戦隊ピンクの戦後 7

「お前が噂のバーニンジャーかァ! 五番目の戦隊! ギャンギャングに歯向かう愚か者ども!」


 ハサミ怪人のハサミが鋭くバーニンレッドの脇腹を狙う。ぎりぎり、その攻撃を躱し、バーニンレッドはブレスレットのクリスタルを二度叩いた。途端、クリスタルから光が放出し、細身の剣のような形に変化する。


「キャンドルブレード!」


 バーニンレッドが細身の剣を使い、ハサミ怪人のハサミを素早く抑え込む。


 ――何かが、私を突き動かしていた。素早くジュラルミンケースを開き、中に収まっている二つのアイテムを取り出す――


「いいのかァ? オレ様はお前なんぞより速く動けるんだぜぇ?」


 ハサミ怪人の余裕ぶった嘲りが聞こえ、直後にハサミの一撃が戦士の右足を切り裂く。

 バーニンレッド――少年が鋭く呻いた。


 ――身体が動いていた。かつてのように。あの頃のように。素早く。もっと速く。今ここにある危機と戦うために――


「ひーひっひっひっひ! あの小娘もザグザグに切り裂いてやらァッ!」

「やめろ――!!」


 ハサミ怪人の身体がブレる。高速移動。直線の動き。少年のスケッチブックを踏みにじり、そのまま女の子の元へと到達する!

 ――その動きが、見えた。


 がちゃん! と、金属同士がぶつかる音がした。

 次いで――


「ぐわァっ!?」


 体勢を崩したハサミ怪人が地面を転げる。片方のハサミにはジュラルミンケースが突き刺さっていた。

 私は、間一髪拾い上げたスケッチブックの汚れを払う。

 気が、身体に充実している。

 左手首に装着したこのブレスレット――バーニンチェンジャーがエネルギーを送り込んでいるのだ。


「……なるほど。メダルとブレスレットを身に着けていれば身体能力が上がるのね。第四戦隊の技術の応用か」

「な……貴様」


 立ち上がろうとしたハサミ怪人がバランスを崩す。あの速度で転んだ事がないのだろう。どうやらかなり動揺しているようだ。


「お姉さん……それ」


 バーニンレッド、その中の少年が掠れた声を出した。


「君、名前は?」


 すぐには答えず、私は尋ねた。


「え?」

「君の名前」


 バーニンレッドは、戸惑ったような声で答える。


「え……えと、灯火ともしび春彦はるひこ、です」

「今時って感じ。灯火君、あいつの言う通りだよ。このスケッチブックは君の冒険の始まり。簡単に手放しちゃ駄目だ」


 自分でも、よくわかる。

 心が、身体が、あの頃に戻っている。


「でも、それは仕方なく――」

「大事なモノは守り抜くんだよ。他人のも、自分のも。誰かの犠牲の上に平和があっちゃいけないんだから。ま、それはともかく――」


 私はグローブに包まれた彼の手を取ると、バーニンレッドの身体を引き起こし、スケッチブックを渡す。


「はいこれ。足は、大丈夫?」

「え、あ、はい。あの……お姉さんは?」

「私は――」


 背後から気配。咄嗟に身体を反転する。振り向きざまの回し蹴り。飛んできたジュラルミンケースを撃ち落とす。ハサミ怪人、シュレッダ・ザクギリーが私たちを睨みつけている。


「お、ん、なァアア……。一体何者だァ……?」

「あんた、外宇宙を渡り歩いた切り裂き魔、だったけ? 悪いけど、私も昔は暴れていたんだ。あんたらみたいなのはうんざりするほど相手にしてきたよ。本当に、ね」

「何を――」


 私はポケットに仕舞っていた金のメダルを取り出した。桜の花びらのような紋様が刻印されたメダル。手で触れると、ものすごいエネルギーを放っているのがわかる。

 このメダルと、ブレスレットを組み合わせれば――


「灯火君。周りの人の避難をお願い」

「な。そんな事! お姉さんに戦わせるなんて――」

「大丈夫」


 私は、バーニンチェンジャーのクリスタル部分を開く。


「――少しだけ、熱くなってきたから」


 メダルを装填。クリスタルを閉じる。やり方はさっき見た。一度だけクリスタルを叩くタップ。二つのアイテムが、無限にも感じるエネルギーを発している!


