第2話
「今日もお父さん帰るの遅いの?」
「ああ。遅くなるって言ってた」
「じゃあ、ゆっくりできるね」
学校の最寄り駅から電車で三駅。俺たちの地元に帰ってきた。俺と幽香は、俺の家を目指して歩いている。駅からは徒歩数分なので、もう目前に迫っていた。
「何なら飯でも食ってくか?」
「さすがにそこまで長居はしないかな~」
一緒に夕食でもどうかと、一応ダメ元で尋ねてみたが、幽香はやはり首を横に振った。まあ、振舞うとしたら俺の手抜き料理になるし、そうでなくともさすがに遅い時間になるから、社交辞令で言ってみただけだ。
「にしても、相変わらずいいとこ住んでるよね」
幽香が言っているのは、目の前にある俺の家についてだ。一見すると普通のアパートだが、部屋数は少ない。つまり、それだけ一部屋当たりの面積が広いということだ。それに、二階とも内部で繋がっており、一世帯だけで戸建て住宅の半分くらいの規模がある。この辺では特に家賃の高いアパートだ。
「とは言っても築年数もそこそこなんだけどな……」
「でも、見た目は綺麗だし、二人で住むにはさすがに広くない?」
「まあな……」
このアパートは、確かに俺と親父の二人で暮らすために借りている。だが、わざわざ高い物件を借りているのは、親父の稼ぎが無駄にあるからだけではなく、もう一つの理由がある。とはいえ、それを外で口にするのは憚られた。
「それより、さっさと入ろう」
「そだね」
故に会話を打ち切って、俺は部屋の鍵を開けた。扉を開けて、幽香を招き入れる。
「……」
扉を閉めて、目を閉じて、三秒数える。帰宅する際のルーティンだ。これを経て、俺は意識を切り替える。
「ふぅ……」
「またそれやってんの?」
溜息を漏らした俺に、幽香が呆れたようにそう言ってきた。その口調は、外にいたときよりもフランクかつダウナーな感じになっていた。
「まあ、完全に習慣になってるから」
「ふーん。まあいいけど」
幽香は靴を脱ぐと、遠慮することなく家に上がる。そのままリビングへと向かう彼女を、俺は追いかけた。
「あ、プリンあるじゃん。これ食べて良い奴?」
「いいぞ」
リビングから続くキッチンでは、幽香が冷蔵庫の中を物色していた。俺が許可を出すと、プリンを取り出して、キッチンでスプーンを探し始めた。
「っていうか、勉強しに来たんじゃないのか?」
「するけど、まずは当分補給しなきゃ」
スプーンを見つけた幽香は、リビングの椅子に膝を抱えるように座って、プリンを食べ始めた。何故か身体がこちら向きなのもあって、スカートの中が見えそうになっている。
「パンツ見えそうなんだが」
「いいじゃん別に」
中を見ないように目を逸らしつつ指摘するも、幽香は気にしていない様子。
「家族なんだし、これくらいで一々気にしてられないよ」
続く言葉に、俺は複雑な気持ちになった。……彼女の名前は暁幽香。旧姓、時任幽香。彼女は俺の、双子の妹である。
家の外では恋人同士、家の中では双子。こんなややこしい関係になっているのには理由がある。自分で言うのもあれだが、俺はイケメンに分類されるくらいには顔の造形が整っている。そして幽香も、美少女と言っていい外見をしている。そのせいか、中学辺りからお互いやたらモテるようになったのだ。だが、俺も幽香も恋人を作るつもりはなかった。たまにされる告白も煩わしさ半分、断ることによる罪悪感半分、といった感じだった。故に、二人である対処法を考えて、高校進学のタイミングで実践したのだ。―――俺と幽香が既に恋人であるという、演技をすることを。
「そうだけどさ……家族といえども、女の子の下着が視界に入るとさすがに気まずいんだが」
演技と言っても、別に大したことはしていない。ちょっと他の異性より多く話したり、ボディタッチをしたり、意識して距離感を近くしているだけだ。そして誰かに「お前ら付き合ってんの?」と尋ねられたら、「言わせんなよ恥ずかしい」みたいな感じで、明言はしないが否定もしないという反応を見せて、付き合っていると意図的に誤解させているのだ。……高校は地元から離れているのもあって、俺たちが双子だと知る人間はまずいないが、万が一にもバレた場合の安全策として、付き合っていると明言はしないようにしていた。これなら最悪バレても、「え? 兄妹だからちょっと距離感近めだっただけだよ? 付き合ってるなんて一言も言ってないし」と釈明できる。
「ふーん。風馬は私のパンツで興奮するんだ」
「しない。気まずいだけだ。お前だって、俺のパンツとか裸とか見たくないだろ?」
この作戦はうまくいっていた。学校のみんなは俺たちが恋人同士だと思っているし、双子だとバレてもいない。親の離婚で名字が違うし、顔もあまり似ていないので、気づかれることはそうそうないだろう。
「それはまあ、確かに……?」
「ったく……」
俺は溜息交じりに、幽香の対面の席に座って、鞄から勉強道具を取り出した。一緒に勉強するというのは一緒に同じ方向に帰る口実で、実際にする必要もないのだが、どの道勉強しておいて損はない。一人よりは誰かと一緒のほうがサボりにくいので、集中もしやすいからな。
「真面目だねぇ~……」
そんな俺を見て、幽香はそんなことを言う。だが彼女も、プリンを食べ終えた後、勉強道具を取り出して自習を始めた。そうして、日が沈む時間まで、二人で勉強に励むのだった。
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