ちょっと意地悪するメイドは嫌いですか?

さとうがし

1.ある日、意地悪するメイドがやってきた

「ん……」


 俺は月城渚。高校生になって一か月が過ぎたころのことだった。

 俺はスマホのアラーム音で目が覚めた。眠たい眼をこすりながら枕元にあるスマホのアラームを消した。時刻は朝の七時丁度。いつも起床する時間だった。


「……」


 寝起きはだるい。少ししてから起きようと思ったが異変に気づいた。

 リビングの方で何か音がする。明らかに人が何かをしているような音だ。もしかしてこんな朝っぱらから不審者が俺の自宅に侵入したのか?


 俺は音を立てないように起き、ベッドの近くに立てかけてある中学時代に買った木刀を手にした。ここ最近は物騒な世の中になっている。ふざけたノリで買った木刀がこんな緊急事態に役に立つとは。


 ニュースを見て他人事のように見ていたけれど、いざ自分の身に降りかかると事情が変わってくる。


 そっと耳を澄ますとリビングでカチャカチャ音がする。

 強盗犯がリビングを荒らしているのかもしれない。リビングを漁った後、俺のいる部屋まで来るかもしれない。


「先手必勝……」


 木刀を強く握りしめ、俺は勢いよく部屋を飛び出してリビングに突撃!

 そして強盗犯に木刀の一撃をお見舞いして――


「おはようございます。ご主人さま」


 彼女は強盗犯でも悪い人でもなく、みんなが知っているようなメイドだった。

 少し色素が薄い綺麗な髪を束ねてお団子ヘアにし、アニメや漫画のような丈の短いドレスではなくしっかりとドレスとエプロンをしている。


 本物のメイド。彼女は気品があり、格式が高いメイドなのだろうか。

 それに……可愛い。少しだけ気だるげそうな目をしているが、それがチャーミングになっている。目元のほくろは不思議な魅力に感じた。


 顔のどのパーツもお人形のように端正かつ調和がとれている。

 清潔感もあり、本物の美少女そのものであった。

 俺は彼女に一目惚れてしまった。


「ご主人さま? 俺が? えっと、どちら様……ですか?」


「どうなさいましたか? そのような物騒なものを持って。もしかしてメイドの私が不審者だと勘違いされましたか?」


「え? あ、ああ! これは違くて……」


「もしくはその武器を持って私のような淑女を脅してあれやこれやのいかがわしいことを計画されていたと?」


 彼女は表情の起伏は乏しいが、俺はすぐにわかってしまった。最初は落胆していたが、今は俺のことをおちょくって楽しんでいることを。


「いやいやいや! 俺はただやばい人が家に入ってきたと思っただけ! 変なことは考えてないから!」


「本当でしょうか? ご主人さまはその凶器を使って私を脅し、縛りあげ、暴行を加えるのが目的なのでは? ああ、なんて恐ろしい! 警察に電話しなければいけません」


 彼女が嘘でも冗談でもなくスマホを取り出して操作する。


「ちょっと待って! 誤解! 誤解だって、本当に!!!」


「あ、もしもし警察の方でしょうか――」


「ほんっとうにすみませんでした!!! 俺が悪かったんです!!」


 俺は素早く土下座をして誠心誠意謝罪した。この年で警察沙汰になって貴重な高校生活を無駄にしたくない。


「……ふふふ。冗談ですよ、ご主人さま」


「え?」


「あまりにも面白い登場をしましたので、少しだけおちょくってみたくなりました。大変申し訳ございません」


 メイド姿の彼女は小さく頭を下げた。俺はぽかんと口が開いたままになってしまう。


「いつまで土下座しているのですか? ああ、ご主人さまは土下座がお好きなのですね。なるほど、そういう性癖をお持ちでしたか」


「ち、違う。そんなおかしな性癖はない!」


「そうですか。では、とっとと朝食を食べてください。学校に遅れてしまいますよ」


「あ、ああ」


 なんだろう。このメイドの手のひらの上で上手いこと転がされている気分だ。

 俺は椅子を引いて座ると、彼女はキッチンから朝食を持ってきた。


 ご飯に味噌汁。漬物に鮭。サラダとヨーグルトといった豪華な朝食だった。

 俺は豪勢な朝食の前に目を輝かせていると、


「どうされましたか? 毒は入っておりませんが……」


「ああ、ごめん。こんな朝食食べるの初めてでビックリしちゃったんだ」


「そうでしたか。てっきりあーんしないと食べられないと思ってしまいました」


「流石にそれは俺をバカにし過ぎじゃないかな?」


「それはご主人さまの考えすぎです」


「そうかな……それじゃあ、いただきま――じゃない!!! あんたは何者!? つーかなんで俺の家に勝手に上がってるのさ!!!」


 彼女の言いくるめられそうになったがツッコミどころが満載だった。

 俺は声を上げるが彼女は平然としていた。


「私としたことが申し遅れました。大変失礼しました」


 彼女はそう言って優雅に一礼してから自己紹介する。


「私の名前は有栖花音と申します。ご主人さまの祖父、幸太郎様より命を受けてやって参りました。以後お見知りおきを」


「おじいちゃんが? なんで?」


「一人暮らしを始めたご主人さまをご心配なさっております。主に健康面。家事全般を私が担当することになります」


「え? 今から?」


「はい。もちろんでございます」


「はあぁぁっ!?!」


 俺はこうして有栖花音という可愛いメイドさんが身の回りの世話をしてくれるようになった。急に、突然、いきなり。当然ながら事態を把握して理解することで精一杯。余裕をもって起床したはずが遅刻ギリギリになってしまうのだった。


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