第1話 時の目の少女

「あにあに〜、いっぱい取ってきたよ〜」


 少女はそう言って大量の魚を持ってきていた。少女は、その小さく小柄な体型から想像も出来ないほど大量の魚を抱きしめ走ってきている。


「お、大量だな。今日の夕飯はご馳走だな」


 男はそう言ってにっこり笑う。少女もその顔を見て万遍の笑みを浮かべる。


 2人がこのような生活を送っているのは、あることがきっかけであった。それは、何年もの年月を遡る……━━


 ━━……男は暗闇を1人で歩いていた。目の前は何も見えず、後ろも何も見えない。自分の体さえ目視することが難しい暗闇を歩いていた。


 男の名前はカスミ。魔法使いだ。だが、これといって何か凄い騎士団に加入しているわけでも、魔道士になっているという訳では無い。ただ、ちょっと特別な魔法使いだ。


 ここで1つ質問をしよう。これを読んでいる人がいるなら少し考えて欲しいのだが、『特別な魔法』『特別な力』『特別な存在』こんな風に『”特別”』という言葉を使われた時どう感じるだろうか?


 特別な魔法や力は当然のように良い印象を相手に与える。特別な存在も同様に良い印象を与える。何故このようなことが起こるかと言うと、我々の脳裏にそういった暗黙の了解に似た、何かしらの共通認識のようなものが植え付けられているからだ。そして、そういった作用が自然と働き良い方向に捉えてしまいがちである。


 しかし、『”特別”』という言葉を聞いた時こうは思わないだろうか?『それって、いいことなのか?』と。


 そう、特別という言葉は果たしていい事なのか、悪いことなのか、その言葉だけでは分からないのだ。きちんと内容を聞き、そこで初めてプラスマイナスが決定される。


 少し話が逸れてしまったが、とにかくカスミは特別だったのだ。そう、悪い方での……。


 この世界には5つの禁忌が存在する。それは、この世界の人々が持つ共通認識である。1つ目が、『複写眼リメリヴェル』。文字通り、魔法を模倣する目だ。たとえどんなに魔法陣や術式だろうと1度見てしまえば模倣してしまう。


 2つ目は『次元眼ディメンティア』。次元を扱う目だ。1次元から無数に続く次元。それらの次元を変えたり、戻したりなど一瞬で”いくつかの次元”を繋げることが可能となる。


 3つ目は『時間眼クロニクル』。それは、時を操る目。人や物、空間などの認識することが出来、かつ目視することが出来るものの時間を思いのままに操ることが出来る。


 4つ目は『呪怨眼カースファイア』。呪いの目と呼ばれる。その目は呪うことも解呪することも出来、人や物にかけられた呪いを見ることさえもできると言われている。だが、実の所それほどよく知られていないのだ。この目に関して言えば、希少種とも呼べるだろう。


 そして最後は『幻影眼ファントメイト』。この目に浮かぶものは、誠なのか嘘なのか、現なのか虚ろなのか、それを知るものは本人以外に存在しない。1度その目を見てしまえば、二度と解けぬ幻を見せられると言われている。


 カスミはその内の一つ、『幻影眼ファントメイト』を持っていたのだ。生まれつきその目を持っていたカスミは苦しい生活を強いられてきた。そして、これからも……。


 カスミはその時、禁忌の目がもたらしたいくつもの罪を償う旅を行っていたのだ。真実か嘘かも分からないその目に、世界の真実だけを刻んで……。


 そんなある日、彼の目の前に少女が現れた。と言うより、彼が路地裏を進んでいると、その途中に捨てられていたのだ。カスミは少しだけ立ち止まってその少女を見つめる。


 両手足には枷が付けられており、繋がれ縛られている。そして、何故か服を着ておらず、全身には鞭で叩かれた跡がある。


「……」


 カスミはその少女を見た時特に何も気にしなかった。なぜなら、これまでそのような人を何人も見てきたからだ。社会から見放された不適合者が捨てられることなんてざらだ。いちいちその全てに首を突っ込んでいたらキリがない。


「親が失敗したか。可哀想だが……仕方の無いことだ」


 カスミはそう言ってその前を通り過ぎようとする。しかし、その時一瞬だけ何かを感じた。ゾワッと体の中によく分からない何かが走っていく。


「っ!?……」


 カスミは少女に目をやった。そして、ゆっくりと少女の前にしゃがみこむ。そして、その目を覗き込んだ。


「っ!?まさかお前も俺と同じ……」


 カスミはその目を見て驚く。なんと、その目には『時間眼クロニクル』が浮かんでいたのだ。時計のような紋様が浮かんだその目はチクタクとその時を刻んでいる。


「……世界から追い出されてしまっまたか。悲しき事だ」


 カスミはそう言って少女の頬に手を当てる。そして、ゆっくりとその顔を覗き込んだ。


「……あに……あに……?おか……えり……!」


 その言葉を聞いた瞬間カスミの脳裏に何かが蘇る。それは、少し昔の記憶。カスミが旅を始めて少し経ったある日のこと……。


「そうか、これも全て俺が……」


 カスミはそう呟くと、少女をゆっくりと抱きしめる。そして、そのまま少女を抱き抱え、連れていく。誘拐だの監禁だの、とやかく言われようと構わない。


 カスミはその目に幻影眼ファントメイトを浮かべながら、少女を連れて歩み始めたのだ。そしてこれが、カスミと少女の旅の始まりだった。

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幻の目と時の少女 五三竜 @Komiryu5353

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