第11話 え? そんな話は聞いてない!アドリブってどうするの?
うにかこうにか偽リージュンの町が完成する。工事に使用した資材、述べ動員数は感嘆に値するものであり、かかった費用は、アルフレッド達の目を飛び出させるのに十分であった。
「やったね!」
極秘に行われた着工式で、スーは居並ぶ工夫達の前で指でVサインをつくった。噴水広場を中心に、通りが四方へと果てしなく伸びている‥‥様に見えるが、実際は途中でベニヤ板に描かれた背景の絵へと変わっている。側を流れる川は、下流に流れた水が地下のパイプでまた上流の位置まで戻されて流されていた。また、本物のリージュンは海の近くにあった為、気候的にこの農村とは違っていた。その格差を埋めるのにケリガンのキカイが随所に活用されていた。
”OOOOOOOO!”
ラバンの口添えで集まった工夫達は地元の者はおらず、フードの下で目だけが光っており何処か雰囲気が怪しい。スーは『ううぅ』と腰が引けた。
「まだ喜ぶのは尚早や。全てはこれからやさかい」
泡の立った黄色い液体の入ったグラスを片手に、ケリガンは最もな事を言う。
「うん、分かってる」
スーは後ろのホワイトボードに、V2作戦決行の日付を書いた。
”GOOOOOO!”
どよめきの輪が広がる。
「明日とは随分急だな。期限まではまだだいぶ間があるが」
「う、うん、早いうちにやっとかないとね‥‥ラクサンティスが尻尾を出すまでに時間がかかるかもしれないし‥‥」
「‥‥ま、そりゃそうだ‥‥」
アルフレッドは一も二もなく納得する。
そんなこんなで史上最大の作戦が幕をあげたのである。
崩れかけ、煤けたコットンの赤煉瓦の路地裏を一人の青年がうつ向いて歩いている。
「‥‥馬鹿な警官どもだ‥‥」
青年は薄笑いを浮かべる。黒い髪は短く刈っており逆立てている。サングラスの奥で光る瞳と、長身のその姿から発せられる笑みは、眺める者に圧迫感を与えた。
その青年こそフェルナンドである。警察署に呼ばれたフェルナンドは、証拠不十分としてつい今し方釈放されたのである。誰も彼が過去に一つの町を火の海に変えた放火犯のラクサンティスである事を証明する事は出来なかった。物理的な証拠はその時、既に灰になっており何もない。今はただ彼の心の内に、記憶が残るのみである。
「‥‥‥‥‥‥」
フェルナンドは立ち止まり、また笑みを浮かべた。この辺りは貧民街と呼ばれる地区であり、通りは何処までも粗末な家が並んでいる。その笑みの意味する所は、嘲笑であった。
「この程度はまだ貧乏のうちじゃない」
肩をすくめてまた歩きだす。そうして露店の広がる大通りに出た。布を広げたその上に、様々な品物が並んでいるがその多くは盗品であった。それと知りつつ、多くの人々が群がっている。
”ちょいとそこのお兄さん”
呼び止められたフェルナンドは足をとめる。呼んだのは金属を適当に曲げて作ったアクセサリー屋であった。道の上に広げた布の上には細々とした品物が点々と並んでいる。どう見ても女物であり、小柄な少女が屈んで物色していた。
「彼女に一つどうある?‥‥喜ばれる事、必ずある」
やけに日焼けした男が、ニヤと白い歯を見せてイヤリングらしき光る欠片を摘んだ。
フェルナンドは不快そのものの顔でツカツカとアクセサリー屋の男に寄った。
「一体、俺の何処が金がある様に見えるんだ? 声をかける人間を間違えるな」
「ヒッヒッ‥‥安くしとくある」
露店の男はめげない。
「これなんかどうある?」
男は親指と人差し指で何かをつまみ上げた。そこには何も無い。
「何も見えないが?」
「良く見るある‥‥ニヒヒ‥‥」
屈んで顔を近づけた‥‥その瞬間、黒づくめの格好をした何者かが上から現れ、フェルナンドの背後に音も無く着地した。
「?」
”滅っ!”
