やりたい男が現れた!

崔 梨遙(再)

1話完結:1600字

 私、十六夜(いざよい)加奈子の前に、その男は現れた。私の前に立ち塞がっている。通れない。


「あの、通れないんですけど」

「うん、通さない」

「なんの冗談ですか?」

「冗談じゃない」

「じゃあ、どうすれば通してくれるんですか?」

「うん、やらせて」


 私は平手で男の頬を叩いた。と思ったら空振りした。私のビンタを避けられた男は初めてだ。もう一度! 空振り。そこで気付いた。私の手が、男の顔を通り過ぎている。触れることが出来ないのだ。


「あなた、まさか?」

「えへ、気付きましたか?」

「あなた、幽霊?」

「そういうことです」

「あ! あなた、私の住んでるマンションで孤独死した人?」

「そうなんです。何度かエレベーターで会いましたよね?」

「言われてみれば、みたことのある顔ね」

「そうでしょう? そうでしょう?」

「それで、なんで私の前に出てくるの?」

「僕、お姉さんのこと好きだったんです」

「あ、それはどうも。それで?」

「好きになったら、やりたくなるじゃないですか」


 私のビンタは空振りした。空振りするとわかっていても、つい習慣でやってしまう。私の悪い癖だ。


「させない! 早く成仏しなさいよ」

「いやぁ、童貞のまま死ぬのは嫌じゃないですか」

「知らないわよ」

「好きな女性と抱き合って、童貞を卒業したら成仏しますよ」

「私はさせない。っていうか、身体がすり抜けるんだから出来ないでしょう?」

「大丈夫です。誰かに憑依すればいいんです」

「……どんな男に憑依するの?」

「マンションの自室で待っていてください。憑依してから行きます」



 ピンポーン。


「え!」

「この姿ならOKですか?」

「え! ダメよ。こんな熊だかゴリラだかわからないような野獣、こんな奴に抱かれたくない」

「でも、この人、1箇所だけ大きいですよ。いいでしょう? 別に」


 パシーン!


「とにかく嫌! イケメンに憑依して来なさい」

「はーい」



「来ました-!」

「どう見ても中学生じゃん!」

「この方が萌えるかなぁと思って。イケメンでしょ?」


 パシーン!


「出直してきなさい」



 ピンポーン。


「え!」

「はい、お待たせしました、イケメンです」

「この人、もしかして!」

「はい! 〇〇〇〇です」

「国民的人気俳優じゃない!」

「これなら文句無いでしょう?」

「イケメン過ぎるわよ! よく憑依出来たわね」

「テレビの収録の後に憑依しました。これで、抱かれてください」

「うーん、国民的人気俳優かぁ……うん! OK! 興味津々! よくやった!」



「これで、あなたは成仏するの?」

「はい、おかげさまで。思っていたより胸が大きかったし」

「言うな!」


 パシーン!


「やっぱり身体があると痛いなぁ」

「聞き忘れてた。あなた、名前は?」

「多田野太志(ふとし)です。お姉さんは?」

「十六夜加奈子。ちなみに20歳の女子大生。将来は教師になるの」

「今度生まれ変わったら、付き合ってくれますか? イケメンに生まれますので」

「その時、私が独身だったらね」

「じゃあ、消えますね」

「待って! この国民的人気俳優の身体は?」

「置いていきます!」

「そんな無責任な」

「後はよろしくお願いします。では、また-!」

「待てーい!」


 私は咄嗟にビンタした。だが、既に太志は消えていて、私は国民的人気俳優にビンタしただけだった。



 目を覚ました国民的人気俳優は、記憶を失って私の部屋のベッドで目覚めたのでパニックになった。私は事情を話したが、太志の幽霊のことは信じてもらえなかった。しかも、週刊誌に載った。『人気俳優、女子大生と密会!』と。最悪だった。



 16年後、高校の教師になった私だったが、まだ結婚はしていなかった。そんな時、新入生の男の子が私の目の前に立った。


「通れないんだけど」

「はい、通しません」

「え! このパターンはもしかして?」

「やっぱり出会えましたね。生まれ変わりましたよ。約束はおぼえていますか?」

「うん、おぼえてる。約束は守らないとね」

「じゃあ、やらせて」


 パシーーーン!



 私のビンタの音が廊下に鳴り響いた。







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やりたい男が現れた! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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