第11話:犠牲

「……クソっ!」


 ミラキが忌々しげに羽を鳴らしました。

 アクルワの手のひらから石護符タリスマンがむしりとられ、音もなく鳥影が舞い上がります。

 石筍せきじゅんうように飛んだそれはフー・スリの死角から洞窟の外へと抜けようとして。


「くあッ⁉」


 はしった何かにより撃ち落されていました。フー・スリは一歩も動いておらず、その手をミラキのほうへ伸ばしただけ。


「ミリちゃん!」


 とっさに駆け出していました。後ろでベティーネが何かを叫んだ気がしますが意識の外。

 散った糸くずや枯れ草が舞うその向こう、滝つぼへと弧をえがきながら落下していくミラキ。最短距離で追うアクルワの正面、真っ黒な肌に白い眼をした痩身禿頭そうしんとくとうの魔人。


「――ィイイァアアッ!」

発祈プレイ――――コナオトシバンカー!」


 基礎課程でひたすら叩き込まれた基本中の基本。

 受けるにおくすべからず。足を止めたり下がったりすればそこは相手の間合いのど真ん中になります。

 アクルワのゴーレムはもっとも基本的な、細かい操作が少ない重戦士型ウォーリアーで、だからこそ迷わず踏み込むことができました。


「うぐっ、ふ――っ!」


 爆発的な衝撃が全身を通り抜け。

 前回のことが思い起こされ身を固くします。ですが。


「もう、いっ、かぁい!」


 こわばりを吐き出すように叫びました。衝突に近い正拳を受け止めた砂の防壁が、回り込むように伸びて魔族の側面を塞ぎます。すぐ横をアクルワは駆け抜け、ジャンプ。

 叩きつける水からあふれる泡で真っ白な滝つぼ。隕石のように、アクルワは着水しました。


(ミリちゃん、どこ?)


 れきでできたアクルワはほとんど直線的に水底へと落下します。一方、軽い素材で構成されたミラキは水面近くにいるはずで。

 地上より何倍も大きな抵抗を全身でかき分けながら、ひたすらに上を目指して首を巡らせます。そのとき、水中深くへ潜る滝の流れの中に、片翼のシルエットが見えた気がしました。


(っ……コナオトシバンカー!)


