第二章 ミコトストライク
第二章 1-1 料理
* 1 *
「六五点」
スプーンを握ったまま肘をつきながら、エプロンドレス姿の清楚な――、感じからはほど遠いワイルドささえ醸し出している金髪の女性は、ひと口目でそう評価した。
目の前のカレーは不味くない。でも充分に美味しいというほどの味ではないのも確かだった。
「レトルトよりは遥かに美味しいし、ルーもパッケージのものだから仕方ないが、つくり慣れてないのが一番の問題だな。物覚えはかなりいいと言える。次つくれば七五点は確実だろうな」
「むぅー」
目の前ではスプーンを咥えたままのミコトが難しい顔をしていた。
六人掛けのダイニングテーブルを置いて、テレビを見る用のソファセットがあってもまだけっこう余裕があるくらいのリビングダイニングには、俺と正面に座るミコトと、それからもうひとり、メイドのような金髪の女性の三人がいた。
ミコトが戦女艦艇であるという言葉を、信じたわけじゃなかった。
何しろ見た目はまったくの女性だ。それも、美人の。
確かに戦女艦艇のコアユニットは女性の姿をしてると言われてるが、そうだと名乗る人物と出会ったのはこれが初めて。突然現れた女性が戦女艦艇だと言われても、言葉だけで信じることができるものじゃない。
でも実際、彼女が戦女艦艇かも知れないと思うようなところはないわけじゃなかった。
家に置いてほしいというのをどうしようかと思ったけど、とりあえず家事でもしてもらおうかという話になった。だけどもミコトは洗濯機の使い方も、ジャガイモやニンジンの皮の剥き方どころか、包丁の握り方も知らなかった。
二十歳かそれくらいに見える彼女が、包丁を握ったこともないなんてさすがに信じられない。俺だって女子に比べれば授業数は少ないが、中学の頃には調理実習でやったことがあるくらいだ。
――まぁ、そういう人もいるかも知れないが。
そんなこんなで、日曜の今日は俺が生まれる前から契約してるホームキーパーが来る日。
両親が亡くなって、俺が菊理のとこに居候してた時期も家の維持管理のために契約は継続されていた。高校に入ってこの家に独り暮らしをするようになったいまでも、半分俺の生活を監視する意味も込めて、俺の後見人である菊理の親父さんが、両親の遺産から費用を出して契約を続けてる。
自分でも料理や掃除洗濯は最低限できるとは言え、細かいところまでは行き届くわけじゃない。料理のレパートリーも教えてもらって増やしたりしてるし、独り暮らしの俺にとってはホームキーパーの派遣はかなり助かっていた。
それでミコトに料理を教えてもらおうと、まずは最初にカレーをつくろうということになったわけだが、つくり慣れていないだけあって、いまひとつな結果となっていた。
「ちなみにSHKの基準だと、何点が合格点なんです?」
ホームキーパーらしくなく、スミレという花の名前なのにそんな雰囲気が欠片もない女性こと、澄礼(すみれ)さんに訊いてみる。
「んー。一応八五点が合格点、かな」
「澄礼さんの最高得点は?」
「……八〇点」
「え……」
二十代半ばかそれくらいの、金髪もさることながら、アジア系ではあるんだろうけど日本人ではなさそうな澄礼さんは、SHK、サクラホームキーピングの社員のひとり。
本来は屋敷の警備なんかを兼ねたホームキーパーとしての業務をする部署に所属してるらしく、家事はあまり得意でないことは知ってる。部署違いだから年に何度も来るわけじゃないけど、中学の頃にたまたま俺が実家を見に来たときに出会って以来、喧嘩の師匠としていろいろ習ってたりする。
護身術の域を遥かに出ている澄礼さんの強さは、荒事専門と彼女自身が言っているにふさわしいものだ。
「まぁ実際のところ、ワタシらホームキーパーに出せる最高点は九五点までなんだけどな」
「一〇〇点じゃないんですか?」
「そりゃそうだ。どんなに美味しい料理でも、食べた人を完璧に満足させられる料理ってのは、所詮雇われ仕事のホームキーパーじゃ出せない」
「じゃあ誰だったら出せるって言うんです?」
にやりと笑った澄礼さんは、俺の耳に口を寄せて声を潜めた。
「母親か父親、さもなくば奥さんとか恋人だけさ。例え味が五〇点でも、愛情さえあれば一〇〇点にだってなる。あの子なら、お前が一〇〇点と言える料理をつくれたりするんじゃないのか?」
不満そうな顔をしながらも、自分の分のカレーを口に運んでいるミコトを見ながら、澄礼さんはそんなことを言う。
「い、いや、ミコトはその、親戚の子で、あくまで少し家に居候になってるだけで……」
「ほぉ。立花ミコトなんて名前の奴、お前の親戚にいたけかなぁ」
契約期間が長く、俺が住むまで空き家になってた家の警備も担当していたSHKには、親戚筋の情報も把握してそうな気がしたが、澄礼さんはにやにや笑うだけでそれ以上突っ込んでこなかった。
「来週来る奴には、料理の先生ができるのを選ぶよう伝えておくよ」
「お願いします……」
「ふっふっふっ」
楽しそうなんだか意地悪そうなんだかわからない笑みを、澄礼さんは浮かべていた。
ミコトは黙ったまま、食べ終えた皿を眺めて口を尖らせている。
新造の戦女艦艇であるミコトに料理ができないというのは普通のことのように思えるけども、戦女艦艇というものがそういうものなのかどうかもよくわからない。
――いやそもそも、戦女艦艇って食事摂るものなのか?
まだちゃんとは返事をしてないミコトをしばらく居候させるという話を、俺は真面目に考え始めていた。
彼女には俺に秘密にしてることがたくさんある様子だし、戦女艦艇というのも、信じてるわけじゃない。
でも彼女が自分を戦女艦艇だと言ったとき、家出してきたという言葉よりも、すとんと腑に落ちた感じがした。
それからもうひとつ。
――楽しそうだ。
そんなことを考えてる俺がいる。
正直俺は人づき合いが苦手だ。
学校でよく話す人なんて、菊理と冬弥くらいのものだった。
でもミコトとは、彼女との時間が楽しそうだと感じたからなのかどうなのか、昨日会ったばかりなのに普通に話せたし、居心地の悪さを感じることはなかった。
ミコトとこれからどうなるかなんて想像もできない。
口を尖らせていたミコトが深くため息を吐いて、顔を上げた。何かを決めたかのように、俺に笑いかけてくる。
ミコトが昨日言った言葉の意味を、俺は深く追求してない。
彼女がどんなことを望んで、いるべき場所から飛び出してきたのか、それを知りたいと思ってる自分がいることを、俺は否定することができなかった。
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