第6話 SIDE:氷の剣姫シルヴィア


 ◇ ◇ ◇



 時は少しさかのぼる……。

 マサトが下層にたどり着く前、一人の女騎士がソロで【鎮守ちんじゅの森】を探索していた。



 ◇ ◇ ◇



「お命ちょうだいしますわ!」



 凜とした叫び声と同時に、プラチナブロンドの長髪がなびく。

 水着姿の女騎士――シルヴィアが細身の剣を突き出した。



「【フローズンレイピア】ッ!!!!」


「ウゴゴゴゴォォォォ……!!!」




 シルヴィアの刺突に応じて、無数の氷の刃が空中に出現。

 敵対したグリーンオーガをハチの巣にした。



 ”うおおおおおおっ! やった! グリーンオーガをソロで討伐した!”


 ”やっぱりすげぇや【氷の剣姫けんき】シルヴィアはッ!”


 ”水着で潜ると言い出した時は心配したが、なんてことなかったな”


【スパチャ ¥50,000】

 ”いつも勇気をもらっています。これからも頑張ってください”



「赤スパありがとうございます。お礼にちょっとサービスしますわ」



 シルヴィアはウインクを浮かべると、水着の肩紐をチラっとズラす。

 途端に、超高速で7色のスパチャコメントが乱れ飛んだ。



 ”Kawaii”


 ”うぉぉぉぉ! ムネチラありがとうございます!”


 ”氷のヴィーナスがオレに微笑んだ! 死んでもいい!”


 ”シルちゃんだいすき。Oppaiはもっと好き!”


 ”夜の対戦申し込みたいな(意味深)”


 ” marry me(結婚して) ”



 スパチャこと”スーパーチャット”は、投じた金額に応じてコメントに色が付く。

 7色のスパチャが飛び交う様子は、配信界隈ではゲーミングスパチャと呼ばれていた。超有名配信者になれば、たったの1分で数百万は稼ぐという。




(くくく……っ! 今日もスパチャでウハウハですわ! 今夜は焼き肉ですわよ)



 シルヴィアは『氷のヴィーナス』と評された美しい笑顔の下で、ニヤリとほくそ笑む。


 シルヴィアはイギリス軍人の父と日本人女優の母を持つハーフだった。

 親から授かった健康的な肉体と天性の美貌。

 それに加えて【氷の剣姫】と呼ばれる強力なスキルを持つ。

 よわい16にして大手配信事務所から声をかけられ、トップ探索者の仲間入りするのは当然の結果だった。




(ダンジョン配信はワタクシの天職ですわ)



 ダンジョンに潜ってモンスターを狩れば、人々から賞賛を浴びてお金も稼げる。

 これ以上に素晴らしいショウはない。




 ”シルちゃん。次はどこを探索するの?”


 ”いっそ深層目指しちゃう?”


 ”深層にあるダンジョンコアを手に入れるのが全探索者共通の夢だもんね”



「ダンジョンコアですか……」



 ダンジョンの最下層――深層に眠るダンジョンコア。

 それを手に入れれば、万能の力を得られるという。

 シルヴィアも事務所からコアを探すように言われている。


 だが、池袋ダンジョンの深層は前人未踏の領域だ。

 下層のエリアボスを倒さなければ先に進めないが、まずボスの位置がわからない。

 森の奥にあるオーガの住処が怪しいとされるが、迂闊に踏み入れば返り討ちにされるのオチだ。



 ”深層の入り口を見つけたら世界的に有名になれるぞ”


【スパチャ ¥10,000】

 ”シルヴィアちゃんの勇気を見せて”


 ”キミならできる”


 ”がんばれ! オレらの剣姫!”



「わかりました。深層探索と洒落込しゃれこみましょうか」




 ”おおーーーー! さすがはシルちゃん!”


 ”それでこそ配信者だ。わかってんねぇ”


 ”うはwww マジになってやがんのウケるwww”


【スパチャ ¥4,545】

 ”デスペナ配信希望。姫の死に様をオレに見せてくれぇぇぇ!”



 良くも悪くもコメントは盛り上がっているが、シルヴィアは心の中で舌を出した。



(なんちゃって。今日はかなり稼ぎましたし、適当なところで引き上げましょう)



 デスペナで所持品を失うのは怖くないが、醜態しゅうたいをさらすのは避けたい。

 スパチャ目的で水着を着てるため防御面でも心許なかった。

 適当に言い訳をして途中で引き上げよう。


 そう考えながら森を進んでいくと……。



「フシュゥゥゥ……」




 禍々しいドクロの仮面を被った黒いオーガと遭遇した。



 ”げっ! ネクロオーガだ!”


