第4話 誰しも人知れずわがままを巧みに使っている
人通りの多い交差点を渡り、出町桝形商店街の傍にある喫茶店に着きました。
ここまで来るのに、大きな橋を渡らないといけないので、おそらくですが、猫ちゃんはここまで来ていないでしょう。
そう考えていた時、事務所を出る前に準備した、瑞穂さん宅の周辺の地図があったことを思い出しました。
そちらを、まだ一目すらもしていないメニュー表の上に置きます。
涼しい店内に氷の入ったお水を飲んで、頭の熱が取れてきたようです。
「なになに? どうしたの?」
突然のひらめきに、楽しそうにメニュー表を眺めていたみほさんが驚きます。
「いえ、ちょっと。……ここ周辺の地図を持っていたのですが、これを使えば、猫ちゃんが居る場所を絞れないかなと思いまして」
クリアファイルに入った地図を取り出し、直接赤ペンで大通りや橋を境にした囲いをつくります。
「あ。確かに。大通りや、隠れるところの少ない橋の上なんかは避けそうですね」
「ですです。あとはこれに、縮尺から半径百メートルの範囲に円を加えれば……」
完成です。名付けて探索地図君一号です。これで、探索が大いに捗るでしょう。
ただ惜しむらくは、少し足を伸ばしたところに、糺の森と賀茂川の河原があることでしょうか。そのどちらに逃げ込まれても、人が寄り付かない分、行動範囲も広くなってしまいそうです。思っていた以上に、迷子の猫探しと言うのは大変なものです。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
地図君一号とにらめっこをし、それによる露呈した問題を指摘しようとした矢先、店員さんが注文を伺ってきました。それもそのはずです。ここは喫茶店なのですから、入ったからにはお飲み物の一つでも頼まなければいけません。そうしないのに居座り続けてしまっては、お店のご迷惑になってしまいます。
先ほどまで楽し気にメニュー表を眺めていたためか、みほさんは既に決まっているらしく、焦る様子もなく注文をします。瑞穂さんはというと、何度か訪れているような素振りで、お決まりの品を頼んでいるようです。わたしはと言うと、まだメニュー表にも目を通していないため、どのようなものがあるのか、さっぱりなのです。依頼の打開に夢中で失念していました。
焦りが顔に出始めていたでしょう。すると瑞穂さんが。
「ここのおススメはサンドイッチとアイスコーヒーですよ」
と、こっそり教えてくれます。わたしは、それを復唱するように店員さんに伝えました。
お飲み物は食後で構いませんか? と聞かれるのですが、小声で返してしまったので、食後に来るのか、食中に来るのか分からなくなってしまいました。
かしこまりました。少々お待ちください。と店員さんが去っていきます。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ、とても真剣な顔だったので。もしかしたら突然注文を聞かれたときに、頭が真っ白になったのかなって思いまして」
図星です。
「でもさ、これで探す範囲が絞れたってことでしょ?」
「ええ、そのことなのですが。この範囲のすぐそばに、人気の寄らない所があるのです」
先ほど作成した、一号君の問題個所を指でなぞります。
二人とも揃って顔を覗かせます。
すると、みほさんが事切れたかのように、顔を伏せ、目を逸らすのです。
それもそのはずです。賀茂川と糺の森の位置関係は、きれいに東西で別れています。つまりは、探索の為にこの二か所を行き来しないといけないのです。直線距離で二百メートルはあります。さらには、糺の森に隠れていても河原に隠れていても、見つけ出すのは困難だということです。
途方もない思いです。願わくはこのどちらにも隠れていて欲しくない、という意見が一致するでしょう。
「ほんと、ネコ探しって大変なんだね。理屈もなしにやってたらずっと見つからないよ」
「それもそうですね。まさかここまで大変になるとは、思ってもいなかったです」
二人は意気消沈していますが、まだまだ諦めるには早いのです。
「何怖気づいているんですか。まだまだ試せることはいくらでもありますよ」
励ましの号令と言うよりかは、まだやりたい事があると言う意思宣言でしょうか。
鼓舞するわけではありませんが、受けた以上はやりきるのです。仕事とか人からの信頼とか、込み入ったむつかしい事はさておき、諦めるなんて許せません。
それに、みほさんを信じてわたしに話が来たのですから、それを裏切るような行為はしたくないのです。絶対に見付けてみせます。
と、意気込みを秘めていたところ、注文したお料理が届いたようです。
ミートパスタにサンドイッチが二つ。どうやら瑞穂さんは同じものを勧めていたようです。軽食に相応しい手軽な量で、これなら、小食なわたしでも、安心して食べきることが出来そうです。
食べ進めながら、話を進めていこうと思うのですが、一口付けたサンドイッチから口が離れません。不覚です。酸味の効いたトマトケチャップと、コールスロードレッシングの柑橘類の香りがとても合うのです。ケチャップにより生まれたジャンクフード感が、水分補給により不足したミネラル分を補充したがる欲求に、しかと答えています。
それだけではありません。歯ごたえのある葉物にアボカド。それに加え、半熟のゆで卵です。サンドイッチの見た目で、これ以上に食欲をそそるものがあるでしょうか。
調理されて直ぐに提供、というものでない限り、それも難しいでしょう。
満足に食していると、あっという間に食べ終えてしまいました。
二人より先に食べ終えてしまったのが、なんだか面映ゆい気持ちです。