 水底の砂を隆起りゅうきさせ、足場にして一直線に向かいます。水面を破りながら抱きとめたそれは、無残に半身を失い、核の半ば露出したシマフクロウでした。


「ミリちゃ――」

「――上です、防御なさい!」

「っ」


 とっさに反応。けれど防壁は足場に使った直後で使えず。考えるより先に、自由な右腕を発動させます。


発祈プレイ――バリカタナックルⅢ!」


 拳があたりの水を吸い上げ、巨大な塊となって打ち上げられました。怪鳥音とともに降ってきたかかととそれがぶつかって、飛沫が霧のように爆散。


「づ、うぅっ!」


 乱回転しながら水底まで叩きつけられ、直後、右肩から先がないことに気付きます。

 頭上で二度、三度と衝撃音がして、離れた場所に落ちたベティーネもまた、喪った片足をかばうように姿を消しました。

 左腕に目を落とします。ミラキは苦しげに身じろぎして、その爪は石護符にはりついたままびくともしません。

 刹那。

 音もなく水面へ落ちてきた何かに、アクルワの全身の毛が逆立って。


「――コナオトシバンカー!!」


 悲鳴のようにコマンド。

 直後、滝壺の水が一滴残らず吹き飛んでいました。


「~~っ!?」


 もはや何が防げて、どこを壊されたのかもわかりません。とにかく腕の中のミラキだけは守らなければならないと、ひたすらに体を丸めて乱衝突に耐えます。


「っ……おい、離せ!」

「ミリちゃん、よかった。動いちゃダメ!」

「手を離せって言ってんだよ、お前のせいで飛べないだろ!」

「飛べない、って……」


 いくらなんでも無茶だろうと、彼女の姿を改めて見ようとして、視界が不自然に欠けているのに気付きます。


「あれ、ひょっとして顔ない?」

「知るかよ、片目吹っ飛んだくらいでガタガタ言うんじゃねえッ」


 すかすかした首から上をめぐらせて、辺りを確認します。濃霧のような水しぶきの向こう、干上がった滝つぼの中心で佇むフー・スリの影。


「今、オレだけなら逃げられる。離せ」

「無理だよぅ、大人しくして」

「うるさいっ、お前の自己満足に巻き込むんじゃねえ!」

「そんな言い方ないでしょぉっ!?」


 緊急事態にかまけて、見て見ぬふりをしてきたものをいよいよ直視せざるを得ませんでした。この探索は失敗で、サンカカには何の報告もできず、ヒルデからは侮られたまま。無断でゴーレムを使った件も、追求された後どうなるのか想像できません。

 泣いてしまいたい、でもその暇さえなく。


「コォオォオオォォ……ッ」


 ふっと意識に薄い膜のようなものが触れてすり抜けたような感覚。より知覚系にリソースを割いた構成だったなら、それが音波による探知聖術だと気付いたでしょう。

 フー・スリがゆらり、と二人がうずくまる場所へと向きました。


「っ、ふ、っんぎぃ……!」


 アクルワはかろうじて無事な右足を立て、無理やり全身を持ち上げようとします。


「やめろって、お前じゃ無理だよ!」

「無理でもぉ……っ……」


 叫ぶと、壁を背にしてずり上がりました。生気オドが切れかけていて、動くたびに強い疲労感が襲ってきます。


「無理でもっ、イヤなことはイヤって言わなきゃだし、やりたいことはやらなきゃいけないの」


 ここまできて、ようやく気付いたこと。ひとつ得られたもの。


「だったらいいな、とか、いつか出来れば、って待つんじゃなくて。そうしたいって思ったときに、言えばいいし、やればいいんだよ。だから、」


 何かを見過ごせないなら、ただそうすればいいし。

 誰かとペアになりたいなら、ただ。


「絶対ひとりになんかさせない。わたしはミリちゃんのペアで、重戦士ウォーリアーで、ず敵と戦うのが役目だから」


 ゆっくりと拳を構えるフー・スリ。

 そこに回避しようのない破壊と絶望が収斂しゅうれんしていくのを肌で感じて。


(あぁ)


 どく、どく、と。

 ないはずの心臓が脈打つのをアクルワは確かに聞きました。

 ふわふわとしていた気持ちに芯ができたような、頼もしさ。

 行いを正しいと信じられることが、どれほど心を奮い立たせてくれるのかを思い出します。


(どうなったっていいや、わたしは)


 でも、だから、かわりに、どんなことをしても。


(二人のことは、守らないと)


 フー・スリの背後の地面が爆発し、直後にはその姿が眼前にあります。

 次瞬に訪れる全滅を、自分の全てと引き換えにも防ごうと覚悟したのを。


 ――わかりました。


 私は肯定。


 ――ですがそれはあなたが払うべき犠牲ではありません。は私の友人で、失態で、負うべき責任なのですから。


 アクルワより、強い戸惑いの感情。

 “心配ない”と返して、私は〈窓〉から身を乗り出します。


 ――あなたの覚悟は、あなたの人生のために使ってください。


 発祈プレイ――オペレーションゴースト

 設計思想とコア技術は把握済み。拡張、改善の余地は大いにあり。

 最適化のため、コントロール権を取得。


『発祈――コナオトシバンカーⅩ』


 前方極小範囲に展開した土砂の防壁が、フー・スリの拳の着弾と同時、どこまでも薄く伸び広がります。

 目と鼻の先のわずかな空間を押し切れず、拳が停止。次いで繰り出された頂肘、背撃も同様に。


「――――、」


 白濁した目が、じっとこちらを注視します。

 すでに理性も記憶もおぼろだからこその第六感で。


『……あなたとは、こんな形で会いたくなかったです。沙門しゃもん様』

「――エェリアアアァァァアアッ!!」


 憤怒と悲嘆が塗りこめられた漆黒の咆哮が、あらゆる障壁をすりぬけて私の心を打ちました。

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