第五章 1-2 死処
*
研究所から小一時間バイクを走らせて、国道沿いに見えてきたのは、古びた立ち入り禁止の立て看板と車止めのゲートだった。
その先に続いている道路は整備されていないのだろう、アスファルトはひび割れて、所々雑草が割れ目から茂っていた。
ゲートの錠前の鍵はなかったが、左右の隙間は大きい。一端ミコトを下ろして横からゲートをすり抜けた。
眺めてみた道の先は、嫌になるほど長く、そして一般車両が入ってくることを考慮してないらしく、アップダウンが激しくなっているのが見えた。
ミコトをまた後ろに乗せて、たぶん舗装路用のバイクだったら途中でめげそうになるくらいの道を、山の奥へと走っていく。
しばらくして見えてきたのは、三メートルは高さがありそうな壁と、塗装が剥げて赤茶けてしまっている重厚な鉄扉の門だった。
壁は木々を縫うようにどこまでも続いていて、途切れている部分は見えなかった。
こんな辺鄙な山の中に、これほどの壁をつくったのには理由がある。
同じようなものは旧東京都心部、通称「東京爆心地」、つまりファーストストライク時にマガツヒ艦艇が着陸し、「狂気の選択」によって核ミサイルで撃破した場所の周囲にも巡らせられているのを、映像の中でしかないが見たことがあった。
バイクを降りて鉄扉の脇のカードスロットに近づいていく。
振り向いて見たミコトの顔は、ヘルメットに遮られて見えない。
ヘルメットの中でひとつ息を吐いて、俺はカードスロットを確認する。
風雨が直接当たらないよう庇くらいはついているが、古びて埃だらけのそれが動くのかどうか怪しい。何よりこの辺りには電気が来ている様子がない。
預かったカードをゆっくりとスロットに通すと、本当にどこから電源を取っているのか、悲鳴のような音を立てながら、それでも重々しい鉄扉がゆっくりと動き始めた。
「行くよ」
「はい」
口調の硬いミコトを後ろに乗せて、俺はバイクを発進させた。
大型の重機でも行き来していたのだろう。充分過ぎるほどの広さがあるゲートを抜け、今度はそれ以前よりさらに険しくなった道を、バイクに乗って駆け抜けていく。
ずいぶん長い時間をかけてたどり着いたそこは、山の頂上だった。
途中から木はほとんどなくなっていたが、頂上のこの場所には、雑草すらほとんどなく、赤茶けた地面は踏み均されていた。
表面の焦げた木の幹や切り株がまとめて置いてあったり、重機の部品と思われる金属の塊や、資材の類いと思しきものが放置されている。
そうしてその一角にひっそりと、小さな石積みがふたつあった。
あの日以来来ていなかったこの場所だけど、俺にはその石積みが意味するものを理解していた。
リヤトランクから、さっき母さんと父さんの墓に供えたのから抜いてきた花を一本ずつ供え、片膝を着いて目をつむる。
俺の身体に何かが湧き上がってくるのを感じる。
身体の中を脈打つように溢れてくるその感覚を、俺はどう表現していいのかわからなかった。
悲しいのか、寂しいのか、怒りなのか、何とも言えない感覚。
懐かしい暖かい想いが胸を満たすような気がするのに、同時に吐き気がするような不快感が溢れ出しそうだった。
「ここで、俺の母さんと父さんは死んだんだ」
少し離れた場所に停めたバイクの側で、ヘルメットを脱いだミコトがじっと立っていた。
風が吹き抜けていった。
唇を引き結んで、右手を胸の前で震わせているミコトは、ただただ、俺のことを見ていた。
「俺はそのときちょうど、何年かぶりにまともに休暇の取れた両親とハイキングに来ていた。そして俺と両親は、マガツヒ艦艇の墜落に行き遭った」
夕方が近づきつつある傾いた陽射しの向こうを見る。
隣の山は、いまなお黒く焼けた地面を一部に見せていた。
本当はもっと高かったはずの頂上は、何かで抉ったかのように凹んだ形になっている。
「あの山に落ちてきたマガツヒ艦艇の爆風と衝撃波で、俺の母さんと父さんは死んだんだ」
ミコトは左手でスカートの裾を握りしめて、うつむきながら肩を震わせていた。
「わたし、は――。わたしは!」
涙を目に溜めたミコトが顔を上げた。
「わたしは、武さんに言わなければならないことがあります」
そこまで言って、ミコトは次の言葉を継げなくなってしまう。
口を開いて、閉じて、もう一度開いて、でも震えた唇からは出てこない言葉。
それでも俺は、彼女を促したりせずに、俺が映ってる彼女の瞳をじっと受け止めながら、待っていた。
「武さん。わたしは本当は……、本当は――」
言いかけた言葉を停めて、表情を硬くしたミコトは俺に駆け寄ってくる。
「そこで止まれ。オトタチバナノミコト」
男とも女ともはっきりしない声に振り向いて見ると、住人くらいの黒っぽい戦闘服と思しきものを身につけた者たちが、小銃を構えて立っていた。
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