〈SEVENSINS GAL〉
TAKEUMA
序文
東京。
経済、文化がカオスに入り混じるこの都市は、誰にでもその表情を変える。
夜のネオンに浮かぶ幻想。
朝の静けさに隠れた不安。
そして、世界中に発信される『日本らしさ』という名の幻想を形作る巨大な舞台装置。
だが、考えてみればおかしな話だ。
文化を生むのは街ではない。
人間だ。
平凡な、あるいはそうでない人間が何かを成し遂げ、何かを失い、何かを残すことで文化は積み重なっていく。
そして時には、その「人間」という構成要素に、とんでもなく場違いなものが混ざることがある。
たとえば、女子高生。
制服のスカートを揺らしながら、どこにでもいるような顔で、どこにでもいるような声で。
けれど、その一人一人が、この街の血管を流れる赤い血液であり、この国のアイデンティティを支える柱でもあるなんて、誰が信じるだろう。
信じるべきだ。
この物語の中で彼女たちがどれほど『文化』を塗り替えていくかを知るのなら。
これは、そんな女子高生たちの物語だ。
そして、それを『とんでもなく面倒くさい』と思ったなら、たぶんあなたももうこの街に取り込まれている。
────「GAL文化概論」(真壁誠一)
1.
女子高生が一人、道端に倒れている。
誰もが見て見ぬふりを決め込む。
スマホを見て歩く奴。
急ぎ足で通り過ぎる奴。
全員同じだ。
彼女に関わる理由なんてないし、関わらなきゃいけない義務もない。
だからこそ、誰も止まらない。
道端に倒れた女子高生の姿は、時代遅れのファッションだった。
色素の抜けた金髪に、やたらと焼けた肌。
小麦色って言えば聞こえはいいが、健康美を通り越して人工的な何かを感じさせるような褐色。
こういうタイプのギャルは、今どき絶滅危惧種だろう。
それこそ、自分たちの親世代が世紀末に青春を謳歌してた頃に流行ったような。
そんな、懐かしさすら漂わせる存在。
それでも、倒れている理由はわからない。
OD?
それとも、パパ活に失敗?
それとも、それとも……
そんなことを考える前に、足だけが自然と動いていた。
いや、正確には動いていない。
見ないふりをしながら、ただ通り過ぎる。
だって、自分には関係ない。
それに、関わるには彼女の虚な瞳があまりにも重すぎた。
「待って……」
その声は、か細いけど妙に耳に残る響きを持っていた。
女子高生が顔を上げ、ぼんやりした瞳でこちらを見る。
「PHS、貸してくれない?」
?
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
いや、言葉自体は聞き取れた。
だけど、その聞き慣れない単語。
というより、昔どこかで聞いた記憶があるような単語が突然出てきて、頭がついていかない。
「PHS……って、お前、何言ってんだ?」
思わず口にした言葉は、そんなものだった。
まるで過去から切り取られたかのような彼女の姿と相まって、その発言は一層の違和感をかき立てる。
女子高生は、まるで「そんなことも知らないの?」と言わんばかりに軽くため息をつき、もう一度繰り返した。
「PHSだってば。ほら、小さい携帯みたいなやつ……知らないの?」
いや、知ってる。
知ってるけど、それってもう何年も前に消えた代物だろ。
この時代に、わざわざそんなものを口にする奴なんて。
いや、そもそも持ってる奴なんていないはずだ。
「……ない、けど」
返事をする俺に、彼女は少し困ったように眉を寄せた。
そして、次の瞬間、不機嫌そうに呟いた。
「もう……役に立たないわね」
そう言いながら立ち上がる彼女の動きは、どこかフラフラしている。
それでも、その眼だけは確実に俺を捕らえて離さなかった。
「じゃあ、公衆電話のある場所教えて。探し回ってるのに全然ないの。つーか、テレカあと何回使えたかな……」
PHSの次は公衆電話ときたか。
なんなんだこのギャルは。
どこかの地下シェルターから出てきたサバイバーか。
「お姉さん、レトロマニアかなんか知らないけど、もう2020年代も半ばだよ。今どきそんなものあるわけないっての」
正直、呆れたような半分笑い飛ばすような気持ちで返事をした俺を見て、彼女は。
嬉しそうに跳ねた。
そう、跳ねた。
嬉しいとか喜びとかそういう次元じゃない。
全身で歓喜を爆発させるように、周囲の空気すら弾き飛ばす勢いで。
「────っし! なんとか抜け出せた!」
叫びと共にガッツポーズを決めた次の瞬間、彼女の体はバッタリと倒れた。
そしてそのまま、完全に気絶した。
何が起きたのか。
俺の頭の中は混乱でいっぱいだ。
だけど確かなのは一つだけ。
この金髪ギャル、マトモじゃない。
直感的にそう確信するのに、十分すぎる出来事だ。
────
これが俺とこの女との奇妙な出会い。
そして、戦いの始まり。
これからはじまる、仮初の平和を本物にするための。
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