第7話 部活の後輩ちゃん


 うちの高校では、5月上旬にもなるとどの部活もだいたい新入生の確保をし終える。奈央ちゃんは中学の時から引き続きで早々にバスケ部に決めていたからあまり気にしていなかったけれど、新体操部でも4月の終わりの方まで入部するか迷って、結局入ってくれた子もいれば、逆に入ってくれなかった子もいる。


 わたしが奈央ちゃんの『奴隷』になってから3週間ほど経った頃はそんな、新入生勧誘期間が終わったくらいの時期だった。


 新入生も含めた部活のメンバーが固まると、どの部活もだいたい雰囲気が落ち着き、部活内の交友関係も概ね決まってくる。新入生同士のコミュニティ、仲の良い先輩後輩の関係、などなど。


 そして。1年生の頃は部の中でインターハイに最も近い選手として顧問や先輩達からも特別扱いされ、どこか一人で浮いているところのあったわたしにも、ちょっとした変化があった。



 その日、わたしは部室に行くなり


「せーんーぱいっ! 今日もいろいろ、ご指導よろしくお願いしますね!」


今日も翼ちゃんから抱き着かれる。そう、4月に彼女が入部してきて以来、わたしはなぜだか、妙に新入生の秋津翼ちゃんに、懐かれていた。



 翼ちゃんは綺麗な黒髪をショートカットにまとめている女の子で、はきはきしていて積極的な女の子。わたしと同じように中学の時から新体操をやっていたこともあってかなり筋がよく、中学の時は全国大会出場は惜しくも逃したものの、1つ前の地方大会までは出場していたみたい。そして、中学の時からわたしに憧れていたらしく、うちの高校に入学してきたのもわたしを追いかけて入学してきた、らしい。


 そんな翼ちゃんのことが、わたしはぶっちゃけ、ちょっと苦手だった。翼ちゃんはいつもわたしのことを尊敬の籠った眼差しで見つめてくるけれど、わたしはそんな視線を向けられるに値する人間じゃないと思っているから。


 翼ちゃんは子供の時から新体操が好きで、中学の時の悔しさがあるから、本気でインターハイに行きたいと思ってる。けれどわたしは、あくまで周囲に流されて新体操を続けているだけ。そこにわたしの意思や信念はない。なのに、翼ちゃんは純真な眼差しでわたしのことを「すごい」「尊敬する」って言ってくる。それが、わたしにとっては居心地が悪くて、息苦しかった。



 その日の練習後。更衣室で着替えているところでも、翼ちゃんは自然とわたしの隣をキープしていた。わたしはむしろ距離を置きたいのに。


「今日も練習お疲れさまでした。今日も先輩の演技も素晴らしかったです! マットレスの上で演舞する先輩は、一瞬、天使様かと思っちゃいました! いや、先輩は人に紛れた天使様ですね! 私も早く先輩みたいな演技ができるようになりたいなぁ」


「そんな大げさだよ。恥ずかしいからやめて」


 心臓がぎゅっ、と掴まれるように痛い。胸を抑えながらわたしが答えると、翼ちゃんはわたしの気持ちなんてこれっぽっちもわかっていない様子で「いやいや、大袈裟じゃないですって」なんて言ってくる。


「しかも先輩って勉強もできるんですよね。それに美人だし。ほんと尊敬しちゃうなぁ。先輩はきっとプライベートでも品行方正で、清らかなんでしょうね。そういうところから見習っていかないと」


 翼ちゃんの言葉に胸の締め付けられるような痛みは更に強くなる。


 翼ちゃんはわたしのことを人間離れした完璧超人かなにかだと思ってるんだろう。でも、そんな勝手な理想を押し付けられても、ぶっちゃけ困るし、息苦しい……。


 ——いっそのことわたしが奈央ちゃんの『奴隷』になったことを話したら、翼ちゃんだって気持ち悪がって、わたしにへんな理想を抱くことがなくなるかな。


 一瞬だけそう思ったけれど、翼ちゃんに打ち明けるような勇気が出るはずもなかった。


「わたし、翼ちゃんが思っているようなよ」


 曖昧な笑みを浮かべて婉曲的に言うのが、今のわたしの精一杯だった。けれど、翼ちゃんは鈍いから、そんな持って回った言い方で察してくれるはずもなく。


「そんな。先輩が綺麗じゃなかったら、他の人はどうなっちゃうんですか?」


 快活に笑って、相手にしてくれなかった。


「翼ちゃんは、もしわたしが新体操の成績もパッとしなくて、学校の成績も平凡で、不細工で、おまけにアブノーマルな性癖を持っていたら――翼ちゃんは今みたいに、わたしとお話してくれていた? わたしを必要としてくれていた?」


 ふと頭に浮かんだ疑問。それに翼ちゃんは怪訝そうな表情をしながら


「えっ? その質問の答えって考える必要あります? 新体操ができて、優等生で、清らかじゃなかったら、もうそれは先輩じゃないじゃないですか」


と言ってくる。


 ——わかってたけれど、やっぱり翼ちゃんが見ていて、必要としているのは清瀬栞わたしじゃなくて、新体操も勉強もできて美人で穢れのない、完璧超人なんだ。翼ちゃんが必要としているその子は、わたしじゃない。


 翼ちゃんの言葉が、わたしに心にはナイフのようにやたらと深く突き刺さった。


、今日こそは私と一緒に帰りませんか? どうやったらもっといい演技ができるか、アドバイスしてほしいんです!」


 わたしの質問を『そんなこと』と一蹴した翼ちゃんに、無理矢理に笑顔を作って


「ごめんね。今日も奈央ちゃんをお家で待たせちゃってるから」


と断る。わたしの拒絶に翼ちゃんは残念そうな表情になる。


「また妹さんですか。ほんと、先輩って妹さん想いですよね。ま、そんな妹思いなところも先輩の素敵で、尊敬しちゃうところですけど……妹さんに注いでる愛情を、もう少し後輩に振り分けてくれてもいいんじゃないですか」


「ははは、また今度考えておくよ」


 翼ちゃんに生返事をして、わたしは更衣室から逃げるように出ていく。翼ちゃんのお誘いを断ったのは奈央ちゃんを待たせているのもあるけれど……それ以上に、もう翼ちゃんの近くに居たくなかったのが理由だった。


 更衣室を出ていくとき、わたしの心は涙でぐっしょりと濡れていた。

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