終末思考
Nannnimonai
第1話
世界が終わると聞いた時、どこかホッとしている自分がいることに気がついた。
もう頑張らなくていいのだと、もう傷を負う必要がないのだと肩の力がすっと抜けた。家族と会えなくなるのは寂しいし、友達との別れも辛い。だけどそれはみんな同じこと。僕だけじゃない。
世界最後の朝は静かだった。一時期は変な宗教が流行ったり、暴動が起きたこともあったが、今では皆が終末を受け入れ、穏やかな週末を過ごしているようだ。今日は一日中寝ているつもりだったが、心に一つ浮かんだことがあった。自分でもやり残したことがあったとは意外だった。海を見たい。そう思った。閉鎖された環境で暮らす子供のような考えに苦笑しつつ、最後の瞬間を海で過ごすというのも悪くない気がした。海なんて最後に見たのはいつだっただろうか。移動中の電車でちらりと見た時だったか。少しワクワクしている自分がいることに気がついた。何を持っていこう。スマホなんか持っていっても仕方がないな。財布と浮き輪……は少し浮かれすぎか。そもそも電車は動いてるのか? なんて考えながら学生の頃使っていたリュックサックを引っ張り出してパッキングを始めた。リュックサックをしまってあった棚から懐かしい曲しか入っていないウォークマンやら記憶から消えかけていたゲームの入ったDSが出てきてアツかった。もれなく充電してリュックサックにぶち込んだ。
外に出ると、眩しい光が飛び込んできて一重の細い目をさらに細めた。いつもと同じ風景のはずだがなぜだろういつもとまるで違って見えた。どう違うのかうまく表現できそうにないが、なんだか色鮮やかなのだ。新鮮……そう、フレッシュ! な感じ。語彙の勉強を今から始めたところで仕方ない。諦めよう。
大きな着いたのは駅だというのに人気はまるでなかった。改札は解放され、電車も自動運転らしい。まぁ、世界の最後までお金を稼ぐのも馬鹿らしいか。この非日常感は嫌いじゃない。早速電車に乗ったがどの車両も人の気配はない。動き出すとただ電車が線路を踏む心地よい音だけが聞こえた。ひとしきり車窓からの景色を楽しむと、リュックサックからウォークマンを取り出して再生ボタンを押した。うろ覚えな歌詞を口ずさみながら車両後方に視線を向けると人がいた。目があった恥ずかしすぎるだろ。その人はすっと席を立った。別の車両に移るのかと思ったが、とことここちらへやってきた。
「その曲、懐かしいですね」
「あ、え、うん」顔ない。
「懐かしいなその曲よくCMで流れてて聴いてた」
「僕、そこから好きになったんですよ」
「そうなんですね」
「……」
なにこれ。気まずい。その人は僕の隣へどさっと腰を下ろすと、大きなバックパックを前で抱えた。
「随分と大荷物だね」
「これ、死体が入ってるんです」
「わぉ」
「冗談ですよ」
「どちらまで?」
「海を見ようと思って」
「だから浮き輪をつけてるんですね」
「お恥ずかしい…」
「付いていっていいですか?」
「え」
「めっちゃ嫌そうな顔」
「そんなことないです。用事があるのでは?」
「まぁ、そうですけど兼ねれます」
「カーネルサンダース」
トンネルを抜けるとばっと視界が青くなった。海だ。テンション爆上げだ。その後は、死んだら交代というルールでゲームをしたり、懐かしい曲を一緒に聴いたりして時間を潰した。なんとなく名前は聞かなかった。
駅に着くと、近くの売店に寄った。レジには、おばあちゃんが膝に乗った三毛猫を撫でながらテレビを見ていた。
「いらっしゃい。好きなもの持っていきな」
「駄菓子ある駄菓子!」でかいバックパックが跳ねる。
「PayPay使えますか?」
「非対応だよ」
「今日も営業されてるんですね」
「他にやることもないしねぇ」
「トランプあるしババ抜きできるよ!!」
「んやかましぃねぇ」
店を出ると、おばあちゃんちょっとキレてたよねーと話しながら砂浜へ出た。ひとしきり海を眺める。砂を触る。石を投げる。
「思ったより海ってやることないねー」
「そうだね」
「もうおしまいかぁ」
「不思議だ。明日も続きそうなのに」
眺めていた海が揺れる。少しずつ世界が褪せてゆく。ぼやけていく。照準がずれる。分かっていた。隣の子に対する淡い好意の正体もこれが夢だということも。この先、何度も夢を見ることがあるだろうが少なくともこの夢を見ることは二度とないだろう。覚めた時、記憶は曖昧でほとんど覚えていないかもしれない。それでも、それでよかったのだと思ったのだった。
終末思考 Nannnimonai @nannnimonai
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