信仰の果て
緑町坂白
第1話
1話
それは突然だった。
静寂の中、教会で祈りを捧げていた
『クレーデレ、貴方にお願いがあるのです。ウーレン・ドルナスという人物を殺してはいただけませんか』
「殺してほしいって……。なぜです?というか、貴方はいったい……?」
『
悲痛な表情を浮かべ、ポツリと呟く。
女神ルナリア。彼女のことをこの村で知らぬ人はいない。美しく、嫋やかで、凛とした女神。私の信仰している神である。そんな女神から”お願い”をされた。
それならば、断る理由などない。
「女神ルナリア様。そのお願い、謹んでお受けします。必ずやウーレン・ドルナスを殺してみせましょう」
ウーレン・ドルナスは、女神ルナリアの家族を殺したらしい。最も愛していた夫・モーバスと娘・シレンティを。濡れ衣を着せられ、失意の中無惨にも殺された。
『何度も赦そうと思いました。けれど、その度に思い出すのです。夫と娘の笑顔を。あの幸せを。思い出すたびに憎悪が心を覆い尽くすのです』
”いえ、なにも殺さなくてもいいのです。代わりに夫と娘に謝罪をしていただければ、それだけで”。
ただ淡々とそう言った。殺してほしいというのは言葉の綾だったらしい。
だが。私はこの女神の”お願い”を叶えたかった。ウーレン・ドルナスを殺す。それだけを胸に村を出た。
まずは、ウーレン・ドルナスの情報を集める。神を殺したとなれば、相応の実力と名声を持っていることだろう。この小さな村では聞いたことはないが、大きい街ならば誰かしらは知っていると踏んだ。
数日歩くと大きな街に着いた。
彼は有名人だった。街人曰く、ウーレン・ドルナスという人物は英雄らしい。70年前、世界に流行病を広めた神を討った英雄。病に倒れる民衆に心を痛め、無謀にも神に挑んだ。そして神を討ち倒し、民衆を救った彼は英雄として崇められた。
民衆からすれば英雄だろう。だがルナリア様からすれば、ウーレンは家族を殺した
70年前であれば、ウーレンはもう生きてはいないかもしれない。だが、その子供や孫ならばいるかもしれない。大きな街にはいなかった。ならば、郊外の村で余生を過ごしている可能性もある。
小さな村々を1つ1つ巡った。
しかし、そのどれにもウーレンはいなかった。どこにもいなかった。どれだけ探しても、人々に聞いても今どこにいるのかが分からなかった。
私は女神の小さな願いですら叶えることができない。なんて無力なのだろうか。小さなこの身体では、願い1つ叶えることもままならないのか。
「おや、クレーデレ。お使いは終わったのかい?」
失意の中とぼとぼと歩いていると、上から声がかかる。
見上げるとそこには、ウーレンがいた。
肖像画で見たよりも年はとっているが、確かにその男がいた。元々住んでいた村に。宿敵はすぐ近くにいた。
「お前がウーレン・ドルナスか」
つい憎悪が声に籠る。
「……あぁ、ルナリア様から聞いたのか。そうとも。ワシがウーレン・ドルナスだ」
怒りが湧いた。
「なぜモーバス様とシレンティ様を殺した……!彼らは流行病の原因ではなかった!」
「知っておるよ。しかし民衆は止められなかった。ワシは彼らの願いを叶えただけじゃ。病の原因と銘打って神を殺すことを依頼した民衆たちのな」
「民衆は知っていたっていうの?モーバス様たちが原因ではないことを?」
「そうじゃ。……言ってしまえば、邪魔だったのじゃろうな。病と治癒を司るモーバス様が」
「なら、なら貴方も利用されたってこと?民衆に利用されて使われただけってこと?」
「そうじゃなぁ、そうとも言うのかもな。神を殺したあと報奨金を貰い、郊外に追いやられた。使われるだけ使われたと言うんじゃろうな。」
悲しげに微笑む彼は、罪人とは思えなかった。あれだけあった怒りが、憎悪が萎んでいくのがわかる。
しかし、願いを叶えなければ。
「ウーレン・ドルナス。貴方にはやるべき事がある。ルナリア様から依頼されたことだ」
「あぁ、そうじゃな。どんな事でもしよう」
「モーバス様とシレンティ様に謝ってほしい」
「謝る?ワシを殺しに来たのではないのか?」
困惑した表情を浮かべて私を見下ろす。
「ルナリア様が望んだのは、モーバス様とシレンティ様に謝ること。私も最初は貴方のことを殺そうと思っていた。けど、貴方の話を聞いて殺すのは違うと思ったの」
「……そうか。てっきり殺しに来たものだと思っておった。わかった、過去の過ちを詫びに行こう」
ルナリア様に教えてもらった、2人の墓へウーレンを案内する。森の奥の奥。静寂が辺りを包む花畑にそれはあった。美しいネモフィラの花畑に包まれた、2つの墓石。
ウーレンは膝をつき、目を瞑り手を組む。祈るように、赦しを乞うように。
数十分ほどそうしていると、ルナリア様が現れた。
『ウーレン。貴方のしたことを赦しましょう。貴方は私の夫と娘のために祈ってくれた。70年心を痛めてくれた。赦さなければ、2人に合わせる顔がありません』
「ルナリア様……。ありがとうございます。ワシは、ワシはずっと謝りたかった。自分のやったことが間違っていると気づきながら、見ないふりをしていた。愚かなワシに、どうか罰を」
『いいえ、必要ありません。人の身で70年は長かったことでしょう。その間心を痛め続けてくれたことだけで十分です。さぁ、顔を上げて。短いでしょうが、これからの人生の祝福を授けましょう』
ウーレンの頭に手をかざすと、淡い光が頭を照らし出す。
『ウーレン、謝ってくれてありがとう。これでようやく憎まずに済みます』
微笑みながらルナリア様は言った。
これで良かったのだろうか。
ルナリア様の願いを叶えた。ウーレンは長年の悩みを解決できた。なら、なら民衆はどうだ?ウーレンを煽り、モーバス様とシレンティ様を殺させた民衆はどうだ?反省の色は見せたか?
私は許せない。煽るだけ煽り、自分たちで手を汚さなかった民衆が。流行病の原因をモーバス様だと決めつけ、ウーレンに殺させた民衆が。
許せない。許せない。許すことなどできない。
奴らはされなければわからないのだ。自分たちがどれだけ非道なことをさせたのかを理解していない。
理解できないのであれば、私がわからせてやる。
扇動した報いを受けるべきだ。女神が赦しても、私は赦さない。覚悟しろ。
信仰の果て 緑町坂白 @ynanknyn0718
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