スマホに入っている歩数アプリを眺めて、今日の活動を確認しているうちに、みほさんが食べ終えたのか、ぷはぁとお水を煽ります。
「ほえで、つぎはどこから探索するの?」
おしぼりで、口周りの汚れを落としながら話しかけてきます。
「そうですね。川辺付近を探索しようかと思います。以前、瑞穂さんと二人で、糺の森近辺は探したとのことですので。それに、こんなに暑くて人通りも多くては、きっと猫ちゃんも表に出てきそうにないですからね」
五月にだというのに、外の景色には陽炎が見えます。
「それもそうだもんね」
こんなこともあろうかと、猫がお昼間に隠れる、避暑地を予め探っておきたかったのですが。生憎、今回は使えません。
ですので、考えうる可能性から探っていくことにしましょう。
まず、重要なのが、今回失踪したのは野良を保護した飼い猫だというところです。小さい頃の記憶があるかは定かではありませんが、おそらく縄張りと言うものは持ってはいないでしょう。そのため、縄張り意識というのもがどう影響するかも問題です。
これに加え、臆病な性格であれば、なおさら野良猫との距離は取るはずです。
そうなるのであれば、必然的に野良がいる地域から離れる。また、野良猫の大きな集団に入る。と言ったところでしょうか。どちらにしても、これらは時間の問題になる気がします。
今日が2日ですので、猫ちゃんが失踪してから4日目です。これ以上、時間をかけてしまっては、もう手の届く範囲に、居ない可能性が出てきてしまうかもしれません。
そうならないで欲しい限りです。
もう一度送られた猫ちゃんの画像を見つめます。
白猫というのは、自身が白くて汚れやすいという事を自覚しているそうです。その認識から、飼い猫であっても、埃の溜まっているような場所には近づかないのだとか。
不思議な生き物です。
「そういえば、聞きそびれたのですが。猫ちゃんの名前はなんて言うのですか?」
「さきちゃんって呼んでます」
少し照れるように猫ちゃんの名前を教えてくれます。その気持ちもわかるでしょう。自分しか呼ばないはずのペットの名前を人に教えるのは、少々恥ずかしいものです。
わたしも幼いころ、ウサギの縫いぐるみにピー助と名付けていました。女の子姿のウサギさんでしたのに、なぜとよくお姉さんに笑われたものです。
続けて性格を聞き出します。
「性格は……猫らしくもあり、犬らしくもある……ですかね。……参考になりました?」
大変、複雑な生き方をしていらっしゃいます。ややこしくなる一途ですが、折角の情報なので、ありがたくメモ帳に記載しておきましょう。
先ほどの予想が正しければ、まだ近くにいる望みが出てきます。
とは言いましても、日中での探索ではいろいろと限界があるでしょう。
猫ちゃんの行動もそうですが、わたし達の体力にも、気を使わなければいけません。下見であるという事を忘れてはいけないのです。
「あ、もしかしたら、ビニール袋が意外と有効だったりするかもしれないです」
「それはどういう理屈で?」
咄嗟の瑞穂さんの提案に、理屈が結び付きません。
「いえ、猫ってビニール袋の音が好きな子が多いらしくて、うちの子もそうみたいで。以前、置きっぱなしにしていたビニール袋で遊んでいたんです。それを今思い出しました」
ビニール袋の音に興味が引かれると言うものでしょうか。しかし、不安や警戒している状況で、上手く機能するのか未確実です。ですが、やるに越したことはありません。
「いいですね。午後はそちらも試してみましょうか」
と、しばらく食べ終えた後にお話をしていると、店員さんがお飲み物を運んできてくれました。アイスコーヒーとオレンジジュースです。
「あ、私もそっちにしとけばよかったな」
みほさんが羨ましく、こちらのテーブルに置かれたものを見つめています。
それもそのはずでしょう。ここのお店のアイスコーヒーは、ちょっぴり特別なものらしく、なんと氷で出来たグラスに注がれているのです。
透き通った氷のグラスがなんと美しい事でしょう。
そこに、フロートのアイスにミントの葉が散らされています。
暑い日には持ってこいの、清涼感たっぷりのお飲み物です。
どうやら、今年は気温が異常に高いためか、通常であれば六月から始まるこちらの商品を、前倒して五月から提供しているそうで。暑すぎるのも悪くはない、と思い込んでしまいます。
瑞穂さんは、大学で喫茶部というものをやられているそうですが、こういったお店によく行かれるのでしょうか。とても勉強熱心な方です。
よく冷え丁寧に入れられたアイスコーヒーと、フロートのバニラアイスの組み合わせが、とても涼しさを満喫させてくれます。
グラス自体が氷で出来ているためか、最後までコーヒーが薄まることなく、美味しくいただけました。暑さは大概にしてほしいですが、暑さを心地よくするものは、なくならないで欲しいです。
さて、腹ごしらえも済んだことですし、午後の探索も頑張りましょうか。と立ち上がり、お店を後にしようと思います。
「あ、お代は私が持ちますよ。お二人にはお時間使わせているので」
「いえいえ、そんな訳にはいきませんよ。仕事ですので。それに、こちらこそいいお店を教えてくださりありがとうございます。またご一緒に」
クライアントとの商談に来たわけではありません。仕事をしに来ているのです。そこは、どんなにも有益なことがあっても、揺らいではいけません。
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Xにて「#小雪杏」と添えて感想を言っていただきますと、作者が喜びます。
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