猫に詳しいんですね」

「うん、前に飼ってたからね」

 前?‥‥と、いう事は今は飼ってない。つまり死んじゃったか、いなくなっちゃったか‥‥この話題のチョイスはミステイクだったか。

「子供の時から飼ってたんだけど、中学二年の時に死んじゃってね。しばらく立ち直れなかったよ」

「長生きだったんですね。そんなに大事にされて幸せだったと思います」

「‥‥‥‥」

 先輩が黙ってしまった! 私、何か変な事を言った?

「また他の猫を飼えばいいとか、すぐに忘れるよとか‥‥そんな事を言ってくる奴もいたけど‥‥紅奈ちゃんは本当に優しいね」

「‥‥いえ」

 何だけ妙な空気になってしまった。

 時間が押してきたので、まだ飲み終わってないけど店から出る事にした。

 私も先輩も黙って通りを歩いていく。

 そうだね。ペットの猫ちゃんは家族なんだから、かけがえの無い存在。心無い言葉を言うような人たちに先輩は傷ついたんだろうね。

 そんな言葉に傷つく先輩の方がずっと優しいよ。

「‥‥‥‥」

 私は歩きながらスカートの裾をぎゅっと握りしめてた。

 私は先輩が好きなんだ。って言うか、もっと好きになった!

 まだライクとラブの中間だけど、ラブ寄りだよこれはもう!

 お姉ちゃんありがとう。先輩と引き合わせてくれて。

=どういたしまして=

「‥‥‥‥」

 そうか筒抜けだった。

 お店を出て、しばらく商店街をぶらぶらと歩く。こうしてるだけでも立派なデート。別に何をするわけでもないけど。

 ゲームセンターの前まで来ると、そこで何かの人だかり。

 近くまで行ってみると、マイクを持った人が、大きな声で何かを言ってる。ゲームの大きな機械に向かい合って座ってる人が、ガチャガチャと音をたててゲームしてた。

「格闘ゲームかー」

 先輩が目を輝かせてる。

「‥‥‥‥」

 私はどうもピンと来ない。

 画面上で、キャラが殴り合ってるイメージで、レバーを色々いれると技が出るみたいな。

 奥のUFOキャッチャーは得意なのよ、意外にも。唯一、お姉ちゃんより上手かったんだけど、そういう理由で部屋の中には、無数のぬいぐるみが‥‥。

 もう置くとこなかったので、お母さんは、枕元に置いたりする。何だか茶色いぬいぐるみの熊が夢に出てきそう(かわいいんだけどね)。

「あれ?」

 何て事を考えてる間に、いつの間にか先輩はゲーム台の椅子に座ってる。

「さあ、新たなチャレンジャーが現れました! 果たして彼は最強を打ち破れるのか!」

「やれー! やっちまえ!」

「俺たちに勝つ奴なんているわけないだろ!」

 後ろで見ていたほとんどが、対戦相手の仲間みたい。応援と言うより、野次が飛んでくる。何か嫌な感じ。

 ゲームは3人勝ち抜き。その嫌な感じの人は、私でも分かるぐらい、すぐに先輩のキャラクターをボコボコにしてしまった。

「は、やっぱりそうなるじゃん」

 その人が笑うと、後ろの人達のほとんどが笑った。先輩も肩をすくめてる。

「じゃあ、次はUFOキャッチャーに‥‥」

=紅奈ねえ! デートした相手があんな事になって悔しくないの?=

=‥‥まあ‥‥でも、ゲームの話だし=

=そのゲームで、笑い者になってるのに‥‥呆れた=

=‥‥‥‥=

 そう言われれば、そんな気もするけど、負けちゃったものは仕方がないじゃん。

=そうやってすぐ諦めるのが紅奈の悪い癖。こういう時はね、どうにか出来ないか、最後まで足掻くの!=

「‥‥‥もう負けちゃったし‥‥‥」

=まだ負けてない。仕方がない、ちょっと借りるね=

「‥‥‥‥」

 その瞬間、私の目つきが鋭くなったのが分かる。もう完全に私は何も出来ない。

「次は私です」

 そう言って先輩が座っていた椅子に座る。

「紅奈ちゃん?」

「‥‥‥‥」

まだキャラは二人残ってるので、続けられるって言えば、続けられるんだけど‥‥お姉ちゃん、出来るの?

=やってみなきゃ分からないでしょ? 最後まで足掻くの? いい?=

=‥‥うん=

「へえ、今度は彼女か‥‥」

「‥‥‥‥」

 私は睨み返す(私じゃないの!)。

「おーおー、可愛い顔してやる気じゃん」

「‥‥‥‥」

 マイクを持った人が開始の合図をした。

 最初はなんだか苦戦してた。こっちの体力がどんどん減ってきてる。

でも、そのうちこっちの攻撃が当たるようになってきて、

=やっとコツが分かってきた‥‥見てなさいよ=

 お姉ちゃんが調子づいてる。こうなったらもう誰にも止められない。

「な‥‥何だと!」

「‥‥‥‥」

 何とか一人目をkO。これで二対二の同点。こっちの体力は少ないけど。

 でも、今度はあっさりと倒しちゃって。

「この‥‥」

 そして三人目‥‥最後の人、これで三人抜き。

 チャンピオンと呼ばれる人で、さすがに強い、でも、お姉ちゃんの方が上手だった。

 最後に、相手の体力のほとんどを持っていく技を当てて、華麗なる勝利。

 その途端、今まで、チャンピオンさん達の事を応援してた人達は、手のひら返しで、私のおめでとうコールに変わったの。

「凄いね君、どんだけ練習したの?」

「何だよ、世界最強って言ってたわりに大した事ないな」

 居心地が悪くなったのか、その人達はいなくなった。最後に私をすんごい形相で睨んでたけど‥‥私だけど、私じゃないのにね。

「‥‥‥ふう‥」

 ため息が出る事で、体が戻った事が分かった。

「紅奈ちゃん‥‥こんなにゲーム上手だったんだ」

「そ、それは‥‥」

 いかん‥‥どうやって誤魔化そう。

「‥‥えっと、たまたまで‥‥まぐれと言うか‥‥はは」

「そうなんだ」

 それで納得してくれたなら、先輩も相当、天然だと思う。

 まだ首を傾げてる間に、私は騒がしいこの場所から離れた。

 もう! 結局、UFOキャッチャー出来なかったじゃない。

 次に目指す先は最終目的地の街外れの岡にある展望台。そこから街が一望できる。

 ロマンチックな場所。

 何だかドキドキしてきた。

 さっきまでの溶けたチョコレートの私とは違う。

 一世一代の私の告白。絶対に成功させたい! 失敗は許されない!

=大丈夫。もっと自信をもって=

=そう言われても‥‥=

=言ったでしょ、紅奈はね、この完璧超人、柊翔子の妹なんだって=

=うん=

=‥‥もう時間がないの‥‥だからこれだけは言っておくけど‥‥=

「‥‥時間?」

 何の事?

=紅奈、あなたはやれば出来る子! 足りないのはちょっとの自信だけ! それは忘れないで!=

「‥‥うん」

=‥‥じゃあ‥‥‥‥さよ‥‥なら‥‥=

「‥‥‥‥」

 お姉ちゃんはそうやって傍観するつもりらしいけど‥‥

=でも、私がどうかしてしまったら、お姉ちゃん、また変わってね=

 一応、言っておく。

 そんな保険もあるから、失敗はしようがないんだけど。

 凄い時間がかかったようで実は数分で到着した。

 林の小道の奥、そこからベンチが何個かあって、絶好の展望スポットになってる。都合の良い事に他に誰もいないみたい。

 今だ、今しかない!

「あの‥‥先輩」

 木製の柵に手をかけてた先輩に、私は声をかけたの。

「どうしたの?」

「あの‥‥せ‥‥先輩の事が‥‥その‥‥す」

「‥‥す?」

「すすすす‥‥」

「‥‥‥‥?」

 す‥‥その先の言葉がどうしても出てこない。

「?」

=お、お姉ちゃん、変わって!=

=‥‥‥‥=

=お姉ちゃん?=

 返事がない。どうして? 今が一番大事な時なのに!

“いたいた、あのクソ生意気なガキだ”

「!」

 気が付かなかったけど、周りは五、六人の男の人達に囲まれてた。

 腰パンに、変なチェーンをジャラジャラ‥‥絵に描いたような輩の人達‥‥何処かで見覚えが‥‥。

「‥‥ったく‥‥あんな恥をかかせやがって」

 あ、そうだ! さっき、ゲーセンで私(お姉ちゃん)に負けた人達だ。

「‥‥行こう、紅奈ちゃん」

 先輩は私の手を掴んで離れようとしたんだけど。

「おい、待てよ!」

 輩の一人に行く手を通せんぼされた。そしてまた典型的な輩笑い。

「シカトしてんじゃねえよ!」

「ぐ!」

 先輩は突き飛ばされて倒れた。

「これは礼をしないとな!」

 輩が近づいてくる。

=お姉ちゃん! 変わって!=

 返事がない。こんな時に!

 輩が近づいてくる! 何とかしないと。

え? 私が?

 どうやって? 無理無理無理!

