第12話 ペットに適度な運動をさせるのも飼い主の務めですから!
お昼休み。1限目終了後、即座に首輪を外していたわたしは、奈央ちゃんに呼び出されるまま旧校舎の4階に来ていた。
旧校舎は今は使われてなくて、あんまり清掃もされてないから、埃っぽい上に今使っている校舎からは遠いから、教師も生徒も、殆ど近寄らない。ましてや、その最上階である4階は猶更だった。
そんな人気のないところで、奈央ちゃんは高らかに宣言する。
「では、日中は首輪を外してあげてる代わりに、今日の昼休みはリードを付けてお姉ちゃんとお散歩したいと思います!」
「えっ……」
3時間も経たずに平穏な時間が崩れた音が聞こえた気がする。
わたしの反応を見て、奈央ちゃんは不満そうに頬を膨らませる。
「妥協してあげたんだから、これくらいは『命令』を聞いてもらわないと。別に昼休みに、殆ど生徒も先生も立ち寄らない旧校舎でお散歩するだけだよ?」
「……一応聞いておくけれど、お散歩って普通に二足歩行で奈央ちゃんと並んで歩いて、って訳じゃないよね」
わたしの疑問に奈央ちゃんはニヤリと笑って
「首輪、ちゃんと持ってきたよね」
と質問に質問に返してきたことでわたしは平穏の完全な終わりを察した。アーメン。
それから。わたしは奈央ちゃんに再び首輪を装着される。ただ、今回はこれまでと違って飼い主が持つ用のリード付き。そこまで付けると奈央ちゃんは
「お姉ちゃん、四つん這いになって。これは命令だよ」
といやらしい笑みを浮かべながら言ってくる。奈央ちゃんの『命令』にわたしの中の何かが疼く。けれどそれを必死に抑えながら
「……奈央ちゃん、本当にやるの? 旧校舎は別に立ち入りが禁止されてるわけじゃないんだよ? こんなこと、普通の女の子ならやらないよ。他の子に見つかりでもしたら……」
と奈央ちゃんにお伺いを立てる。けれど奈央ちゃんは
「確かにお姉ちゃんがわんちゃんみたいに首輪をつけながら四つん這いになってる恥ずかしいところはあたし一人で独占したいけれど……誰かに見られるかもしれない、ってスリルがあった方がお姉ちゃんがぞくぞくするでしょ」
と言ってくる。それは正直、図星だった。
「……もうどうなっても知らないからね。あと、ほんの少しだけしか付き合ってあげないから」
投げやりにそれだけ言うと。全ての恥ずかしさを飲み込んで、わたしはその場に四つん這いで這いつくばる。
高校生になってまで妹に見られながら四つん這いになるって、実際にやってみると想像していたより恥ずかしいし、屈辱的だった。しかも今は首輪をつけられ、リードが奈央ちゃんに握られている。それは、文字通りご主人様である奈央ちゃんにわたしの全ての尊厳が奪われたんだ、って否が応でもわからせられる。
屈辱的で恥ずかしい。そのはずなのに、なぜか体が火照ってしまっているわたしがいた。それは奈央ちゃんも同じみたい。
「いいよ、お姉ちゃん、すごくかわいい。今のお姉ちゃんは大型犬だから、『わん』って吠えてみて」
頬を上気させた奈央ちゃんがわたしのことを見下ろしながら言ってくる。いつもは奈央ちゃんの方が背が低いから、奈央ちゃんに見下ろされるって新鮮な気持ち。
「……わん」
「今からお散歩が終わるまで人の言葉を話すの禁止ね」
「わかった」
次の瞬間。
「今のお姉ちゃんはわんちゃんなの。わんちゃんが人の言葉を話しちゃダメでしょう?」
奈央ちゃんがいつだかのようにお尻を叩いてくる。その絶妙な痛みに身体が喜んでしまっていた。奈央ちゃんにもっと躾けてもらうために人の言葉を話したい、なんて思っちゃっている自分がいた。やらないけど。
——今のわたし、恥ずかしいことをさせられたり痛みに悦んじゃう本当の変態さんになっちゃったんだ。気持ち悪いし、こんな感情は明らかに歪んでいて、間違っている。こんなところ誰かに見られたら死ねちゃうな。
そう思いながらも、誰かに見られるかもしれない、というスリルに更に興奮してしまっているわたしがいた。ほんと、どうしようもない。
そんなわたしのお尻を、奈央ちゃんは更に叩いてくる。
「お姉ちゃん、お返事は?」
「わんっ!」
奈央ちゃんの犬になり切って元気よく返事をしてみると、それはそれで気持ちよさを感じてしまった。
「いい子だね、お姉ちゃん。じゃあ、お散歩を始めようか」
そして奈央ちゃんにリードを引かれるまま、わたしの『お散歩』が始まった。
それからのお散歩はよく記憶に残っていない。ところどころ奈央ちゃんのペースが速い上にリードを引く力が強くて少し首が絞められて苦しかったけれど、それでさえ奈央ちゃんにされてると思うと心地よく思えてしまう自分がいた。
そしてそんな明らかに間違っている時間が終わるのは突然だった。
「せ、先輩。こんなところで一体、なにやってるんですか……」
聞き覚えのある少女の声に、わたしは恍惚とした気持ちから現実へと引き戻される。
四つん這いのまま恐る恐る顔を上げると、そこには――信じられないものを見たような形相をした翼ちゃんがいた。
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