第7話 6,島暮らし


母のお里の大田商店には、道路一本隔ててすぐそこに、ポチャポチャと瀬戸内の穏やかな波音を奏でる海が迫っていた。




今でこそ、しまなみ海道となって道路も整備されてしまっているが、当時はもっと狭い道だった。




道を横切って来るのであろう、小さなイソガニを、家の周辺でもよく見かけた。




二階建ての家だったが、用を足す時は、一階の中庭にある小さな別棟の佇まいを呈するポッチャントイレに、つっかけを履いて行かなければならない。




大人用のサイズのつっかけに足を引っ掛けて、よたよたしながらポッチャントイレに向かう途中、転ばない様に足元を見ながら歩いていると、チョロチョロ動く物を見つける。そうなるとトイレは二の次で、その場にしゃがみこみ、敷石の上から器用に地面に伝い降りていくイソガニの観察に夢中になり、順番待ちの声にも気が付かないくらい没頭していたものだ。




海に浮かぶ小さな島。そこに掘られた井戸の水を、母のお里では皆が飲んでいた。




口に含むと、海水を真水で薄めた様な味がして、私はとてもじゃないけど、飲む事どころか匂いも苦手だった。ミネラルをたっぷり含んでいたのだと思うが、どうにも塩っからそうな匂いがしていて飲む気にならない。おばあちゃんに麦茶を沸かしてもらわないと水分補給が出来なかった。




砂浜ではなくて、大きめの砂利がゴロゴロ転がっている浜だった。引き潮の時にイソガニを見に浜に降りようものなら、足の裏が痛くて痛くて、悲鳴を上げる位だった。


カニの捜索の合間に顔を上げて海を見やると、近くには造船所が物々しく構えてあったっけ。




毎日の満潮の時刻を書いた一覧表が、家の出入口の壁に貼ってあって、いとこ達がそれを見てさんざめくのが毎夏の風物詩だった。




張り紙に書かれた時刻に合わせ、子供達は各々海水着に着替えて、自分の名前が書かれた木札をめいめい持って、海に向かって突進して行った。




道路端に木札をキチンと並べて置いたかと思うと、ボチャンバチャンと海に飛び込んで行く。




見張り役の大人は日替わりの当番制で、慌てて麦わら帽子を被りながら駆けつけて来ていたのを思い出す。




80m程沖に、飛び込み台があって、子供達は競ってそこまで泳いで行き、盛んに飛び込み合戦をしていた。




毎夏の事とは言え、地元の子達には敵わない。私はいつも、心配症の母から浮き輪を与えられ、浜付近でポチャポチャ浮いて十分満足していた。




一日たくさん身体を使って疲れた頃、二階の海側の広い座敷に敷き詰められた薄い敷布団に雑魚寝をする。




いとこ達も、普段の自分の寝床ではなく、雑魚寝に参加していた。




開け放たれた窓の外から、昼間よりも少し濃いめの潮の香りが漂い、ポチャポチャ、パシャン、と波の音が間近に聴こえる。




非日常、夢の暮らし。文字通りに夢心地でウトウトすると、そよそよと気持ちの良い潮風が。




ふと目を開けると、千春ちゃんのお母さんがうちわを手に横座りをして、寝そべる子供達に満遍なく優しい風を送ってくれていた。




(ママは来ないのかな…)と思いつつ、夢の中へ。




うちわ係も、当番制だったのかも知れない。

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