振り向く前に、黒い男は口にくわえていた細い注射器を手に持ち変えて、フェルナンドの首に突き立てる。
「‥‥な‥‥む」
意識をなくしたフェルナンドはその場に大げさな音を立てて倒れた。
”今だ!”
アクセサリー屋の男の合図で、その両隣の露店で品物を物色していた数人の男達は、ワーっと、倒れたフェルナンドを担ぎあげた。 その頃になってようやく人々が騒ぎ始める。
「おいスー、これの何処が穏便なんだ!」
走って逃げる一行にアルフレッドは途中で合流する。何気に物色していた少女が足を止めずに帽子を取った。
「そーかなー‥‥この人、声をあげる暇も無かったと思うけど‥‥」
「いや、強力な睡眠薬ですね」
露店の主人‥‥ラバンが走りながらタオルで擦ってメーキャップを取る。
フェルナンドを抱えたラバンの劇団員の四人と、アルフレッド達三人、計七人は角を曲がった。
”こっちだ!”
全員が、止まっていた黒い幌馬車に飛び込んだ。
「狭いな」
中で待機していたデネブ警部がブツブツ言いだす。
「定員オーバーだからな、仕方がない」
アルフレッド、続いてスーがサっと前の御者席に飛び乗った。
「このまま、ネオリージュンに向かう。ケリガンはもうスタンバってるはずだ‥‥行くぞ、V2作戦開始だ!」
アルフレッドはビシビシと鞭を振るう。が、一号二号はピクとも動かない。
「あ、ありゃ?」
格好つけていただけにバツが悪くなったアルフレッドは『なはは』と笑ってごまかす。
「お願い、一号さん、二号さん。走ってくれないと、私すっごい困るの‥‥」
スーが叩かれた馬の尻を撫でる。
「うおっ!」
急に走り出した馬車の勢いに、アルフレッドは振り落とされそうになる。
「ったく、げんきんな馬だ。馬のくせに」
「‥‥お兄ちゃん‥‥そんな事、言ってると またスネて走らなくなっちゃうよ」
「はは、冗談だよ‥‥俺はいつだって頼りにしてるさ。畜生を代表して頑張ってくれ」
”BUHIHIHI!”
「うおおっ!」
幌の中にどよめきがあがった。
更に速度を上げた馬車は、中に乗ってる人間達の思惑を遥かに越えた速度で滑走していく。
コットンから片道三時間の道程が一時間まで縮んだ。
「‥‥く‥‥」
意識の戻ったフェルナンドは、痛む頭を押さえてベットから起きあがる。
枕元の時計を見れば午後三時二十分。崩れかけた白壁の狭い部屋の中はまだ明るい。小さな窓を通して人々の雑踏が聞こえてくる。空気が篭もっているせいか、何処か黴びた様な臭いが満ちている。
長年の習性で水差しのグラスを手に取る。
「何だ?」
そこでハタと気づいた。そこは見慣れた物で囲まれた自分の部屋であった。それだけであるなら驚くべき事は何もなかったが、それは四年前に火事でなくなったはずのリージュンの町に借りていた今は存在しないはずの部屋だったのである。
「‥‥そんな‥‥まさか‥‥」
ガっと勢いよく窓を開け放つ。
「こ、こんな‥‥馬鹿な!」
大通りの端には点々とガス塔が続き、向こうにはよく利用していた馬車駅が見える。窓から広がる景色は記憶の中にあるリージュンと全く同じものである。
顔を鏡に映してみたが、そこには何もヒントは無かった。
「‥‥俺は‥‥俺は夢でも見ているのか‥‥なぜ無くなったはずの町にいるんだ!」
荒々しくドアを開けて外に飛び出す。すぐに通りの歩行者にぶつかった。
ラクサンティスはその男の襟を掴む。
「おい! 今日は何年何月だ?」
「な、なんだよ‥‥」
「今はいつなんだ!」
「‥‥に、二百七十七年‥‥:六月八日」
「何だと、そんな馬鹿なっ!」
締め付けていた手を離して、再度辺りを見渡す。何処もかしこも四年前のままである。店のショーウインドーの硝子越しに見る自分の姿に、年月の経過を示す証拠を見つける事は出来なかった。
「‥‥夢?‥‥いや‥‥」
