第8話 やっぱりわたしは奈央ちゃんのことが好き


 ちょっとほろ苦い気持ちを抱えながら部活から家に帰宅すると。先にバスケ部の練習を終えていた奈央ちゃんが言えのリビングでゆったりと漫画雑誌を読んでいた。


「あ、お姉ちゃんお帰り~。——って、なんかイヤなことでもあった⁉」


 顔に出さないようにしていたつもりだったけれど、奈央ちゃんにはあっさり見抜かれちゃったみたい。


「あー、えっと……部活の後輩とちょっとあってね……。わたし、後輩から自分には分不相応な期待を持たれてる気がして、それでちょっと参っちゃって」


 口ごもるわたしを見つめて、奈央ちゃんは思案顔で腕組みをする。そして何を思ったのか


「今日は特に『命令』するつもりはなかったんだけれど――予定変更。今からお姉ちゃんに『命令』しちゃいます」


真面目な顔でとんでもないことを言ってきた。


「今日のわたし、そういうのに付き合ってあげる気分じゃないんだけど」


「お姉ちゃんがそういう気分かどうかはどうだっていいの。それはお姉ちゃんのご主人さまであるわたしが決めることだから」


「横暴なご主人さまだなぁ」


 そう零しながらも、今のわたしには奈央ちゃんとこれ以上奈央ちゃんと言い争う気力はなかった。




 リビングから奈央ちゃんの『命令』を毎回聞いている奈央ちゃんの部屋に場所を移すと。


「今日は何をしたらいいの?」


「ええっと……とりあえず目隠しして、お姉ちゃん」


 たどたどしい声でそう言われながら、わたしは奈央ちゃんに目隠しを装着させられる。さては奈央ちゃん、なにをするか何も考えてないな。


 目隠しをした途端。目の前が文字通り真っ暗になる。でも、ついこの間奈央ちゃんに目隠しをされた時ほどはわたしの心は動かなかった。


 誰もわたしのことを『優等生』だとか『部活のエース』だとか、記号でしか見てくれない。この世界に、わたしを清瀬栞わたしとして受け入れてくれる人なんていない。本当のわたしは、独りぼっち。そう思うと、今さら視界が閉ざされても、お先真っ暗なのは変わらなかった。と、その時。


 首筋に奈央ちゃんの掌が触れて、人の温もりが伝わってくる。そんな奈央ちゃんの手つきはいつも容赦のない奈央ちゃんと違って、どこかおっかなびっくりだった。


「お姉ちゃん、ちゃんとくすぐったい?」


 へんなことを聞いてくる奈央ちゃんに、わたしは小さく噴き出しちゃう。


「そんな遠慮がちな手つきだと、全然くすぐったくなんてないよ」


「むぅ」


 奈央ちゃんは不満げにそんな声を出したかと思うと。


「ひゃっ」


 今度は首筋に冷たい感触があってわたしは飛び跳ねちゃう。な、何が起きたの? 


「ふふ、冷やしたペットボトルをお姉ちゃんの首筋に近づけただけだよ。お姉ちゃんのさっきの反応、可愛い」


 ちょっとだけいつもの『命令』をしている時の奈央ちゃんの声の高さに近い声で笑う。いつもよりはかなり控えめだけど、やっぱり『命令』してる時の奈央ちゃんはちょっと意地悪で、性格が悪い。そんなことを思ってると。


 今度は何を思ったのか、奈央ちゃんがぎゅっとわたしのことを抱きしめてくる。そして。


「別に目隠しを外して泣いてもいいんだよ」


 なんて言ってくる。


「それは『命令』?」


「ううん、これはそう言うことじゃない。確かにお姉ちゃんの涙でぐちゃぐちゃになった表情はきっとかわいいから、いつかは見てみたいけれど――それは今じゃない。お姉ちゃんが見られたくないなら、そっぽ向いてるようにするから」


 奈央ちゃんがなんでそんなことを言ってくるのか、わたしにはよくわからなかった。その意味を尋ねようとした時。


「あたし、頭が悪いからさ。お姉ちゃんへの想いの伝え方がこれくらいしかわからなかったの。他の人はどうか知らないけれど、あたしはお姉ちゃん清瀬栞自身を見ているつもりだよ、っていう想いの伝え方を」


 奈央ちゃんの言葉に、胸に熱いものがこみ上げてくる。それこそ、わたしがずっと求めていた言葉だった気がする。


「その気持ちの伝え方が、今は『姉妹』ですらない『奴隷関係』って関係以外は思いつかなかった。けれど、あたしがお姉ちゃんを奴隷にしたのが何よりの証拠のつもり。あたしは綺麗じゃないお姉ちゃんも見てみたい。もっともっと、いろいろなお姉ちゃんの顔を見たいと思うんだ」


 わたしの背中をそっとさすりながら奈央ちゃんは言葉を紡ぐ。


 奈央ちゃんの伝え方は不器用で、でも、精いっぱい伝えようとしてくれているのが伝わってきた。


 そして、伝え方が不器用なのは、わたしと何も変わらなかった。そもそもわたしが奈央ちゃんの奴隷になると決めた時。奈央ちゃんへの気持ちの伝え方が、『奴隷になる』ことしか知らなかった。そんなところなんて姉妹同士で似なくていいのに。そう思うと、自然と顔が綻んじゃう。


 そこで、奈央ちゃんがわたしを抱きしめる力がほんの少し強くなる。


「お姉ちゃんが優等生じゃなくっても、新体操部のエースでもなくても、どんなに汚れて、変態さんでも、——なんだったら、あたしの『お姉ちゃん』じゃなくっても、あたしはお姉ちゃんのことが好きだよ。どんなお姉ちゃんでも、一生、お姉ちゃんの傍にいて、見つめ続ける」


 奈央ちゃんの言葉にわたしの顔が火照る。『一生』って――それって、奈央ちゃんはわたしのこと……。


 今すぐ目隠しを外して奈央ちゃんの顔を見てみたい。そう思ったけれど、目隠しを外そうとしたわたしの手は奈央ちゃんの手によって止められる。


「やっぱ目隠しを外すのはダメ。これは『命令』だよ」


 まったく、奈央ちゃんはいいところで奴隷契約を持ち出してきて、やっぱりずるい。でもそんな奈央ちゃんの前では、わたしは清瀬栞としてそのままで受け止めてもらえる。そんな奈央ちゃんのことが、わたしは妹として、そして女の子として……好きだ。


 姉妹として明らかに間違った感情が沸き上がってきてはっとする。


 ——でも、今この瞬間だけはいっか。この夢のような時間が終わったら、すぐにまた気持ちを抑え付けるから。


 そう自分を納得させてから。わたしは全身で奈央ちゃんの温もりを感じつつ、いつもの『命令』とは違った心地よさに暫く身を委ねることにした。

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