夏の砂時計

緋田 凌太郎

第1話 波打ち際のクラシックギター少女、水城

打ち寄せては引く波の音。遥か頭上を旋回するかもめの声。沖合を航行する船の汽笛。それらと調和する、クラシックギターの柔らかい音色。

燦々と照る太陽の光が、剥き出しの腕を刺す。

「ただいまの時刻はぁー、午前十時半。午前十時半でーす」

ポンポンポーンと弦をはじきながら、隣に座る水城みずきは呟いた。

「それ、本当?」

「うん」

確かめようと腕を見るが、時計は宿に置いて来たことを思い出してやめた。スマホは初日に水城みずきに投げ捨てられたため、ない。

まぁ、水城みずきの"時報"は彼女が完全に暗記した船の運航時間に基づいて行われているので、船が遅れていない限り正確ではあるのだが。

「今はなに弾いてるの?」

「知らない。興味もない」

「じゃあ楽譜かなんか見せて」

「持ってきてない。ぜんぶ覚えたから」

ぶっきらぼうな答えだが、決して不機嫌と言う訳ではなさそうだ。ギターを抱いて砂浜にどっかり胡坐をかいて座り込んでいる水城は、海を見つめながら微笑んでいる。

水城の家は小さい図書館の様で、壁は本棚だらけで床には書類が散らばっている。水木いわく、家には古今東西が揃っている、らしい。事実、昨日は色あせた英字新聞から、今月発刊のエロ漫画雑誌まで見つけた。最近の水城はそこからギターの楽譜を掘り出し、同じく家から探し出したクラシックギターでそれを弾いているという。

「楽しいか?」

「それなりには、ね」

曲が急に激しくなる。弦を押さえる水城の手の動きも早くなった。しかし、当の彼女は相変わらず涼しい顔をしている。

「午後からどうする?」

「んー、っとねぇ。一時からバイトだからそれまでにお昼食べて、五時にバイトが終わるからその後は夜食べて、その後はてきとう」

「飯と仕事しかない予定だな」

「あなたは飯も仕事もないでしょ」

返す言葉がない。俺はつい一週間前にこの島に来たばかりで、やっと数人できた知り合いは水城つながりの人しかいない。当てもなくさすらっていたところを水城に拾ってもらわなければ危なかった。

「じゃあ、午後からご一緒してもいいか?」

「もちろん」

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