第一章 3-2 帰宅
*
定刻通りの運行だけど、苛立つほど遅く感じる電車に乗って最寄り駅で降りる。家までけっこう距離があるが、小走りと言うよりほとんど走ってるくらいの速度で駆け抜けた。
おそらく過去最高タイムで自宅にたどり着いた俺は、一度深呼吸してから、端末認証で開く玄関の鍵を解除した。
「あ、お帰りなさい、武さん。お昼の準備でもしましょうか?」
玄関口には、にっこりと笑む朝の女性が、俺のことを待っていたかのように立っていた。
お昼と言われてお腹が空いてることに気がついたけど、いまはそれどころじゃない。
朝は本当に頭が回ってなくて気がつかなかったが、彼女は見覚えのある顔じゃないし、昨日は家に帰って来てから客はひとりもいなかった。
「君は、誰なんだ」
昔からいたような顔をしてそこにいる女性に訊いてみる。
訊かれるのを待っていたかのように大きく息を吸い、表情を引き締めてから彼女は目をつむった。少しの間を開けてから、口を開く。
「わたしは、立花(たちばな)ミコトという者です。少し事情があって、家を出てきて、昨日の夜、停電で真っ暗になったときにちょうどこの家の前にいたので、……だから、その、すみません――」
立花ミコトと名乗ったその女性は、深く頭を下げる。
帰りの電車でニュースサイトを確認してみたが、確かに昨日の晩は一時的ながらかなり広範囲で停電があったようだ。冬弥が言ってた入間基地での事件に関係してる可能性があるらしい。
そして俺の家には複数系統の補助電源があって、地下に設置されてる処理システムを保護するようになってるけど、システムの保護を優先していて、ホームセキュリティの電力が切り替わるのにタイムラグがある。ちょうど停電になったときに家の前にいたのだとしたら、補助電源に切り替わるまでの間、玄関の鍵は解除されている。
彼女の言葉は偶然過ぎるとは思うけど、矛盾と言えるほどのおかしなところはない。
でも何かが気になる。
根本的な何かが間違っている気がして、俺は叱られたような顔をしてる彼女の顔を睨むように見てしまう。
「だからその、行く当てがないので、家に置いていただけないかと……」
尻すぼみに声を小さくしながら、女性は上目遣いに俺のことを見る。
――何かが違う。何かが違う気がするのに、どこなのかがわからない。
そもそもなんで俺の家だったのか。というか、忍び込んだ家の住人のベッドに、どうして裸で入ってくるのか、理解できない。
いや、それはどうでもいいんだけども。
言葉そのものに矛盾はなくても、何かが違うと頭のどこかが言っていて、それが実際どこなのかわからなくて、俺は彼女にもう一度問う。
「君は、いったい何なんだ?」
その問いにミコトは驚いたように目を見開いて、それから少し顔を伏せた。
何かを言おうと口を開いて、一度引き結び、決意の目で顔を上げた彼女。
「わたしは、入間基地から逃げてきたんです」
「じゃあ君は――」
テロリスト、と続けようとした言葉を遮って、彼女が口にした言葉は、俺の予想の斜め上を飛び越えたものだった。
「わたしが逃げてきたのは、基地の外で、確かめたいことがあったからです。わたしの本当の名前はオトタチバナノミコト。長距離戦型の、戦女艦艇、の予定です」
泣きそうな顔をしながら言う彼女の言葉が、しばらく頭の中に入ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます