第17話 旧都の忘れ物


 池袋ダンジョンの下層、近代的な廃墟が広がるアンノウンエリア。

 その最深部にあったのは、び付いたフクロウの銅像だった。



 ”見たことのない銅像だな。有識者ニキおる?”


 ”この銅像は『いけふくろう』ですね。旧池袋の地下街にあったとされる有名な待ち合わせスポットです”


 ”あっ、聞いたことある。お婆ちゃんがよくデートの待ち合わせに使ってたみたい”


 ”旧池袋があったのは半世紀前の話だろ? どうしてそんな時代の銅像がここに?”



「もしかして周囲の崩れた建物は崩落現象に巻き込まれた……?」



 ”葛乃葉くずのは氏の推測通りです。今からおよそ50年前、旧池袋駅周辺はダンジョン発生時の魔力こうにより文字通り消失しました。周囲の廃墟は元々地上にあった都市の残骸です”



「ダンジョンハザード:レベルⅣ【崩落現象フォールダウン】ですね」


「――ダンジョンが生まれるときに時空の裂け目ができて、地上と地下が入れ替わるんだっけ?」



 ”左様です。70年前のニューヨークで発生した世界初の崩落現象『グラウンドゼロ』。それを皮切りに世界各地でダンジョンが生まれました。日本でも同様の被害が多数報告されています”


 ”有識者ニキの長文説明きちゃーーーーー!”


 ”つまり地上の街が丸ごと地下にワープしたってこと?”


 ”それで廃墟が広がってたのか。50年も経てば森に埋まるか”


 ”え? だけどそれって地上に住んでた人は……”


 ”残念ながら……”


 ”下層は魔力が濃い。たとえ生き残ってもモンスターにやられて……”


 ”あっ…………”



 有識者のコメントで配信がお通夜ムードになる。

 マサトはフクロウの銅像を拝んでから、ドローンのカメラに向き直った。



「22時になりました。今日の探索はここまでですね」



 ”時間切れか~。未成年は22時までしか探索しちゃいけないんだっけ”


 ”法令でね。スパチャと同じく深夜探索も解禁すればいいのに”



「――ここから先は治安局のお仕事だね。下手に手を出したらお縄になっちゃう」



 ”惜しいな~。深層の入り口を見つければヒーローになれたのに”


 ”マサトは今でもヒーローだ”


 ”昨日のネクロオーガに加えてレッドオーガの集団を瞬殺したからな!”


 ”解説動画見たよ。ネクロオーガ対策がわかりやすくまとまってた”



「ありがとうございます。他のモンスターの討伐方法も解説してるので、よかったらご覧ください」



 ”ほーん。どれどれ……”


 ”おっ! すごい。初心者にもわかりやすい丁寧な解説動画だ”


 ”ゆ っ く り み て い っ て ね”


 ”この動画を広めたら他の探索者も助かるんじゃない?”



「拡散歓迎です。元々誰かの役に立ってほしくて動画を作ってましたから」



 ”ひゅー! さすがはマサトだ。懐がでかい!”


 ”まとめ動画助かる。オレ昨日動画を参考して、初めてオーガを討伐できたんだ”


【スパチャ ¥50,000】

 ”オレもオレも。ぜんぶマサトのおかげだぜ”


【スパチャ ¥50,000】

 ”素敵! 抱いて! ていうか抱かせて!”



「スパチャありがとうございます。よかったらチャンネル登録と高評価を……」



 ”登録しました~”


 ”いいねを押す以外に選択はない!”



「応援ありがとうございます。今までノーリアクションだったから本当に嬉しいです。うぅ……」



 ”泣かないでマサトきゅん!”


【スパチャ ¥50,000】

 ”ハンカチ代です!”


【スパチャ ¥50,000】

 ”これで美味しいものでも食べて!”



「わわっ、本当にもう大丈夫ですから。配信止めますねっ」



 飛び交うスパチャ。

 若いうちからこんな簡単にお金を稼げてしまうと金銭感覚が狂いそうだ。



(生活費と必要経費だけ抜いてミコトに財布を預けよう……)



 今回の活躍だけでもマサトの名前を売り込めたと思う。

 欲張ると手痛いしっぺ返しを喰らうものだ。

 マサトは配信を切り上げてダンジョンを後にした。



 ***



 ダンジョンの出入り口には、一般人が入らないようにゲートが築かれている。

 管理しているのはダンジョン治安維持局、通称『治安局』だ。

 ダンジョンハザードが発令された際も、治安局が対処に当たる。



「葛乃葉マサト、帰還しました」



 マサトはダンジョンの入り口にいる治安官にナイフを返却した。

 タッチ式の入退場ゲートに免許証をかざす。


 ダンジョン探索は免許制だ。武器を所持するのにも許可がいる。

 一般的な探索者は治安局が貸し与える武器しか使えず、外への持ち出しも厳禁だった。



「下層のアンノウンエリアを探索……?」



 50代半ばの治安官が怪訝けげんな表情を浮かべる。

 ゲートをくぐる際にダンジョン内の行動履歴がモニターに表示されるのだ。



「キミ一人で潜ったのか?」


「ログがあるでしょう。配信もしていたので証拠ならありますよ」


「また配信か。まったく最近の若いモンは。オレは自分の目しか信じないぞ」



 治安官はジロリとマサトを睨みつける。

 マサトは怯むことなく正面から治安官を見つめた。



「キラキラ……!」


「くっ……! 青空みたいに澄んでいやがる。あ~、もういい。帰ってよし」


「お勤めご苦労様です」



 マサトは治安官にぺこりと頭を下げて外へ出る。



(学校やネットで誉められても、世間での反応はこんなもんだよな……)



 ダンジョン配信は若者の文化だ。

 親世代は「探索中にチャラチャラと配信するなんて、けしからん」とご立腹だ。

 老若男女にマサトの名を広めるには、もう一手仕掛けが必要だろう。



 ***



(すっかり遅くなっちゃったな。ミコトも心配してるだろう)



 調子に乗ってギリギリまで配信してしまった。

 いつものように電車に乗り、最寄りの駅から自宅のアパートへ向かう。

 途中のコンビニでジュースを買って、ミコトへのお土産とした。


 コンビニではD-Liveがコラボをしており、おまけでマスコットキーホルダーをもらった。

 マサトが選んだのは……。



「氷の剣姫けんきシルヴィア……か」



 D-Liveの影響力は強い。

 D-Liveの有名探索者が相手なら、治安官のおじさんも態度を変えるだろう。



(スカウトを断ったの失敗だったかなぁ……。でも、今日の配信は手応え感じたんだよな)



 チャンネル登録者100万人越えの実感はまだわかない。

 だが、温かいコメントに励まされたのは事実だ。

 有識者ニキのように、視聴者とのやり取りで新たな真実がわかるのも楽しい。

 ミコトのサポートも助かる。今の空気を大事にしたい。



(地位やお金じゃない。僕が求めているのは……)



 マサトが己の気持ちをまとめながら、自宅近くまでやってくると……。



「待ってたぜぇ……」


「……っ! あなたは……!」






-------------

※作者コメントです

-------------

 ※ホンモノのいけふくろうは石像ですが銅像にしております。予めご了承ください。


 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 カクヨムコンに参加中です! カクヨムコンではみなさんの応援=☆を押すと評価があがり、予選突破する仕組みです。

 おもしろい、先が読みたい! と思ったら是非☆評価やブックマークよろしくお願いします!


(※平日8時。土日8時、12時更新の予定です)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る