 ”なんでこんな所にいんの? オーガの集落は森の奥だろ”


 ”つかシルちゃんヤベぇんじゃね?”


 ”いますぐ逃げて!”


 ”突っ込めーーー!”


 ”煽んなしwww”



 シルヴィアの傍らで浮遊していたドローンから、コメント音声が垂れ流される。

 その音声に反応したのか、ネクロオーガがシルヴィアの方を振り向いた。



怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨オオオオオオオオオオオオオ!!!!」




 重く低いハウリング音がドクロの仮面から放たれる。

 シルヴィアの三半規管を揺さぶって平衡感覚を狂わせた。



「くっ……! 立ってるのがやっとですわ……!」



 耳を塞ぐシルヴィア。

 その隙を見逃さず、ネクロオーガが棍棒を振るった。




「ガアアアアアアアアアアアア!!!!」




 ――――ドガアァンッ!!




「きゃああああああああああっ!!!!」




 一撃をまともに受けたシルヴィアが吹き飛ばされる。




「フシュゥゥゥ……」



 ネクロオーガはシルヴィアへの興味をなくして歩みを再開させた。

 向かう先は階段がある方角だ。上層へ上がろうというのか。



「待ちなさい! ワタクシを無視するなんて万死に値しますわッ!!!」



 アイドル探索者として華々しいデビューを飾ったシルヴィア。

 彼女は今まで誰にも無視されたことがない。

 行く先々で握手やサインを求められる。

 人と接するのが好きで自ら好んでファンサをしてきた。



「モンスターが相手でも変わりません! ワタクシのファンサを受け取りなさい!」



 ネクロオーガを追いかけて森を抜ける。

 森を抜けた先でシルヴィアが目撃したのは、白髪の少年の姿だった。



(あの少年は……!)



 ゴブリン相手に尻餅をついていた素人だ。

 ネクロオーガの出現に驚いているのか、その場に立ち尽くしている。



「ガアアアアアア!」



 ネクロオーガは少年をターゲットに定め、雄叫びを上げた。

 後ろから迫るシルヴィアの存在には気がついていない。



(少年を護るか。不意打ちを仕掛けるか……)



 少年をおとりにして攻撃を仕掛ければ、ネクロオーガに致命傷を与えられる。

 ネクロオーガを倒せば賞賛の嵐だ。スパチャも飛び交う。




「そこの少年、お逃げなさい……!」




 しかし、シルヴィアは人命救助を優先した。

 少年に声をかけてから、ネクロオーガに斬りかかろうとして。




怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨オオオオオオオオオオオオオ!!!!」




 ネクロオーガは振り向きざまに呪怨じゅおんを放った。

 シルヴィアは動きを止め、その場に膝をついてしまう。



「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!」



 シルヴィア目がけて振り下ろされる巨大な棍棒。



(あ、死にましたわコレ……)



 死へのカウントダウン。

 シルヴィアが目を瞑ると走馬灯が流れた。



(でも、よかったですわ。これであの少年を救えます……)



 スパチャ集めにかまけて初心しょしんを忘れていた。

 本当は軍人である父のように誰かを護りたかったのだ。

 弱きを助け強気をくじく。そんなヒーローに……。



「ありがとう。あとは僕に任せて」


「え…………?」



「オン・シヴァルヴィ・ソワカ」




 ――――ズゴォォォォォォンッ!!!



 ***



 その後のやり取りはあまりよく覚えていない。

 少年に回復魔法(?)をかけてもらい、連絡を受けた救助隊によってダンジョンの外へ。

 シルヴィアは高層マンションの一室に戻され、シャワーで汗を洗い流していた。



(本当に怪我が治っていますわ……)



 ネクロオーガの一撃をまともに受けて、かなりのダメージを受けた。

 だが、今は傷ひとつない。絹のような自慢の白い肌は健在だ。


 もしも疵痕きずあとが残れば企業案件に関わる。

 売れっ子アイドル探索者のシルヴィアは、ダンジョン攻略の他にも多くの仕事を抱えていた。



(だけど、もうどうでもいいです……)



 今回の探索で初心を思い出した。

 自分は誰かを助けたくて探索者になったのだ。

 それを思い出させてくれたのが……。



(あの少年……葛乃葉くずのはマサト、と言いましたね)



 ワタクシの申し出を無視して立ち去るなんて言語道断。

 絶対に”お礼参り”を果たしてみせる。



「ヒーローみたいで格好いい……ですか。それはアナタの方ですわ」



 シルヴィアは別れ際に見せたマサトの笑顔を思い出し、熱く火照った体をシャワーで鎮めた。

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