 ‥‥って、言ってても仕方がないのは分かってる。

 逃げる‥‥ううん、それは無理、周りを囲まれてるし、先輩もいる。

 だとしたら‥‥この場で何とかするしかない。

 どうやって?

「‥‥‥‥」

 手本は‥‥さっき見たじゃない。

 お姉ちゃんがやった通りにすれば‥‥。

 出来るかな‥‥じゃない。

 私は出来る!

 私は、完璧超人、柊翔子の妹なんだから! それが自信の根拠!

「‥‥‥‥」

 私の目が吊り上げる。

 私の意志で。

それと輩の手が伸びてくるのはほぼ同時だった。

「はっ!」

「?‥‥うわあ!」

 私は輩の腕を掴んでひっくり返す。輩Aは、一回転して地面に転がった。

「‥‥なんだ?」

 怪訝な表情の輩BとCが同時に近づいてくる。

「ふん!」

 一人は掌底打ちでアゴを突き上げ。もう一人は膝でみぞおちを打った。

「ぎゃ!」

「ぐ!」

 輩二人は同時に崩れ落ちた。

「‥‥‥‥」

 私は片足で立ったポーズからゆっくりと足を下ろしていく。

 それから残っている輩D~Fの三人に手の甲を向けて、それから、クイクイっとこっちに来るように曲げた。

 それは完全な挑発。かかって来いやって意味なんじゃないの?

 さっき画面で同じポーズを見た。

「ふざけんじゃねえぞ!」

「てめえ!」

「おらあ!」

 案の定、頭に血が昇った彼らは、同時に殴り掛かってきた。

「‥‥‥‥」

 一人目の拳が目の前に迫ったけど、私はスケート選手みたいに後ろに大きく体をのけ反らせ、拳が空振りした後、足の先で男のアゴを蹴り上げた。そこでその輩Dは転がり、戦線離脱。

「なに⁉」

 別の輩‥‥多分、元チャンピオン(ゲーム)が後ろから殴ろうとしていたけど、私は倒れてる輩の背中を踏みつけて大きく空へと舞い上がった。

「ぐはっ!」

 空から真っ直ぐに輩Eの頭を両足で踏みつける。輩は地面に顔を打ちつけ、そのまま動かなくなった。

「な‥‥なん何だ‥‥おご!」

 思考停止中の最後に残った輩Fを回し蹴りで吹き飛ばした。

「‥‥‥‥」

 私が目を閉じたので、視界が真っ暗になる。

「‥‥‥‥」

 再び目を開けるとあちこちに倒れた輩がそのまま残ってて、少し離れた所で、先輩が口を開けてこっちを見てる。

 やった‥‥のか?じゃなくて、やってしまった‥‥のか?

 輩を相手に大立ち回り。

 これはもう‥‥言い訳のしようがない。

 どうしようか‥‥どう声をかければ‥‥。

「‥‥‥‥」

=‥‥お姉ちゃん=

 やっぱり何も答えてくれない。

 こんな時に!

 そうやって、私が一人でやれるかどうかを試してるだろうけど‥‥意地悪だなあ。

 でも‥‥今の事で自信がついたような気もする。

 何の自信だかわからないけどね。

「あの‥‥先輩‥‥」

「‥‥‥‥」

「あの‥‥」

「驚いた‥‥紅奈ちゃんは‥‥強いんだな」

「え?」

「それに比べて、僕は腰を抜かしてただけで、情けないったら」

 笑って立ち上がった。

 私と先輩は顔を見つめてる。

 何回か、髪を揺らしたぐらいの時間が経ったぐらいの頃、天使が二人ぐらい歩いていったぐらいとでも言うべきか‥‥。

「先輩‥‥私と‥‥付き合ってください」

 何だか拍子抜けするほど、自然に、それでもって、あっさりと言えた。ほんとに、びっくりするほど力が抜けてる。

「‥‥その‥‥僕でよければ」

 言えた! そして‥‥先輩は受け入れてくれた!

 私は先輩を強く抱きしめたの。

 優しい温もりに包まれて、私は幸せだった。

=やったよ、お姉ちゃん!=

「紅奈ちゃん、寒くなってきたし、そろそろ帰ろうか?」

「え、うん」

 私は先輩と手を繋いで歩き始める。

一人で成し遂げた武勇伝‥‥からのー、告白大成功!

家に戻ったら、お姉ちゃんとお祝いしよう。

=もう、いつまで黙ってるの?=

 そんな事を考えたら、何処からか、お姉ちゃんの笑い声が聞こえた気がした。


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私の中のお姉ちゃんが完璧超人すぎる件 @chelsea-milky

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