守ってくれない
「最低ね、ないわ」
先輩のエリーが冷たく言い放ちソフィアは冷や汗ダラダラで青ざめた。
ここは談話室、仕事にも慣れてきて余裕が生まれた頃、仕事終わりはここでゆっくりするのが日課になっていた。
ちょうど先輩のエリーが「コーヒーでもどう?」と淹れてくれて一緒にお茶をしている。
外はねのボブに赤い髪、茶色つり目のクールビューティーな女性だ。
よくソフィアやココに仕事を教えている。
ソフィアがルイに可愛いだの好きだの言われて舞い上がってそれをエリーに自慢したら冒頭のことを言われた。冷たい。
「ソフィア、学校を卒業したばかりだから18歳よね。彼氏できたことないの?」
「な、ないです…」
「いい?あの騎士様に貴方みたいなピュアな子が近づいたら餌食になるわよ」
「餌食?」
「食べられるってこと」
食べられる!!とそのままの意味で捉えているソフィアはまた青ざめる。痛い!怖い!
ソフィアの横に座っていたココはそんな純粋なソフィアが可愛くてにこにこしている。訂正はしない。いつまでもピュアであれ、と思っている。
「そもそも会って間もない女の子に可愛いなんて気持ち悪いわ」
「わ、私は嬉しかったです…!男性に可愛いって言われたの初めてで…」
また思い出したのかきゃっと頬に手を当てて嬉しそうにするソフィア。顔が緩んでいる。
あーこういう子が騙されるわけね、とエリーは半分諦めつつコーヒーを飲む。
「確かに話すだけなら優しいわよ、あの騎士様は。けど、あの騎士様には色んな悪い噂があるの」
「悪い噂、ですか?」
「所詮噂よ。私も本人から聞いた話ではないし真実かは知らないわ」
「どんな噂なんですか?」
ココがそう聞くとエリーは眉間に皺を寄せて小さな声で話し始めた。幸い、談話室に彼女達以外いない。
彼の住んでいた町は東の国の中で最も治安の悪い町だった。日常的に盗みや暴力が行われているようなところ。その上、人々は貧しく明日食べる食糧でやっとだった。
そんな中、彼は他の不良とつるみ、窃盗や暴力事件を繰り返していた。
そんな治安の悪い町を立て直そうと騎士団がやってきていた。悪人を捕らえる目的だったが、内密に着いてきていた陛下にその剣技を見込まれてルイは無理やり騎士団に入団させられたらしい。
「彼が入ってきた当初は大変だったわよ。団長の命令は聞かない、団体行動は無視、仕事はサボる。流石に窃盗とかはしなくなったみたいだけど」
「(この前もサボってたよね…)」
「(私たちもこの前お城探検したから何も言えない…)ルイ様が入ってきた当初、先輩はすでにメイドとしてこのお城にいたんですね」
「まあね。兎に角、生まれも育ちも悪いしあんまり近寄らない方がいいわよ」
それはごくごく一般的な世間の意見だ。その環境でまともな思考回路しているとは到底思えない。
現に彼が何をどう思ってソフィアに接しているのか彼女は分からない。
彼は一体何を考えているのだろうか。
頭を捻っても分からない。
しかし、優しく接してくれるのも、褒めてくれるのも、楽しくお喋りできるのも、全部本物だと思いたい。
そう思うと自然に口が開いていた。
「でも、騎士様は守るって誓ってくれました。それは絶対裏切らないって信じたいです」
「守るってソフィアを?」
「そうです…」
「そう…」
エリーは目を少し伏せた。
何を言っても真っ直ぐなこの子に届かない。これ以上あの騎士様を悪く言ってはこの子傷つけてしまう。
そう思ってエリーは「貴方がそう思いたいのならそれでいいわ」と突き放した。
それで…
「もし酷いことされたら私に言いなさい。殴ってやるから」
「ええ!?そ、そんなことは…」
「ふふ」
*
晴天の昼下がり、今日はコックの仕事の手伝いで食材の買い出しに町に繰り出していた。ちょうど手の空いていたソフィアとココが買い出しに駆り出されたわけだが、大荷物で他にも誰か呼べば良かったと後悔した。
「全部買ったかな?」
「うーん、ちょっと待って。確認する…」
一旦荷物を下ろして、カバンからメモを取り出して確認する。にんじん、じゃがいも…と全て揃っていることを確認して城に向かう。
ココはふと、狭い路地を見た。
「あ、そうだ。ソフィアちゃん」とソフィアに提案する。
「あそこの路地入ると入り組んでるけどお城への近道なの。荷物多いしあっちから行かない?」
「そうなの!?ココちゃんいつの間にそんなことを…!」
「ふふ、この前先輩に教えてもらったの。いこ!」
流石ココちゃん!とソフィアは目を輝かせる。
路地裏に入ると昼下がりだというのに少し暗かったが、何も見えないわけではないのでソフィアはココについていく。
それをとある男性が見ていたのを知らずに。
「ココちゃんは本当に覚えるの早いね。お城の中ももう覚えたんでしょ?」
「うん、ソフィアちゃんはどう?」
「う…私はやっと半分くらいは…」
「それでも凄いよ!」
路地裏は狭く、横に並んで歩けないので縦に並んで歩く。先頭がココで後ろはソフィア。
そうかなあ、とソフィアは自信をなくす。
学生時代の時から成績優秀だったココ。彼女に比べて勉強は苦手だった。それでもココに勉強を教えてもらってメイドになれたのだから自信を持たないといけない。
「それよりソフィアちゃんはあの騎士様のことが好きなの?」
「へ!?す、すきっていうか、な、仲良くなれたらいいなって」
「ふふ、そっかあ」
含みのある返事にソフィアは顔を赤くして照れる。話題を変えよう。
「き、騎士様はーほら、皆に優しいし、この前も他の見習いメイドに優しくしてるところ見たし!皆優しいね!かっこいいねって、言ってたし!」
「(あ、自分で言ってショック受けてる)」
段々と鼻声になっていくソフィア。自分で言ってて虚しい。
そうだ、騎士様は皆に優しい。噂のことをよく知らない見習いメイド達は騎士様のことを優しい人だとよく言っている。
でもそれはそれで嬉しかったりもする。そうでしょ、優しいでしょ。昔はやんちゃしてたみたいだけどきっと改心していい子になってるんだ!って。
この前だって守るって誓ってくれた。あれに嘘はないはずだ。
「そうだ、その騎士のせいだ」
頭上から低い声。恨み、憎しみのこもった声。
ソフィアは立ち止まって振り向くといつしかの聖女の眼球を見せてきた店主がそこにいた。目は虚になっていてすぐに正気ではないことがわかったが、どうしていいのか分からず話しかけてしまった。怒らせてはいけない、と。
「あ、の」
しかし、上手く声が出ない。
男の声はココにも聞こえていたらしく、彼女も怖くて固まっていた。
「お前、聖女の末裔だな」
「…え?」
「その瞳、売れば高くなるんだろうなあ!!」
「!あぐ、」
ソフィアは男に胸ぐらを掴まれてすぐ横の壁に強く押し当てられる。宙に浮く足に首が更に苦しくなる。苦しそうに顔を歪めるソフィアは力無く男の腕を掴む。
どさり、と紙袋が中身を出てしまい地面に転がる。
なんで、いきなり、どうして。と考えてしまう。
「あの時お前と一緒にいた騎士に商品を偽物だと言われて、あれ以降客がさっぱりだ!どうしてくれんだ!!」
「、そ、それは、貴方が」
「俺が悪いっていうのか!?お前たちが悪いんだ!お前たちさえ来なければ…!
お前の眼球を聖女の眼球として売れば俺は大金持ち!信頼も取り戻せる!!」
胸ぐらを掴んでいた男の右手が離れ、少し楽になったのも束の間左目に向かってくる。
逃げないと、と身体をに力を入れるが力が強くて離れられない。
「はあっ、はあっ…!」
男の指先が瞼に食い込んでくる。露わになるソフィアの瞳に男は汚らしく口角を上げる。
その表情はもう人ならざるものだった。到底人には見えない。これは何?何なの?と聞きたくなるくらいに、だ。
助けて、助けて、騎士様…!
と願うと声が響いた。
「ソフィアちゃんに触らないで!!!」
ココが持っていた食材が入った紙袋を男のこめかみあたりにぶつけた。突然のことで男はよろめくと同時にソフィアを離した。ソフィアは呼吸を乱しながら顔を青くして座り込んだ。足が震えて動けない。そんなソフィアにココは駆け寄る。
「ソフィアちゃん!逃げよう!立って!」
「う、うん!」
ココに手を引っ張られてソフィアは足に何とか力を入れて路地裏を走る。
「まってえ!聖女の末裔いいい!!」と男の叫び声が聞こえて怖くて上手く足に力が入らない。もたつきながらも走ると路地裏を出た。
明るい大通りを走る二人を追いかける店主は血走った目でソフィアを捉える。
周りの人々は何事だというように驚いて道を開ける。
「はあっ、はあっ、お城まで走ろう!じゃなくても近くまで行けば騎士様達がいるはず…」
「うん…!」
て、でも足が上手く動かない…!とソフィアは怖くて仕方なかった。
「おい、女の子が追われてるぞ!騎士様を呼べ!」と住人が騒ぎ始める。
取られはしなかったものの、あの指を感触。あの瞬間、偽物だったが店主が見せてきた聖女様の眼球を思い出した。
私の目もいつかあんな風になるのだろうか。
少し前まで関係ないことだと思っていたのに。どうして。
「わっ、」
「きゃっ!」
ついに足がもつれて転んでしまった。ソフィアに引っ張られてココも転ぶ。
男が鬼の形相で迫ってくる。ココはソフィアの瞳を守るように抱きしめると汗を流しながら男を睨む。
(ソフィアちゃんは絶対守らないと…!)
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