第3話 センパイの意外な過去

 お招きいただいたお部屋はバストイレが別づくりの廊下の無い2DKで洋間の一つが寝室を兼ね、もう一部屋はクローゼットと大きな本棚があって……なんとサーフボードにキャンプ用品や釣り道具まで置かれている物置きスペースだった。


 意外な趣味とその多さに驚きを隠せない私に春乃さんは


「ひとり住まいだから贅沢に使ってしまっているの。今ではあまり使っていない物も多いのだけど……」とはにかんだ。


 ディナーはイタリアンテイストでローストビーフの水玉サラダは可愛く、パエリアは盛り沢山だった。


 そして、お食事の後、下さったプレゼントはとても素敵な色合いの手編みのセーターだった。

 しかもその柄は……嬉しい事に春乃さんが今着ているセーターと色違いのお揃いだった。


「ふふふ。このあいだふざけて奏愛ちゃんに抱きついて、いたずらしたでしょ? その時、“サイズ”を盗んじゃった」


 ワインを片手に……可愛らしい仕草で耳元に囁かれて私は思わずドキドキした。


 ワインにも酔っていたのかもしれない。

 思わず、

「とっても可愛く盗んじゃうんですね! ひょっとしてカレシのサイズも盗んだ事あります?」と尋ねてしまうと……

 春乃さんはワインのグラスをコトリと置いて薄くため息をついた。


「うん! ある! 盗んだサイズで……生まれて初めて本気でセーター編んで……でも渡すことが出来なくなってほどいて……でもまた編んでしまって……またほどいて……それを何度も繰り返したものだからセーター編むのにすっかり慣れてしまったわ」


「あの……聞いてもいいですか?」


「うん! 大丈夫よ!」春乃さんは力こぶを作ってみせる。


「その……お付き合いしていた方は……ひょっとして亡くなられたんですか?」


「えっ?! そんな事はないわ。たまにご活躍を耳にするし……多分、奥様やお子様がいらっしゃって……素敵なご家庭があって……そんな光景が当たり前のように想像できる方だったから…… 私、何か誤解を与えてしまう様な事言ったかしら?」


「いえ!何も! でも……春乃さんみたいに素敵な方を振ってしまうなんて!!……少なくとも会社の男の人は全員!春乃さんのファンですよ! 私、課長からも直接聞きましたもん!『結構アプローチした』って!!」


 春乃さんは少し困った顔をした。


「そう言っていただけるのはきっと皆さんが私の本性を知らないから……」


「本性?」


「そう! 私の本性を知る人々から……私は『売女!淫乱!!』と謗られたの」


「酷い!! 春乃さんに向かってそんな事言うなんて!!」


 叫ぶ様に怒鳴ってしまった私を春乃さんはギューッと抱きしめた。


「でもそれは本当なの! ずっとずっと昔……十代の頃……僅かなつまらない見栄の為に、私、援交してたの……その時の“パパ”の一人が隼人さん……カレのお父様で……両家の初顔合わせで、お父様の顔を見てさすがに目を疑ったけど……それから両家はいずれも修羅場……実家から放逐された私は、遠縁に当たる社長に拾ってもらったの。あ、もちろんじゃないのよ!だから、こうして日々暮らしていけるのは社長のおかげ! でも隼人さんとお母様には本当に本当に申し訳なくって……」


「『隼人さん』はその時、なんて?」


「カレはね、謝ってくれたの。『親父やおふくろがキミにしたことを許して欲しい』って……」


「だったら!!」


 私が言い掛けると春乃さんは首を横に振った。


「カレの事はずっとずっと大切なの! だからカレとカレの家族を傷つける事は絶対にできない!!」


 春乃さんに抱かれていた私は春乃さんをギューッとギューッと抱き返して……


 ふたりして大泣きした。


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