第37話 告白


「「はぁ、はぁ、はぁ」」


 やることを終えた後。あたしも奈央ちゃんも、軽く肩で息をしていた。目隠し・手足の順に拘束が外されると、奈央ちゃんは頬を上気させていた。それはきっと、わたしの表情も大して変わらないと思う。


「——やっぱりわたし、奈央ちゃんに『命令』されるの好き。奈央ちゃんはどうだった? 奈央ちゃんも気持ちよかったんじゃないの?」


「た、確かにあたしもへんな気持ちになっちゃったけど――でも、やっぱりダメだよ。これがエスカレートしていったら、あたしも姉さんみたいに」


「そんなことはないよ!」


 ぴしゃり、と言うわたしのことを、奈央ちゃんが驚いたように見てくる。そんな奈央ちゃんに言い聞かせるように、わたしは言葉を続ける。


「わたしは雲雀ヶ丘茉奈のことは1回あったぐらいしか知らないけれど――奈央ちゃんがあんな女と一緒なわけがないよ。奈央ちゃんはわたしに『奴隷』として命令した時も、ちゃんとわたしのことをちゃんと思いやってくれてるんだな、っていう愛を感じたし。それはさっきだってそう。今のはちょっと恥ずかしかったけれど――嬉しかった」


「……いくらオブラートに包んでも、暴力は暴力、虐めは虐めじゃん。それだと、あの人——姉さんの暴力にだって、あたしに対する歪んだ愛情が籠っていたよ。すっごくいい迷惑だったけれど」


「確かに奈央ちゃんのわたしにしてくれたことは、名前を付けたら暴力だとか、虐めかもしれないけれど!」


 奈央ちゃんの自虐するような科白に、わたしはまた語気が荒くなっちゃう。


「その暴力や虐めが、ひとりぼっちのわたしの寂しさを埋めて、居場所だと感じられることもあるんだよ? 進むべき道を照らしてくれる道標ポラリスになることもあるんだよ? 実際、わたしがそうだった」


 わたしの言葉に、奈央ちゃんははっとしたような表情になる。


 そんな奈央ちゃんに、わたしは遂にこらえ慣れなくなって、まくしたてるように話しちゃう。


「子供の頃。ちょっと乱暴だったけれど、わたしを神童でも何でもない『清瀬栞』としてまっすぐ見つめてくれて、わたしの手をひいて、いろいろな新しい世界を見せてくれた奈央ちゃんのことが眩しくて、好きになっちゃった。そしてそれは姉妹になってからも形を変えながらも同じだった。明るくて、ムードメーカーな奈央ちゃんにはいつも救われて、進むべき道を教えてもらっていた。そして奈央ちゃんから『命令』されるのは奈央ちゃんに手をひかれてるみたいで、わたしをいろいろな立場から連れ去ってくれるみたいでこれまでに感じたことのない気持ちがこみ上げてきちゃった。そして歳を重ねるごとに美人になっていく奈央ちゃんが愛おしくて、たまらなかった」


 そこでわたしは一呼吸置き、深呼吸してから奈央ちゃんに対して微笑みかける。


「あの時奈央ちゃんに言われたようにわたし、こんなに大きくなったよ。奈央ちゃんの意見を尊重……はできてるかわからないけれど、頑張ってるつもり。かっこよく……はなれてるかわからないけれど、奈央ちゃんにも誇りに持って思えるように成績は学園1位をいつも死守してるし、新体操部でも奈央ちゃんにかっこいいところを見せたくて、頑張ってるつもり。だから、今度こそ、わたしを女の子として見てくれませんか? わたしを、あなたの『特別』にしてくれませんか?」


 はじめて奈央ちゃんへの恋愛感情を抱いた時以来、2回目の告白。10年間、ずっと押さえつけてきた感情を今、ようやく吐き出すことができた。


 わたしの告白に奈央ちゃんは驚いたように目を丸くしていた。それからどのくらいの間奈央ちゃんは目を丸くしていただろう。わたしにとっては永遠と思われたその時間が終わった後。奈央ちゃんはふっと表情を和らげたかと思うと。


「淑女は好きな人の女の子のパンツを嗅いで興奮したり、17歳になってまでお漏らししたりしないよ?」


 いたずらっぽく笑って奈央ちゃんがそう言ってきて、わたしは「あうう……」とへんな声をだしちゃう。


「って、どっちも奈央ちゃんがわたしにさせたんじゃん!」


「そりゃそうだけど、そう言うことをさせられて悦んでたのは栞ちゃんでしょ」


 ごもっともなことを言われてわたしは言い返せなくなる。


「でも――栞ちゃんは本当にあたしでいいの? あたし、あの雲雀ヶ丘茉奈の妹だよ?」


「お姉さんはお姉さん、奈央ちゃんは奈央ちゃん、だよ。わたしは奈央ちゃんがあの人と違うって誰よりも信じてる」


「あたしは栞ちゃんの本当の妹じゃないのに、人生を10年間も奪っちゃったんだよ?」


「それも逆。10年間も、お嫁さんでもないのにわたしが奈央ちゃんの傍に居させてもらって、かけがえのない思い出を沢山もらっていたの」


「あたしって栞ちゃんにいっぱい甘えちゃうし、その、Sだよ?」


「それは良く知ってる。むしろ、あたしが奈央ちゃんのことを甘やかしちゃうし、奈央ちゃんに『命令』されることをねだっちゃう。わたし、奈央ちゃんの前だけではMだから」


「何より――栞ちゃんほどの人なら引く手あまたで、あたしなんかよりもっといい人を女の子でも男の子でも選びたい放題でしょ」


 奈央ちゃんの言葉にわたしは首をはっきりと横に振る。


「わたしが、奈央ちゃんがいいの。奈央ちゃんの『特別』でいたいの。奈央ちゃんの『お姉ちゃん』でも『奴隷』でもなくなって、奈央ちゃんにとっての何の意味でも『特別』じゃなくなったこの1週間は、すっごく寂しかったんだからね、バカ」


 そこまで言い切ると。わたしは我慢できなくなって奈央ちゃんに抱き着いちゃう。その瞬間。奈央ちゃんの瞳に涙が伝う。


「あ、あたしも! 本当は寂しかった。栞ちゃんの、お姉ちゃんの『特別』じゃなくなるのは怖かった。本当はいつまでも傍にいたかった。でも、きっとあたしが一緒にいると奈央ちゃんに迷惑をかけちゃうから、って我慢してたのに――栞ちゃんは全部全部、めちゃくちゃにしてくれちゃったね」


 そう言いながらも、奈央ちゃんは怒っていなかった。


「あたしも! 栞ちゃんの、お姉ちゃんの事が女の子として好きになっちゃった。だから――栞ちゃんに、お姉ちゃんに『好き』って言ってもらえて嬉しい。あたしのことを『たすけて』くれて、10年間も好きで居続けてくれてありがとう」


「……ってことは、奈央ちゃんもわたしの気持ちを受け入れてくれる、ってこと?」


 恐る恐る聞いたわたしに、奈央ちゃんは涙でぐちゃぐちゃになった顔で大きく頷く。


「うんっ! ――栞ちゃん、あたしの恋人になって」


 大好きな人から、10年間待ち続けた、最も欲しかった言葉。それに、わたしの目頭が熱くなって、わたしの目からも大粒の涙が流れてしまう。そうして。


 一度は諦めながらも、わたしのは初恋は10年越しに報われたのでした。

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