混乱しながらも、フェルナンド‥‥ラクサンティスは何とか理性的な結論を出そうと、額を押さえて考え続ける。
「すると‥‥今まで俺がしてきたあの日々は、俺が一夜の間に見た夢で‥‥今が現実なのか?‥‥とてもそうは思えないが‥‥しかし‥‥」
確かに感じる五感が、現実である事を示唆しており、自然、結論が出た。
「そうか‥‥夢だったのか‥‥しかし六月八 日か‥‥」
夢の中の自分はその日の夜、駅前にある金持ちの邸宅に火を放っていた。これからシルルがここに来る‥‥彼女の言葉を聞いたその後で‥‥。
「‥‥また俺は同じ事をするのか‥‥そうか‥‥ならば‥‥」
今だ釈然としないまま、ラクサンティスは待合いの場である、中央の噴水広場に足を向けた。
「‥‥何だかやっぱり変‥‥」
記録によって大火当日の昼、七月八日にシルルが町の入り口である中央門を真っ直ぐ、噴水広場に足を向けていた事が分かっていた。十五歳のスーはラバンに施された特殊メーキャップにより、十四歳の頃のシルルに変わっている。短く切られたおかっぱの髪は亜麻色で、顔も塗りたくられた化粧、その他で触るとゴワゴワして固い。服はお世辞にも上等とは言えない薄手の粗末なものであった。
「‥‥ここにシルルは何しに来たんだろ‥‥王都からはそんなに遠くはないけど」
ベンチで横になってる人、鳩に餌をやってる子供達、池にボートを浮かべてるカップル‥‥チラと見渡しただけで周囲には様々な人々がいる。が、フェルナンドというたった一人の観客を除いて全員がここに縁のない役者達である。彼らは自然に役をこなしており、役者の一人であり、仕掛けたスー自身もそれを忘れそうになる。
「よく彼女が来てたって事は‥‥用事があったか、単にここを気にいってたか‥‥用事って何だったんだろ?」
結局、シルル本人には会えずじまいで、リールも詳しい事は知らなかった。不明な箇所はスーのアドリブに任されている。
目の前を子供が走り去っていく。
「‥‥むむっ‥‥危険!」
ばっと顔を隠して身構える。
先日、託児所での一件以来、スーは子供を見ると警戒する癖がついていた。あの時の後遺症がまだ頭にコブとして残っている。
あの日、散々追いかけ回し、悪戦苦闘のあげく、
『スーシェリエさんはよく子供になつかれますね。私なんて、一月はろくに口も聞いてはくれませんで したのに‥‥あなたなら、いい保母さんになると思うのですけど、どうでしょう、一緒に働きません?』
リールに肩を叩かれて強く勧められた。
『お断りだ!、はあはあ‥‥』
がに股で肩をいからせ、髪をモシャクシャにしたスーはキッパリと断った。髪を切る事に首を縦に振ったのも、そもそもはあの事が原因だったのである。なつかれる‥‥と、言うより馬鹿にされているのがヒシヒシと伝わってきたからである。
「ま、いっかー‥‥」
すとん、と近くのベンチに腰をおろす。
ポカポカと午後の柔らかい日差しが噴水広場を満たし、眠気を誘ってくる。
「‥‥確か、当日のリージュンは晴れで、午後ににわか雨という記録だったけど‥‥今日は雲一つ無い良い天気で‥‥何だか気持ちいい‥‥やっぱりシルルは‥‥ふわぁぁぁ‥‥気に入ってたから‥‥来てたんだ」
ウトウトし始め、時間の感覚が無くなり始めた頃‥‥。
”シルル”
誰かがスーの肩を揺さぶった。
「‥‥うー‥‥眠い‥‥声をかけるなんて、シナリオは無かったと思うけど~‥‥」
「シルル‥‥俺だ‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
スーはゆっくりと瞼を開ける。
「わっ!、何でターゲットが!」
「ターゲット?」
フェルナンドが不思議な言葉を連発しているスーを見て、首を傾げている。
「‥‥い、いえ‥‥こっちの話で‥‥えへへへ‥‥」
