第3話 宣伝チケットで同接がジワ増えする


 シルヴィアが道を切り開いてくれたおかげで、道中モンスターに会わずに済んだ。

 階段を下ると、いきなり目の前が開けた。



「ここが池袋ダンジョンの下層『鎮守ちんじゅの森』です」



 マサトは撮影用のドローンに笑顔を向けながら、巨大な空間に広がる大森林を指差す。天井や壁には光苔ひかりごけが生えており、周囲を真昼のように照らしていた。



「下層は特殊な環境で魔力を糧にする様々な植物が自生してるんです」



 本来なら、池袋の地下にこんな大空洞と森林が広がっているはずもない。

 だが、ここはダンジョンだ。階層を下れば下るほど異界化が進む。



「あっ、一人で喋りすぎた。コメントコメント……」



 移動中はコメントを確認する暇がなかった。

 スマホを取り出して配信画面を開く。

 どうせ同接は増えていないだろうと期待せず画面を覗くと。



「同接が5人に増えてる……!」



 ”やっと画面を見たか。”


 ”こんにちは~”



「こ、こんちニワっ!」



 ”めっちゃ噛んでるwww”


 ”かわいいwwwwww”



 配信にコメントがあるなんて数ヶ月ぶりだ。

 マサトは緊張の面持ちで、ぎこちなくカメラに手を振った。



 ”こちらのコメントは見えてますか?”


「は、はいっ。読み上げ機能を使いますね」



 スマホをドローンと同期させて、コメントを音声で読み上げてもらう。

 すぐに滑らかな合成音声がドローンのスピーカーから流れ始めた。



「こちらの音量は大丈夫でしょうか?」



 ”おけ”


 ”聞こえてます”


 ”音量ちょうどいいです。”



「コメントありは緊張するな……。雑談でもしましょうか?」




 ”それより説明よろ”


 ”本当にソロで下層に潜ってるんですか? 仕込みではなく。”




「一人です。配信を手伝ってくれる友達もいないんで……」




 ”なんかすまん”


 ”どんまい。スパチャしたいが収益化条件満たしてないので白コメで失礼。”



「い、いえっ。コメントいただけるだけで嬉しいです!」



 ”謙虚”


 ”胡散臭かったけど好感度あがったわ”


 ”受け答えがしっかりしてる。見た目より年齢が上なのかな”



「これでも高校2年生です」



 ”えーーー! 見えなーい(いい意味で)”


 ”その年齢で下層ソロ配信してんの? マジで? 何者?"



「あ、えっと……。みなさん初見ですよね。自己紹介しましょうか」



 ”お決まりの挨拶があるの?”



「はい。いきますよ」



 マサトもダンジョン配信者の端くれだ。

 人気配信者の動画を見て、アピール方法を勉強している。

 マサトは指でハートマークを作り、とびきりの笑顔を浮かべた。



「コン退魔~☆ 退魔師チャンネルの葛乃葉くずのはマサトです! 闇に閉ざされたキミの心をはらっちゃうぞ☆」



 ”草草草草草草”


 ”悪い意味で鳥肌がたった”


 ”マジで退魔師とか名乗ってるんだ”


 ”成りきり乙”



「うぅ……。滑った…………」



 ”時間の無駄だわ。シルヴィアちゃんの配信見てくる”



「あ……、一人減っちゃいましたね……」



 ”アイツはどうでもいいよ。推し活で忙しいんだろ”


 ”それより必殺技見せてよ”



「必殺技ですか?」



 ”陰陽師なんでしょ? それっぽいスキルは使えないの?”


 ”やめときなさいよ。ガチなわけないじゃん”



「よく勘違いされるんですけど、陰陽師と退魔師は別物でして……」



 ”どう違うの?”



「細かい説明は省きますけど、陰陽師は占術せんじゅつで吉凶を占うのが主な仕事です。一方の退魔師は、退魔術式で人々を護る妖怪退治の専門家です」



 ”退魔術?”


 ”探索者が使う魔法スキルみたいなものかな?”



「あ~、だいたいそんな感じですね」



 モンスターはダンジョンに渦巻く魔力が生み出す。

 魔力は探索する人間にも影響を与え、『スキル』と呼ばれる特殊能力が発現する。

 適性による個人差はあるものの、スキルを使えば誰でもモンスター退治が可能だ。



 ”いいからはよ戦え。レッツゴー退魔師!”


 ”煩悩退散☆煩悩退散☆遺影www”


 ”マジもんの退魔師なら強い妖怪もワンパンっしょ”


 ”煽るな。これ以上先に進んだら本当に死ぬぞ。”


 ”死んでもダンジョン内なら蘇るんだよね? 死に戻りってやつ”


 ”デスペナもあるぞ。蘇るときは裸だ。その場に所持品を落とすからな”


 ”デスペナが怖くて探索者やってられるか!”


 ”虎穴に入らずんば虎児を得ず”


 ”け つ の あ な”



 冷やかしも含めて同接が20人に増えていた。

 無料キャンペーンだから期待していなかったが、宣伝枠を使うのは効果的のようだ。



(登録者二桁か。これだけの人数が僕を認知してくれれば……)



 マサトはグッと拳を握りしめる。

 これまで頼りなかった”霊力”が経絡けいらくを通して、全身にみなぎるのを感じていた。



 ”あっ! アレ見て!”


 ”げっ、やべぇぞ……!”



「ん…………? どうかしましたか?」



 ”こっちはいいからうしろうsio”




 慌ててコメントを打っているのか音声が乱れている。

 指示通りにマサトが後ろを振り向くと。




「ガアアアアアァァァァァッ!!!!!」




 赤い肌に角を生やした巨人が雄叫びをあげていた。




 ”なんだあのモンスター!?”


 ”レッドオーガだ! 並みの探索者じゃ歯が立たないA級モンスターだよ!”



 その巨体はマサトの身長を軽々と超え、ゆうに3メートルはある。

 大森林が広がる下層でのみ生息可能な大型モンスターだった。



 ”この音なに!?”


 ”レッドオーガの足音で地面が揺れてるんだ!”


 ”やべやべっ。カメラに迫ってきてんぞ!”


 ”逃げて!”



 レッドオーガが周囲の木々をなぎ倒して襲ってくる。

 巨体で体当たりをかましたあと、ミンチになった人間の血肉を喰らおうというのだ。


 だが……。



「あれは赤鬼ですね~」



 マサトはドローンカメラに向かって手を振り、のほほんと笑顔を浮かべていた。



「オシャレな名前で呼ばれても鬼は鬼。妖怪に変わりはありません。今から退魔術ではらいますね」



 ”おい! 本気か!? なに呑気に解説してんだ!”


 ”煽ったのは謝るなら逃げろ!”


 ”カメラの前でミンチになったら配信BANされね?”


 ”乙かれ~”


 ”遺影wwwwww”




 画面の向こうの誰もがマサトの死を予見した。

 しかし、当の本人はマイペースに短刀を抜いた。



(ウォーミングアップにはちょうどいい)



 ゴブリンを相手したときは霊力不足で、準備が間に合わずに慌ててしまった。

 だが、現在のチャンネル登録者数は20人。

 1学級クラスほどの信者がいれば、オーガ相手なら十分に戦える。



「オン・ラクシャ・ソワカ」



 左手で護法の”印”を結び、刀身に霊力を込める。



 ――ピョコン。



 次の瞬間、マサトの頭にキツネ耳が生えた。

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