「バーニンチェンジ」

『バーニンチェンジ!』


 音声認識。エネルギー放出。桜色の光が身体を包み込む。スーツ形成。素早く、そして肉体にジャストフィットする鎧にして戦闘服。


 ――知っている。全てを。かつてのように。今――


 桜色の光が収まる。頭部をマスクが覆っている。火の玉のような形状のマスク。ゴーグル内に、あらゆる情報が表示され、それがそのまま脳内に流れ込み、瞬時に理解できる。身にまとっているのは、光と同じく、いやそれ以上に鮮烈なピンク色のスーツ。


「……貴様も――」


 シュレッダ・ザクギリーが呻き、


「バーニンジャー……?」


 灯火春彦が、驚いたような声で言った。

 優一郎の思い通りになるのは癪だが……


「バーニンピンク」


 私は言った。


「久し振りの戦隊だ。ぶちのめしてやるよ。悪党」

「舐めるなァ!」


 シュレッダ・ザクギリーが突っ込んでくる。速い。ハサミの連撃も切れ目がなく、躱すのが面倒だ。

 だが――


「さっきの高速移動はどうした、切り裂き魔。使わないの?」

「ぐぅっ……!」


 頭部を狙ったハサミの横薙ぎを躱し、右足のハイキック。回転の勢いを殺さぬまま、すかさず左足で足払い。崩れた相手の身体にボディ! ボディ!


「図に乗るな!」


 アッパーカット気味なハサミの一撃を躱し、私は後方へバク転する。


「アバドンズ! 何してる! こっちだ!」


 シュレッダの苛立たしげ声に、たちまちグレースーツの兵士たちが集まる。虫歯の妖精が持っているかのような黒い三叉鉾を振りかざし、同時にこちらの頭部と胴体を狙ってくる。

 確か、武器は――

 私はブレスレットのクリスタルを二度タップする。光が飛び出し、たちまち武器の形となった。リーチの極端に短い片刃のごつい武器だ。


「斧か」


 言いながら、私は三叉鉾を振り払い、グレースーツの兵士たちを斬りつける。エネルギー溢れるの今の状態では、兵士どもはカカシ同然だ。一体、二体、三体、四体。たちまちアバドンズが地面に倒れた。


「身体は覚えているものね……」


 公園の人々を避難させ終えたのか、背後にバーニンレッドの気配があった。


「すごい……。お姉さん、あなたは一体……」

「雑談はあと。あいつを仕留めるよ」

「はっ。オレ様を仕留める? アバドンズを蹴散らしたくらいで調子に乗るなよ。女ァ……」


 緊張が満ちる。すでに周囲に人影はない。これなら思いっきりやれるというものだ。構える。気が張り詰める。一瞬。一瞬で踏み込む。さあ――今!


 ――空気が震えた。覚えがある。これは光線の熱――


 三条の光が、シュレッダとアバドンズの身体を撃った。斜め後ろからだ。色はそれぞれ三色。青、緑、そして黒。


「春彦――!」

「大丈夫!?」


 三人分の人影が、後方から現れる。やはり、バーニンジャーのスーツを着装している。ブルー、グリーン、そしてブラック。

 味方か。だが、今ので気が逸らされた――シュレッダはこの機を逃すまい。


「新手かァ……仕方ない。ここは退こう」


 案の定、ダメージを食らったと見せかけて、シュレッダたちが距離を取っていた。


「バーニンジャー! すぐにまた会おう。次こそ貴様らを切り裂いてやる。特に、バーニンピンク。オレ様は貴様の弱点に気が付いたぞ? ひーひっひっひっひっひ!」


 バァン! とグレースーツの兵士たちが煙幕を張る。濃い煙だ。それが晴れる頃には、当然、敵の姿は公園から消えていた。

 弱点……だ? あいつ、私の一体何に気付いたというのだろう。


「バーニン……ピンク?」


 グリーンのスーツを着たバーニンジャーが、不可解そうに言った。女の子だ。声からして、まだ若い。

 バーニンレッドが変身を解いた。チェックシャツの、あの大人しそうな灯火春彦の素顔が現れる。


「お姉さん……あなたは何者なんですか」


 何者……ねえ。

 さて、どこから話したものか。

 私は変身を解いた。直後に、胸ポケットから煙草のソフトケースを取り出し、一本銜える。


「あの……ここ、禁煙……」


 少年が、おずおずと言うのを、私は手で遮る。


「悪いけど、もう限界。戦ったあとは一服しないと落ち着かなくて」


 噴水を囲む低いへいに腰かけ、私は煙草に火を着けると、紫煙を肺に取り込んで吐き出す。


「姫木みさと。元戦隊。こいつを優一郎に預けられちゃったんでね。返すために来たの」


 こいつ、と私はバーニンチェンジャーを指差し、言った。


「悪いけど、復帰なんてしないからね」

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戦隊ピンクに復帰したけど、やっぱり引退したい 安田 景壹 @yasudaichi

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