スーはふだん通り、後頭部に手を当てて笑った。
「なにか変だな‥‥どうかしたのかシルル?」
フェルナンドの切れ長の眼差しが、スーを貫く。スーは額から流れる冷や汗を凍り付かせた。ペキペキと笑顔が強ばる。ここで失敗すれば投じた巨額の金が無駄になってしまう‥‥そう思うと気が気でなかった。
「‥‥な、何でも‥‥ないよ‥‥ちょ、ちょっと、出がけに食べたフライドポテトが胃にもたれて。それに持病の脚気が‥‥えへへへ」
スーはベンチに座っていたのを幸い、足をバババ‥‥と、激しく動かした。
「‥‥う‥‥」
今度は真顔のままのフェルナンドの額からつ‥‥と汗が流れた。
「さ、最近働き過ぎなんじゃないか?‥‥いくら院長の命令だからって無理したら駄目だ」
「‥‥うん‥‥」
フェルナンドの手が額に当たられた。その手は温かく、スーにはそれが町を灰にした放火魔の手である事が信じられなかった。
「何だ熱っぽいな‥‥風邪かい?」
「え?‥‥えええええ‥‥そ、そういう訳じゃなくって‥‥何でもないよ」
単に赤面しているスーは、返答に困った。
「そうか‥‥ならいいんだ‥‥それでシルル‥‥確か君を呼び出したの今日だったよな‥‥実は‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
そうか呼び出されたのか‥‥と、その事実を心の中で繰り返した。
フェルナンドは心の中で言葉をまとめてでもいるのか、『実は』‥‥と言ってから話し出すまで間があった。
「俺が孤児院を出てまだ日は浅いが、それでも外の世界の素晴らしさは分かる。‥‥と、言うより孤児院の生活が酷すぎるんだ」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥朝は早くから、夜は遅くまで‥‥神への奉仕という名目で働かせられる‥‥週に一日‥‥日曜以外に心の休まる暇がない」
フェルナンドは公園に入ってきた麦藁帽子にゴム長靴の林檎売りの屋台に反応して、通りに顔を向ける。
「俺が孤児院に入って孤立していた時、君は優しかった‥‥その‥‥何と言うか、それが嬉しかったんだ」
顔をスーの方に戻し、アップで迫った。
「‥‥俺は今、親方について煙突掃除の仕事をしている‥‥貧乏には違いないが、それでも何とかやっていける‥‥シルル‥‥」
更に近づく。互いの息が届く距離になり、スーは息を止めた。
「その‥‥この前の返事を聞かせてほしい。孤児院を出て、俺と暮らさないか?」
「へ?」
その言葉の意味する所のあまりの大きさに、スーは始め気づかなかった。
「えーっ‥‥はいぃ⁈」
数秒してやっと悟ったスーは、カーっと顔を紅潮させた。
「そ、それって‥‥でも‥‥えええっ!」
ベンチから立ち上がり、口に手を当ててフェルナンドから離れる。
「聞いてくれシルル‥‥その‥‥俺は君が好きなんだ。君の生き別れの兄さんも、俺が必ず探し出す!」
「え?‥‥生き別れの兄?‥‥シルルにいるの?」
それは初耳であった。きょとんと聞き返す。
「そうだよ、何言ってるんだ? いや、だから‥‥」
「え?‥‥で、でも‥‥」
リールに相談されたシルルは、リールとラクサンティスとの仲を取り持つ‥‥そうなるはずが、ラクサンティスはシルルに交際を求めた。話は完全に食い違っている。
「あなたは‥‥フェ‥‥」
言いかけてスーは口ごもる。
「ラクサンティス‥‥」
「なんだい?」
「‥‥‥‥‥‥」
はっきりと返事を返したラクサンティスに、スーはアゴを引いて身構える。フェルナンドがラクサンティスと同一人物である事はこれで証明されたが‥‥。
「‥‥わ、私‥‥」
スーが顔をあげた‥‥。
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