隣の席の花千代さんは、雪景色の登校中でも鼻ちょうちんを作っている。

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

隣の席の花千代さんは、雪景色の登校中でも鼻ちょうちんを作っている。

 夜の間に降った雪は、朝には見事に積もっていた。

 もう中学生にもなって、雪にはしゃぐような歳じゃないよなあなんてカッコつけてみるけど、やっぱり白くなった景色を見るとテンションが上がってしまう。

 手袋とマフラーをフル装備して通学路を歩けば、同級生たちが雪合戦をしながら登校している様子がちらほら。

 あ、前を歩いてるあのシルエット。見慣れたあのおかっぱ髪は、間違いない、花千代さんだ。


「すぴー……すぴぷー……」


 うわあ……花千代さん、歩きながら寝てる。見事なまでの鼻ちょうちんを作ってるよ。


 花千代あかり。クラスメートで、僕の隣の席の子だ。おかっぱ髪とあんまり表情の変わらない様子からこけしってあだ名されたりもするけれど、よくよく見ればかわいい顔立ちをしてると思う。そう思うのは、僕が花千代さんを好きだからかもしれないけど。


 気持ち足を早めて、花千代さんに追いつく。

 寝たまま歩いてるのは危ないから、そばについてた方がいいからね。決して僕が一緒に登校したいとか、そういうことじゃないよ。ほんとだよ。


「花千代さーん、おはよー……」


 そっと声をかけてみる。


「すぴぷー」


 花千代さんは寝息で返事をしてきた。

 うん、これは返事だ。一緒のクラスになってからずっと隣の席の僕には分かる。花千代さんは「おはよー」って返してくれたんだ。僕には分かる。

 ほら、鼻ちょうちんも縦にゆれてる。頭を下げる代わりに鼻ちょうちんを下げておじぎの代わりにしてるんだね。礼儀正しいね。

 そのままさりげなく隣に並んで歩いていこう。あっでもクラスメートとかに見られたら恥ずかしいかな、うわさになったら困るかな。でもいっそ……


「危ない逃げてー! 雪だるま作ろうとしたら転がってったー!」


「え? え、うわー!?」


 いきなり声がかかって、脇道の方に目を向けた。

 ゆるやかな上り坂。向こうからこっちに来るなら下り坂。

 その坂道を、まさに僕たちのいる場所に向けておっきな雪玉がごろごろと転がってきていた。


 いや待って、大きすぎない? 道幅いっぱいくらいあるんだけど。この玉ひとつでそこらの人の身長以上にあるんだけど。頭どうやって乗っけるつもりだったんだろう。

 いや違う違う、逃げないと。花千代さん!


「すぴぴすー」


 まだ寝てるよ!

 ああどうしよう、引っ張って逃げ……いやもう間近に迫ってる、速い速い速い、これ逃げられなくない?


 こうなったら、体を張るしかない。僕が盾になって、花千代さんを守るんだ。

 両足を踏みしめて、花千代さんに背を向けて、花千代さんと雪玉の間に立つ。

 花千代さん、僕の分まで長生きして。ああ、死ぬ前にせめて、この気持ちを打ち明けたかった……


「ぐーすぴー」


 そのとき花千代さんがひときわ大きな寝息を立てた。僕の耳元すぐそばで。

 背後にぴったりと寄り添う花千代さん。その鼻から一気にふくらむ鼻ちょうちん。

 鼻ちょうちんは雪玉と同じサイズまで膨張して、雪玉と正面衝突した。


 はげしくぶつかる玉と玉。坂道を駆け下りた勢いのままの雪玉は、ギャリギャリと回転を続けて鼻ちょうちんを削り取らんとする。

 雪玉の冷気。鼻ちょうちんに封入された、花千代さんの鼻息というぬくもり。相反するふたつの属性がお互いを侵食しあって、空間にプラズマ光がスパークした。


 そしてそのエネルギーが対消滅して……雪玉と鼻ちょうちんが同時に割れて、空中に舞い上がって、鼻ちょうちんのしずくを芯にして固まって、大粒の雪に変わった。


「……あ」


 花千代さんの声が聞こえて、僕は振り返った。

 花千代さんは目を覚まして、空を見上げて、降ってくる雪たちを見つめていた。


「きれい」


 そうつぶやく花千代さんの顔に、僕はみとれた。

 花千代さんは目を輝かせていて、そのほっぺはこの寒空もあいまって赤らんでいて、なんというかその、とっても、かわいかった。


「……さむい」


 花千代さんはぶるっと体をふるわせた。


「沖田くん、あっためて」


「花千代さんっ!?」


 唐突に、花千代さんは僕のマフラーをつかんで、のれんをくぐるみたいに持ち上げて、その中にすっぽりと首を突っ込んできた。

 え、これあの、ひとつのマフラーを二人で巻いてる格好になるんだけど。


「沖田くん、体温高い?」


「あのっ、えっと、そうかもっ」


 体温が高いのはこんなに急に密着されてドキドキしてるからです。

 というか待って、なんの心の準備もしないままにこんなことされたら緊張と興奮で頭と心臓が爆発しそうなんだけど。さっきの雪玉と同じ運命をたどりそうなんだけど。


 そんな僕の心情をまるで分かってないのか、花千代さんはくっつきそうなほど間近で顔を向けて見つめ合ってきて、その表情をほんのちょっとだけほほえませた。


「あったかい」


 その笑顔ひとつで、僕はもう完全に、頭が真っ白になってしまった。


「あのっ、花千代さん……」


「すぴぷー」


「寝てるし」


 花千代さんはいつも通り、鼻ちょうちんをふくらませて気持ちよさそうに眠ってる。

 え、ちょっと待って。これ僕、このまま登校しなきゃいけない感じ? ひとつのマフラーにくるまったままで?


「すぴゅーぴー」


 くっ。起こせない。こんなに気持ちよさそうに寝てる花千代さんを起こすなんて、僕にはできない。

 仕方ない。このまま行くしかない。

 このまま花千代さんと密着して、学校まで行くしか。


「というかあの、花千代さん、鼻ちょうちんが邪魔で、前が見えない」


「すぴひょー」




 その後僕たちは、学校に遅刻した。

 仕方ないんだ。ただでさえ雪道なのに、鼻ちょうちんで視界がさえぎられて、寝てる花千代さんと密着してて、そんな状況で花千代さんを転ばせたりしないように慎重に登校してたら、時間がかかるから。

 この花千代さんと密着した状況が長く続くように、わざとゆっくり歩いたとか、けっしてそういうわけじゃないんだよ。ほんとだよ。

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隣の席の花千代さんは、雪景色の登校中でも鼻ちょうちんを作っている。 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker

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